第一章七 大好きな人
隠密のローブを手にした瞬間、ヒナの顔がぱっと明るく弾けた。
「隠密のローブ……あった……!」
思わず声が漏れる。
胸の奥からじんわりと喜びが広がっていく。
「先輩、きっと喜んでくれる……」
小さく呟きながら、その布地をぎゅっと握りしめた。
「隠密のローブ? ずいぶん高いけど……大丈夫なのかい?」
店の奥から顔を出したのは、年季の入った声の店主――恰幅のいい女性だった。
その視線は、ヒナの手元と財布を気遣うように行き来している。
無理もない。
このローブは金貨一枚。
一般人なら一生に一度買うかどうかの代物だ。
「はい! 一着ください!」
ヒナは迷いなく答えた。
「……元気がいいねぇ。嫌いじゃないよ、そういうのは」
店主はくすりと笑う。
だがその目は、少しだけ鋭くなった。
「一応聞くけど……何に使うんだい?」
「え、えっと……それは……」
言葉に詰まる。
(やばい……理由、考えてなかった……!)
視線が泳ぐヒナの手元に、ふと店主の目が留まる。
橙色に輝く手光石。
その瞬間、店主の表情が変わった。
「……あんた、もしかして……橙の神託者様かい?」
「え? あ、はい……」
「なるほどねぇ……なら理由は聞かなくてもいい」
店主は静かに頷く。
「どうせ、人を救うためなんだろう?」
(あれ……?なんかいい感じにまとまった……)
内心で首を傾げながらも、ヒナは素直に金貨を一枚差し出した。
「はい、確かに。ありがとね」
ローブを受け取る。
その重みが、責任のように感じられた。
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げるヒナに、店主はふと思い出したように言った。
「ところで、その格好……だいぶボロボロだねぇ。よかったら見繕ってやろうかい?」
「えっ!? いいんですか!?」
ぱっと顔を上げる。
「お金は取らないよ。神託者様だしね」
「お願いします! できれば早めに……!」
(先輩が待ってる……!)
焦りを隠しきれないヒナに、店主は苦笑しながら手を引いた。
「はいはい、こっちだよ」
――それから、約三十分後。
「……できたよ」
ヒナが鏡の前に立つ。
茶色のショートマント。
クリーム色のチュニック。
腰には質の良い革ベルト。
素朴で、それでいてどこか品のある装いだった。
「どうだい? 似合ってるだろ」
店主が満足げに腕を組む。
ヒナは鏡の中の自分を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「……かわいい……」
そして振り向き、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます! 本当に……すごく素敵です!」
「はは、気に入ったなら何よりだよ」
(先輩……似合ってるって言ってくれるかな……)
その瞬間、はっとする。
「――あっ!」
「どうしたんだい?」
「時間が……!」
ヒナは慌ててローブを抱え、店の外へ飛び出した。
「ありがとうございました!」
「気をつけなよー!」
背後から声が飛ぶ。
ヒナは振り返らず、小走りで街を駆けた。
心臓が高鳴る。
(早く……先輩のところに……!)
石畳を蹴り、街の中心へ。
そして――
足が、止まった。
「……え?」
視界の先。
そこにあったのは、
見慣れた背中ではなく――
倒れ伏した、一人の少年の姿だった。
「……先輩?」
声が震える。
信じたくない。
でも、目は逸らせない。
トウマが、石畳の上に倒れている。
口元から、溢れるほどの血を流して。
動かない。
ぴくりとも。
「……うそ……」
膝から力が抜ける。
その場に崩れ落ちた。
「やだ……やだ……」
手が震える。
視界が滲む。
「……先輩……」
大切な人。
やっと出会えた人。
守ると決めた人。
その人が――
目の前で、壊れている。
「いや……いやああああ……」
声にならない叫びが、喉の奥で砕けた。




