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第一章三十 絶望は終わらない

石畳を踏みしめる足音だけが、やけに大きく響いていた。


 ヒナは歩く。

 胸に抱えたのは、愛おしくてたまらない人。


 意識を失ったまま、力なく身体を預けてくるトウマの重みが、腕に、心に、深くのしかかっていた。


「先輩……」


 唇から零れたその声は、怒りと悲しみが絡み合った、かすかな呟きだった。

 空気に溶けて、すぐに消えていく。


 額には汗が滲み、呼吸は浅い。


 ――どうする。


 時間がない。

 考えなければいけないのに、思考がうまくまとまらない。


 公開処刑の一件で、トウマの顔は完全に知られてしまった。

 隠密のローブさえあれば街への出入りは可能だが――


 この状態で、店に入ることはできない。


 最悪、ローブは諦めるしかない。


 空の色からして、もう午後。

 空腹も感じている。


 それでも――


 今、取るべき行動は一つ。


 先輩を連れて、森へ。


 それしかない。


「……先輩……」


 再び零れた声もまた、静かに消えていった。


 そのとき――


 トウマの眉が、わずかに動いた。


「っ! 先輩!」


 階段を駆け下りながら、ヒナは思わず声を上げる。


「……ん……ヒナ……?」


 まだ夢と現実の狭間にいるような声で、トウマが名を呼ぶ。


「はい!起きましたか?よかったです!」


 ヒナの顔に、ぱっと明るい笑みが浮かぶ。


 トウマは目を擦りながら、状況を整理しようとする。


 確か――

 ヒナが闇から解放してくれて……


 そのあと――


 ………思い出さない。


 それにーーー


 守ると言っておいて、この有様か。


 胸の奥に、嫌悪が広がる。


 トウマは身体をずらし、地面へと降り立った。


「悪い、ヒナ……」


「むしろ、ありがとうございます、です!」


 予想外の返答に、トウマは目を瞬かせる。


「……? そうだ、それより――あの後、どうなった?」


 問いかけに、ヒナの表情が曇る。


「……カグラさんとは、別れました」


 その一言で、空気が変わった。


 トウマは目を見開き、奥歯を強く噛み締める。


 ――カグラ。


 二度、自分を殺そうとした勇者。


 味方ではない。


 最初から、敵だったのだ。


「……そうか」


 短く答える声は、低く沈んでいた。




「それで、これからどうしようか」


「森に入るのが一番だと思います」


 ヒナは迷いなく答える。


 トウマも同じ考えだった。


 だが問題は山積みだ。


 食料。


 自分は街に入れない。

 ヒナに頼るしかないが、それは負担が大きすぎる。


 そして――戦力。


 実質、戦えるのはヒナだけ。


 俺は戦力外だ。


 トウマは顎に手を当て、思考を巡らせる。


 そのとき。


「先輩、そろそろ行かないと」


 ヒナの声が、現実へ引き戻す。


 ――そうだ。


 今は追われている。


 考えるのは後だ。


 まずは、生き延びる。


「森に行こう!」


 トウマは決断し、ヒナの手を引いた。


「はい!」


 短い返事とともに、二人は駆け出す。




 長い階段を下りきると、門が見えてきた。


「ハア、ハア……ヒナ、どうする!?」


 息を切らしながら問うトウマに、ヒナは笑みを浮かべる。


「任せてください――どんな困難も、先輩と一緒なら怖くありません!」


 その言葉と同時に、右手の手光石が橙色に輝く。


 詠唱が紡がれる。


『大地の神よ、我に神聖な力を――テラ・ディヴァウィング』


 次の瞬間、ヒナの身体が光に包まれた。


 やがてその光は霧のようにほどけ――


 翼が現れる。


「……え?」


 トウマは言葉を失う。


 空気を震わせる羽ばたき。


「先輩、捕まってください!」


 ヒナに手を引かれ、そのまま身体が浮き上がる。


 地面が遠ざかる。


 風が頬を打ち、重力が消えていく。


「ヒナ……まじか……」


 驚きが、言葉にならない。


「長くは持ちません!」


 ヒナは速度を上げる。




 あっという間に、門の上空を越えた。


 一瞬、翼の影が兵士たちを覆う。


「……ん?今、何か……」


 兵士は空を見上げる。


 そこには、ただ澄み渡った青空が広がっているだけだった。


「気のせいか」


 再び前を向き、槍を構え直す。


 その頃には、二人の姿はすでに消えていた。




 門から数十メートル離れた平原に二人は着地する。


 着地した直後、ヒナの膝が崩れる。


 荒い呼吸が止まらない。


 限界だった。


 それでも――


 握った手だけは、決して離さなかった。

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