第二章五 死の果ての再会
「――――あれ……ここは……?」
トウマは掠れた声で呟き、ゆっくりと周囲を見渡した。
上も、下も、横も――どこを見ても、果てしない闇。
輪郭すら曖昧で、自分が立っているのか、落ちているのかさえ判然としない。
「……死んだ……のか……?」
血の気が引き、唇がわずかに震える。
思い出す。
あの巨大な蛇に襲われ、為す術もなく――命を断たれた瞬間を。
――早くしないと。
ヒナが戻ってきたら、同じ目に遭う。
その焦燥が胸を締め付けた、次の瞬間だった。
「はぁ……色欲の分体ごときにやられるとはな……」
低く、底冷えするような声が、直接脳内に響く。
「っ……お前か!いいから早く、生き返らせろ!」
闇に向かって、トウマは叫ぶ。
すると、嘲るような笑いが返ってきた。
「ハハハ……そんなにあの小娘が大事か?――もし死んだら、お前はどうする?」
冷たい問いだった。
トウマは一瞬も迷わず、答える。
「ヒナが死んだら……俺も終わりだ。たとえ死ねなくても、壊れるまで壊れる。ヒナがいない世界に、生きてる意味なんてない」
闇を真っ直ぐに見据えるその目には、揺るぎのない意志が宿っていた。
しばしの沈黙の後、声は低く呟く。
「……偽りではない、か。いいだろう――味わえ、絶望を」
その瞬間。
全身を焼き裂くような激痛が走る。
「あああああぁぁぁぁぁ!!!」
叫びが闇を裂く。
痛い、痛い、痛い――
感覚が砕け散るほどの苦痛が、容赦なく押し寄せる。
やめろ。
やめてくれ――!
意識が崩れ落ちる寸前、すべてが弾けた。
「――ッ!」
トウマは跳ねるように体を起こした。
荒い呼吸。
滝のように流れる汗。
全身はまだ痛みの残滓に震えている。
「はぁ……はぁ……戻って……きた……のか……」
だが、すぐに思考は一つへと収束する。
ヒナ。
「ヒナ!ヒナ!ヒナ!!」
夜の洞窟に、叫びが虚しく響く。
だが――返事はない。
……まだ森にいるのか?
それとも――
その先を考えるのを、トウマはやめた。
勢いよく洞窟を飛び出す。
月光に照らされた森は薄暗く、どこか不気味な気配を孕んでいる。
そのとき――
トウマは空に、二つの光を見つけた。
一つは月。
そしてもう一つは――橙色に輝く光。
「……まさか!」
色を失いかけていた瞳に、再び色が宿る。
「ヒナ!!!」
希望の声が、夜の森に響き渡った。
「!先輩!」
空を舞うヒナは、その声に気づき、思わず笑みを浮かべる。
だが次の瞬間、表情が引き締まる。
――逃げなきゃ。
この森は危険すぎる。
あの存在がいる以上、立ち止まることはできない。
ヒナは一気に高度を落とし、トウマのもとへ急降下する。
「先輩!捕まってください!」
目の前を橙の光が駆け抜けた瞬間――
トウマの身体は、宙へと引き上げられていた。
「うおっ!?」
夜風が全身を打つ。
だが、不思議と恐怖はなかった。
ヒナの手を掴んでいる――それだけで、安心できた。
……鳥みたいだな。
ふと、そんなことを思う。
かつて自分は、空を飛びたいと願った。
けれどその理由は、他人とは違った。
逃げるために。
誰にも追いつかれない場所へ行くために。
あの頃の記憶が脳裏をよぎる。
それでも今、トウマの口元には微かな笑みが浮かんでいた。
すると、ヒナが上から声をかける。
「すみません先輩!このままヴァルカニア帝国へ向かいます!この森は危険です!」
「ヒナ!何かあったのか!?」
「はい……色欲の魔蛇の幹部みたいな人に襲われて……なんとか逃げてきました」
その言葉に、トウマの表情が引き締まる。
洞窟で自分を襲ったあの蛇も、ヒナを襲った蛇も関係ないわけがない。
色欲の魔蛇。
本来は、堕落の大洞窟に棲むはずの存在。
なぜ、ここ天樹の森に――
そのとき、トウマはまだ知らなかった。
これから始まる、残酷な絶望を。




