五十四、ひょうへんのじかん
ーーーその朝、生徒達を衝撃が襲った。
先日の豪雨により起きた事故を懸念しつつ、校舎自体に破損等は見つからなかった為に、一日だけ休校として再開された。
唐突な休みの日に生徒達は静かに喜び、そして休みが明けると憂鬱な表情で登校してくる。
早く土曜にならないものか、数日とはいえ待ち遠しいと思い溜息を吐いて、教室で始業の鐘が鳴る時を待っていた時。
一人の女子生徒が、教室に足を踏み入れた。
何となく振り向き、彼女の顔を視界に捉えた生徒達……特に男子はぎょっと目を見開き、次いでだらしなく口を開けて呆けた、
緩やかに流れる、淡い茶髪。
染み一つない白い肌。
長く華奢で、程良い肉のついた四肢。
何よりも……着崩された制服の前から飛び出し、柔らかそうに揺れる巨大な膨らみ。
雑誌に載っていてもおかしくないような美少女が、颯爽と目の前を通り過ぎたのだ。
教室の中の全員の視線を独占しながら、少女は一瞥もくれず……席の一つに着いた。
「……え、誰? あの美女誰?」
「ってか、あそこの席って確か……え、え?」
見知らぬ美少女が座った席、そこを使用しているはずの女子生徒の事を思い出し、男子達から戸惑いの声が漏れる。
髪の色、表情、姿勢。
全てが記憶と異なっているが、顔立ちやあの豊満な膨らみと重ね合わせる事で、誰もがはっと言葉を失った。
「は!? ま、え、まじか? え?」
「あれ……不動?」
「いや、別人だろどう見ても!」
「いやでもあの顔は確かに……あと、胸も」
ざわざわと互いに目を見合わせ、囁きを交わしながら、ちらちらと遠巻きに視線を向ける男子達。
暗く、自己主張が弱いのに持っているものが圧倒的だった為に目立っていた少女が、異様なほどに変貌して現れた事に、誰もが唖然と固まっていた。
対する少女ーーー深月はそれらを完全に無視し、つまらなそうに足を組んで虚空を見つめるのみ。
気怠げな態度も絵になって見えて、男子達はもう声も出せず、深月に見惚れるばかりとなる。
だがそこへ、不機嫌そうに顔を歪めた数名の女子が、ずんずんと荒々しい歩調で近づいていく。
「…あっれー? 知らない子がいる~」
「教室間違ってんじゃな~い? そこはさー、もっと地味で暗い子の席なんだけどー?」
「勝手に座ったらダメでしょ~?」
暗に目障りだ、目立つな、と正体を理解しながら囲み、煽る女子達。普段から委員の役目を押し付ける者達だ。
いつもなら、意地悪く話しかければ傷ついた顔で俯き、縮こまる相手……なのに今の彼女は、聞こえてすらいないように無反応だった。
女子の一人がちっと舌打ちをこぼし、机に手をついて深月の顔を覗き込む。
「ねー、聞こえてんでしょー? ……調子乗んなよブス。なんでいきなりイメチェンしたのか知らないけど、ブスがメイクしても意味ねぇんだよ。キモい顔晒して来てんじゃないっての、カスが」
わざわざ深月の耳元に口を寄せ、悪態を吐きまくる少女の一人。顔を歪め悲しむ姿を楽しみにしているのに、平然としている事が気に食わず、周りに届かないよう罵り続ける。
それでも深月は眉尻一つ動かさず、はぁ、と小さく溜息をつくだけだった。
「っ…! あー! わかったー、深月ちゃんだったんだー! ごめんねー、原型とどめてなかったからわかんなかったー! へー、すごーい。全然ちがーう」
「ねー、前の方が可愛かったのにねー。変わっちゃったね~?」
にやにやと歪な笑みを浮かべ、女子達が深月の格好を見渡す。以前は閉めていた前を開け放った事で、大きく飛び出す自分達にない膨らみを忌まわしげに睨みながら。
深月を最も別人のように見せる茶髪に手を伸ばした。
「ってか、なにこの髪ー。染めるとか不良みたいーーー」
許しも得ぬまま、髪を一房掴んで引っ張ろうとした時。
がん!
と、深月が自分の机を蹴り上げ、大きな音を立てた。
「ーーーひっ!?」
思わずびくっと肩を震わせ、伸ばした手を引っ込める少女。他の者も驚愕に目を見開き、咄嗟に深月から一歩距離を取る。
「……汚ねぇ手で触んな。うるさいんだよ、耳元でべらべらべらべら」
硬直する少女達の前で、深月はゆらりと立ち上がり、心底鬱陶しそうに眉間に皺を寄せて見下ろす。
頭一つ分高い位置から、見た事もない程冷たく刺々しい目で睨みつけられ。
少女達ははくはくと声にならない声を漏らし、沈黙する事しかできない。口撃する意思など、最早微塵も残っていなかった。
「な、ぇ、あ……?」
「なに? 人間の言葉で喋ってくれる? ちょっかいかけたいだけなら他所行ってくれないかな……鬱陶しくてぶっ殺したくなるから」
目を瞬かせ、立ち尽くしたままの少女達に深月が凄む。手近にいた一人の襟首を掴み、ぐっと力任せに引き寄せると「ひっ」と引きつった声が漏れ出す。
少女達の目にはもう、深月は自分達の知らない全くの別人に映っているようだ。ただ只管に困惑し、返す言葉を見失っていた。
「次、鬱陶しい真似したら……その顔ぐちゃぐちゃにするからね」
「ご、ごめ……!」
「じゃあさっさと失せろ!!」
目の前で怒鳴りつけ、掴んだ襟首を乱暴に突き放すと、少女達はよたよたと覚束ない足取りで踵を返し教室からも逃げ去っていく。
もうじき授業が始まるが、あの調子ではしばらく戻って来れまい。
「……ちっ」
小さく舌打ちをこぼし、どっかりと椅子に座り直し、足を組んで膝の上で頬杖をつく。
遠くから深月を眺め、にやにやと笑っていた男子達は一連のやりとりを目撃した後、さっと顔から血の気を引かせて目を逸らす。
無意識に近付きかけた足を引き戻し、後ろめたさや恐怖感で引き攣った顔で、小動物のように縮こまっていた。
一気に静まり返り、出来上がった自分を中心とした空間の中で。
深月はふっ、と。
誰にも悟られないよう、安堵の溜息を不敵な笑みに隠してこぼす。
その様を、いつの間にか最後尾の席に着いて寛いでいた環が、何やら意味深な眼差しを向け見つめていた。




