表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/37

第一章四 レグナリア聖国

なんだろう――身体が、軽い。


いや、それだけじゃない。胸の奥に溜まっていた重苦しさまでもが、どこかへ消え去っている。


……俺は、何をしていたんだ?


ぼんやりと記憶を辿る。


トラックに轢かれて――目が覚めたら、知らない世界にいて――


そこから先を思い出そうとした瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。


「……っ!」


そうだ、思い出した。


俺は――逃げている。


俺を憎み、殺そうとする人間たちから。


「先輩?どうしました?」


不意に、声がした。


その瞬間、心臓が大きく跳ね上がる。


――見つかった。


人間だ。人間に見つかった。


逃げないと。今すぐに。


早く目を開けて、立ち上がって――


「はやく……!」


勢いよく瞼を開いた。


「ハッ!」


息を荒く吐きながら、身体を起こす。


視界に飛び込んできたのは――


橙色の髪をした、一人の少女だった。


透き通るような瞳。柔らかな表情。


どこか懐かしくて、安心するような――そんな顔。


思考が、一瞬止まる。


「わっ、びっくりしました!どうしたんですか先輩?」


少女はくすりと笑う。


「もしかして、目を開けた瞬間、可愛い顔が目の前にあって驚いちゃいました?」


軽口を叩きながらも、その声はどこまでも優しい。


……この顔、知っている。


確か――


「……ヒナ?」


名前が、自然と口からこぼれた。


「ど、どうしてここに……?もしかして……」


言葉が詰まる。


その先を、言いたくなかった。


――俺を殺しに来たのか?


そんなこと、聞けるはずがない。


聞いた瞬間、それが現実になってしまいそうで。


胸の奥に、冷たい恐怖が広がる。


――逃げなきゃ。


ヒナに背を向け、身体を動かそうとする。


しかし――


「っ!?」


右手が、強く引き止められた。


振り返ると、ヒナが両手で俺の手を掴んでいた。


「トウマ先輩!」


名前を呼ばれる。


それだけで、全身の血が一気に引いた。


……終わった。


もう逃げられない。


やっぱり、ヒナも――


「先輩、昨日のこと……忘れちゃったんですか?」


予想していた言葉とは、まるで違っていた。


「これからは私がそばにいるって、言ったじゃないですか。」


その一言で、止まっていた何かが動き出す。


記憶が、ゆっくりと繋がっていく。


「あ……」


思い出せそうで、思い出せない。


曖昧な感覚に戸惑っていると――


「うおっ!?」


不意に、身体が引き寄せられた。


「ぶふっ」と息が漏れ、顔が柔らかなものに埋まる。


ヒナに、抱きしめられていた。


その瞬間――


全部、思い出した。


昨日、ヒナがかけてくれた言葉。


あの温もり。


あの救い。


俺の人生が、変わるかもしれないと――そう思えた瞬間。


「……っ、ありがとう……!」


言葉が、溢れる。


「ありがとう、ありがとう……!俺を……助けてくれて……!」


涙が止まらない。


何度言っても、足りない。


あの一言で、どれだけ救われたか。


どれだけ、生きていいと思えたか。


「……今度は、俺が」


震える声で続ける。


「いつか……俺がヒナの隣を、堂々と歩けるようになったら……その時は、なんでもする」


自分でも驚くくらい、真っ直ぐな言葉だった。


「それまで……一緒に来てくれるか?」


一瞬の沈黙。


そして――


「……はい!」


ヒナは満面の笑みで頷いた。


「先輩がそう言うなら、楽しいことも辛いことも、全部二人で分け合いましょう!」


そして少しだけ悪戯っぽく笑う。


「あと、“なんでもする”って言いましたからね?ちゃんと覚えておいてくださいよ?」


「うっ……」


少しだけ怖い未来が見えた気がしたが、それ以上に嬉しさの方が勝っていた。


「……ありがとう」


小さく呟く。


しかし――


「……あの、そろそろ離してくれない?」


「だめです。もう少しです」


「なんで!?」


「秘密です♪」


結局、一分ほどそのまま抱きしめられた。


ようやく解放され、息をつく。


その時、ふと疑問が浮かんだ。


「そういえば……なんで兵士が来ないんだ?」


あれだけ追われていたのに、気配すらない。


ヒナは少し誇らしげに胸を張る。


「私の魔法です。グランド・アブソープで、私たちの姿を地面と同化させてるんです」


「同化……?」


「魔法の対象同士なら見えるみたいですけど、それ以外からは完全に見えませんよ」


「……すご」


素直に感心する。


回復魔法に加えて、隠蔽能力まで。


ヒナは思っていた以上にすごい存在だった。


「それとですね」


ヒナは少し真面目な顔になる。


「この世界のこと、国王様から聞いたので説明しますね」


そこから語られたのは――


この世界の真実だった。


千年に一度行われる召喚。


七人の選ばれし者、“七虹天”。


そして、その裏にある――十万人の命を代価とする禁忌。


だが今、その均衡は崩れている。


七聖神は冥神に殺され、世界は歪み、


冥界と現世が交わる“ワールドブレイク”が発生している。


その影響で、本来七人のはずの召喚に――


“余分な一人”が生まれた。


それが――


「……俺、か」


静かに呟く。


そして、さらに重い事実。


「先輩の手光石……無色なんです」


能力を持たない証。


だから――


十万人の命を奪っただけの存在として、憎まれている。


「……そっか」


短く息を吐く。


不思議と、驚きはなかった。


「でも!」


ヒナがすぐに言葉を重ねる。


「私は先輩を信じてますから!」


その一言で、胸が少しだけ軽くなった。


「……ありがとう」


自然と、そう言えた。


ヒナはぱっと表情を明るくする。


「じゃあ、街に行きましょう!服もボロボロですし――」


その瞬間。


「ぐぅ〜……」


可愛い音が鳴った。


ヒナの顔が一気に赤くなる。


「あ……えっと……」


「……行こうか」


思わず笑ってしまう。


こんな状況なのに、少しだけ気持ちが軽くなった。




森へ戻ると、捜索していた兵士たちがいた。


だがヒナの魔法のおかげで、俺の姿は見えない。


そのまま、ヒナは何食わぬ顔で馬車に乗り込み、


俺も気づかれずに同乗することができた。


揺れる馬車の中。


ふと、ヒナの横顔を見る。


「……迷惑、かけてばっかりだな」


ぽつりと呟く。


ヒナはすぐに首を横に振った。


「全然ですよ」


優しく笑う。


その笑顔に、また救われる。


けれど――


(……少し、無理してるな)


呼吸の浅さ。


微かに震える指先。


魔力の消耗は、明らかだった。


それでもヒナは、何も言わない。


ただ隣で、笑っている。


――今度は、俺が。


そう心の中で強く思いながら、


俺は静かに拳を握った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ