四十五、みぃつけた
小銭を片手に、夜の街を走る。
前掛けは外し、一応上着を羽織って、少年とその家族の姿を探し、只管に。
夜の暗闇の中と考えると、以前に一度見知らぬ男性に襲われた時の記憶が蘇って、つい震えが走るが……それを押し殺し目を凝らす。
「まだ近くにいたらいいんだけど……」
呟きながら、ふと考える。そこまで急ぐ用事など、彼らにあるのだろうか。
言ってはあれだが、妖達に仕事はないだろう。そして一応は学生である環にも。
人との関わりを極限まで減らした彼は部活動にも入らず、関わりがあるのは妖達とだけ。
釣りも受け取らずに急ぎ出て行く用事など、深月には思いもつかなかった。
「……私も人の事、言えないけど」
友達が一人もいない、関わりがあるのは母と店の常連客だけであると思い出した深月は、思わずそう自嘲する。人の事を言えるほど普通の人間ではない。
んんっ、と誰にともなく咳払いをし、頬の照りを紛らわせるように首を振る。
早く見つけて早く帰ろう、そう思い、脇道の前を通り過ぎようとした時だった。
「―――止まりや、深月はん」
不意に聞こえた、小さな声。
咄嗟に立ち止まり、深月は足元に目をやる。そして、脇道の陰に身を潜める三体の小動物達の姿を視界に捉えた。
「っ、あ、転さん、斬さん、治さん……よかった、帰る前に見つかっ―――」
「「「しっ、静かに」」」
早速釣りを渡して帰ろうとした深月だったが、鎌鼬達は突如厳しい口調で深月に注意する。
思わず口を噤んだ深月は、何事かと目を丸くしながら三体を見下ろす。
「……あ、あの、何が……?」
声を潜め、尋ねてみるものの三体とも何も言わず、くいっと尾で制止するのみ。
深月はますます困惑し、三体の傍に身を寄せようとして。
「―――君だよね、さっき店で妙な事やってた人は」
不意に聞こえた、もう一人の探し人の声。
深月は慌てて口を手で覆い、眼を瞬かせてから、声の主の姿を探そうと辺りを見渡し、耳を澄ませる。
一瞬だが、聞こえた方へそろそろと動こうとしたのだが、それを鎌鼬達が足に絡みつき阻止してくる。
「……ちょ、ちょっと、あの」
どいてくれないか、何故邪魔するのか、と視線で問うも、三体とも必死の形相で首を横に振るだけで、やはり何も言わない。
深月は眉間に皺を寄せ、しばし考えると、三体の首根っこを掴んでそれぞれひょいっと持ち上げる。
店で時折中華鍋を振るう深月にとって、小動物を持ち上げる程度簡単な事。
愕然とした表情で固まる三体を吊るしたまま、深月は声がした脇道の奥を目指し、進んでいく。
「―――正直言って、君がどこで誰に何しようとどうでもいいんだけどさ……僕を巻き込んだ事がどうにも腹立たしくて仕方ないんだよ」
「…………」
「こっちは一切関わりたくないのに、悪縁の方から寄ってくるもんだから、一々対処しなくちゃならなくなる。それがどれだけ面倒臭い事か、君にわかる?」
はぁ、と溜息交じりに吐き捨て、頭を掻く音がする。
脇道の向こう、道路の中央に仁王立ちし、気だるげに佇む環が誰かを見つめ、悪態を吐きまくっている姿が見つかる。
誰と話しているのか、何を話しているのか。
訝しみながら、鎌鼬達をぬいぐるみのように胸に抱き締め、息を潜めつつ環が向かう方を覗き込む。
「…さっきから黙ってないで、何か言ってくれるかな。言い訳も何も聞く気はないけど」
とんとんと組んだ腕に指を立て、苛立たしさを見せつける環。
沈黙したまま反応も示さない相手に、死んだ虚ろな目が容赦なく婦の勘定をぶつけまくっている。
どうにか体勢を変え、環の見つめる相手の姿を視界に入れ。
深月は「え…」と気の抜けた声を漏らした。
「……あ、あのっ。さ、さっきから、そんな、意味、わかんない事、言われても……こ、困り、ます」
それは、見覚えのある相手だった。
いつも突っかかってくる烏丸、ではなく。
今頃は病院で治療を受け、安静にさせられているはずの大嶋、でもなく。
深月の靴を隠した犯人であろう三人組の女子達、でもなく。
度々深月の肢体に厭らしい視線を向けてくる担任教師、でもなく。
おどおどと怯え、気の強い同級生の女子の陰に隠れてばかりいた、小柄で気弱そうな女子生徒―――此花と呼ばれていたあの少女だ。
「みょ、妙な事、って、言われても……わた、私、何も、知らない、です」
「じゃあ、何でこんな所にいるの? 君の家、この辺じゃないでしょ」
「た、たまたま、通りがかっただけ、で。な、何かした、って、言われても……ほ、本当に、何も知らない、です」
じろりと冷たく見据えられ、がたがたと震える此花。見ていて可哀想になる程、顔は真っ青で身を縮こまらせている。
なのに環の表情に罪悪感は微塵もなく、むしろ鬱陶しそうに歪んでいる。
まるで虐めの現場……自分が普段置かれているような陰惨な光景が、目の前で広がっていた。
「環く―――むぐっ」
見ていられず、止めに入ろうとした深月。
しかしその口は胸に抱えた鎌鼬達に塞がれ、手は何者かに掴まれ、駆け寄る事もできなくなる。
振り向くと、いつの間にか真後ろに立っていたぬらりひょんが深月の手を取り、口元に指をあてて「しー」と鋭く見つめてきている。妙な圧に、深月は黙らざるを得なくなった。
「な、何、何なんですか、あなた……さ、さっきから、し、失礼で……しょ、初対面、です、よね? へ、変な事……言わないで、欲しいん、です、けど」
「何も聞く気ないって、言ったよね。君が認めようが認めまいがどうでもいい……大体全部わかってるから。君がやって来た事、全部さ」
心底面倒臭いといった風に、肩を竦める環。
目の前の少女をじっと見据えたまま、一切の迷いなく、いっそ堂々とした姿で吐き捨て、告げる。
真っ黒な、しかし確かな苛立ちのみを宿した目で見つめられ……この花はやがて、小さく溜息をこぼした。
「…………はぁ、面倒臭いなぁ。これに気付く奴がいるとか、まじで意味わかんないんだけど、きも」




