第一章五 能力を⬛︎⬛︎力
馬車は速度を上げ、地面を激しく叩きながら進んでいく。
およそ二時間――
ようやく、巨大な城壁に囲まれた都市が見えてきた。
レグナリア聖国。
門をくぐり、馬車がゆっくりと停止する。
「到着いたしました、橙の神託者様」
御者を務めていた兵士が、恭しく頭を下げる。
「十分にお休みになられた後、あの人殺しの捜索にご協力いただければ幸いです」
その言葉に、トウマの胸がわずかにざわついた。
――ヒナが、俺を探す側に回る?
そんな不安がよぎる。
だが――
「……申し訳ありません」
ヒナは静かに首を横に振った。
「今回は、捜索への参加を辞退させていただきます。他の神託者様にお願いしていただけますか?」
兵士は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに姿勢を正す。
「承知いたしました。では、他の神託者様に依頼いたします」
それだけ言って、深く一礼した。
あっさりと引き下がる兵士の姿に、トウマは内心驚く。
(ヒナ……すごいな)
この国における“神託者”という存在の重さを、改めて思い知らされる。
そして何より――
(断ってくれて……よかった)
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。
―――
街の中は、人で溢れていた。
石造りの建物が立ち並び、賑やかな声があちこちから聞こえる。
そんな中を、ヒナと並んで歩く。
兵士の姿が見えなくなったのを確認し、トウマは小声で話しかけた。
「なあ……さっきから顔色、悪いけど大丈夫か?」
「っ……!だ、大丈夫です」
即答だった。
だが、その顔はどう見ても“限界”を迎えている。
唇はかすかに青く、呼吸も浅い。
(無理してる……)
トウマは小さく息を吐いた。
「飯、買って……宿で食べるか」
「!……はい!」
ヒナはぱっと表情を明るくする。
その無理な笑顔が、逆に痛々しかった。
―――
宿はすぐに見つかった。
神託者専用の宿らしく、外観からして豪華だ。
中に入れば、さらにそれは明らかだった。
(すごいな……)
トウマは思わず周囲を見回す。
だが同時に、ある問題が浮かぶ。
「……俺、どうするかな」
ぽつりと呟く。
「同じ部屋にいるのは……さすがにヒナが嫌だろうし」
その瞬間――
「大丈夫ですよ、先輩」
即座に返答が返ってきた。
「私は、先輩を信頼してますから」
「えっ……今の、声出てた?」
「はい、ばっちり聞こえてました……よ……」
語尾が、急に弱くなる。
そのまま――
「っ……」
ヒナの身体がぐらりと揺れた。
「ヒナ!?」
慌てて支える。
体温が、やけに高い。
「やっぱり……もう限界だったのか……!」
「やど……あっち……」
ヒナはかろうじて指を伸ばし、廊下の奥を指す。
その手は、震えていた。
その時――
トウマは、自分の腕に違和感を覚えた。
(……?)
視線を落とす。
すると――
自分の腕が、途切れ途切れに“消えかけている”。
「……っ!」
理解した。
ヒナは――
昨夜からずっと、自分に魔法をかけ続けていたのだ。
姿を隠すために。
限界まで、魔力を削って。
(なんで……気づかなかったんだ、俺は……!)
胸が締め付けられる。
迷っている暇はない。
トウマはヒナを抱き上げた。
「……っ!」
いわゆる、お姫様抱っこだった。
そして、そのまま走り出す。
周囲の人間から見れば、
“途切れた人影のようなもの”が少女を抱えて走っている異様な光景だった。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。
ヒナの指示通り、部屋へと辿り着く。
扉を開け、飛び込む。
「大丈夫だ……すぐ休める」
ベッドへ、そっと寝かせる。
柔らかな寝具にヒナの身体が沈む。
「せん……ぱい……ありが……とう……」
か細い声で、ヒナが呟いた。
「……俺の方こそ、ありがとうだよ」
静かに返す。
「ゆっくり休め。おやすみ」
ヒナは、安心したように微笑み――
そのまま、深い眠りへと落ちた。
―――
トウマはすぐに動いた。
ドアを閉め、さらにタンスを引きずって入口を塞ぐ。
侵入対策だ。
その後、部屋の隅々まで確認する。
隠し穴や覗き穴がないか、徹底的に。
一通り確認を終えた頃には、
外はすっかり夜になっていた。
ふと、テーブルの上に目が留まる。
果物が、いくつも置かれていた。
「……悪い」
小さく呟き、一つ手に取る。
腹は、限界だった。
静かに食べる。
その間も、何度もヒナの様子を確認する。
呼吸は安定している。
心臓も、動いている。
だが――
(起きないな……)
八時間。
それだけ眠っても、目を覚まさない。
不安が、胸の奥にじわじわと広がる。
「……」
しばらく見つめた後、トウマは視線を逸らした。
「……寝るか」
だが、ベッドは一つ。
当然、使うわけにはいかない。
椅子に腰掛け、背を預ける。
目を閉じようとした、その時――
視界に、自分の右手が入った。
甲に埋め込まれた、透明な宝石。
「……そういえば」
ヒナのものは橙色だった。
だが、自分のは――無色。
(これ……なんなんだ?)
指で、そっと触れる。
その瞬間――
「!?」
視界に、光が走った。
右手の上に、“画面”が浮かび上がる。
「な、なんだこれ……」
思わず声が漏れる。
そこには、文字が並んでいた。
――トウマ
――レベル:1
――属性:不明
――魔力:10
――スキル:インフェルナル・デヴァー
「ゲーム……みたいだな」
呟く。
そして、視線はスキルへ向く。
意識を向けた瞬間、説明が浮かび上がる。
『インフェルナル・デヴァー
対象の肉体の一部を手光石へ吸収することで、能力を⬛︎⬛︎力』
一部が黒く塗り潰されている。
だが――
発動条件は理解できた。
(対象の一部を……吸収する)
その時、床に落ちているものに気づく。
ヒナの髪。
一本だけ、静かに落ちていた。
「……」
少しだけ迷う。
だが――
「あとで謝ろう。」
拾い上げる。
そして、手光石にかざした。
「――インフェルナル・デヴァー」
次の瞬間。
髪が、渦を巻くようにして吸い込まれていく。
「……っ!」
思わず息を呑む。
完全に消えた。
「すご……」
その直後、再び画面が変化する。
『スキルを習得しました
サンド・リジェネシス』
説明が続く。
土属性の回復魔法。
出血の停止、皮膚再生。
消費魔力は5。
「……半分持っていかれるのか」
魔力10に対して5。
かなり重い。
だが――
(回復……できる)
それだけで、価値は十分だった。
「……これで、少しは……」
ヒナの隣に立てるかもしれない。
そんな思いが、胸に芽生える。
「……まあ、今日はいいか」
画面を消す。
椅子に深く座り直す。
瞼が、ゆっくりと下りていく。
静かな部屋。
穏やかな寝息。
その中で――
トウマもまた、眠りへと落ちていった。




