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四十一、かぜふき もうかるおけや

 じわり、じわりと地面に赤が広がる。

 力なく手足を投げ出し、横たわる五人の青年達の頭部から、どくどくと鮮血が溢れ出し広がっていく。


 誰も声も上げられず、微かな呼吸音のみを響かせ、屍のように沈黙している。


 その光景を、深月はただ呆然と凝視するほかなかった。

 自分を襲い、女を性処理の道具の様に語り、他人を道具の様に扱う様を見せつけた男が……硬い金属板の下で白目を剥き、倒れ伏す姿を前に、感情が混濁して動かない。

 清々もせず、焦りもせず、ただ戸惑うばかり。


 そして深月の視線は……彼らを見下ろす環に向けられる。

 番傘を手にぼぅっと突っ立ったまま、一歩も動いていない環。殴り殺されかけたのに、微塵も表情を動かす事なくその場に佇む彼に、深月は言葉を失くす。


 少年は大嶋達五人をしばらくの間見下ろしていたかともうと、やがて興味を失くした様に目を背け……校舎に向かって歩き出した。






 豪雨の中をサイレンを鳴らして走ってきた数台の救急車は、裏門の前で停車し後部の扉を開け、患者を迎え入れた。


 台に乗せられた青年……大嶋は頭から血を流し、その上顔の骨格が大きく歪んだ意識不明の重態。

 彼と共にいた四人組も救急隊員の応急処置を受けながら、順に救急車に乗せられ運び出されていく。全員、大嶋と同じく頭部に重い一撃を喰らい、気を失ったままでいた。


 原因は、強風によって飛ばされてきた看板などが激突した為。留め金が緩んでいたり錆びていたり、全くの偶然でどこかから飛ばされてきた物が激突した事故であると、同時にやって来た警察に判断された。


 目撃者の全くいない、悪天候の上校舎の外れで起こった事故であるが故に、教師陣にのみ事情聴取が行われ、生徒への干渉は殆ど取られなかった。


 ーーー無論、深月と環にも。



「……あの、たま、じゃなくて、御堂君」



 走り去っていく救急車を見送っていた深月が、傍で暇そうに立つ環に話しかけ、頭を下げる。環はちらりと横目を向けただけで、特に反応は示さない。



「その、制服、ありがとう。また直してくれて……何より、助けてくれて」

「……君とは間接的にでも縁が繋がってるから、君に何かあると僕と僕の家族にも迷惑が被るんだ。面倒臭いんだから、もうちょっと気をつけてくれる?」

「……うん、ごめん。だけど、本当にありがとう」



 はぁ、と溜息をつき、虚ろな目で雨雲を見やる環の横顔を見つめ、落ち着かない心臓を押さえる様に胸に手を当てる。


 恐怖はまだ引いていない。安堵もしていない。

 何が起こったのか、未だ全て理解できていない深月は、息を潜めつつ辺りに目を向ける。


 構内で起こった事故を聞きつけ、野次馬の生徒達が傘を差してまで裏門付近に集まっているのが見える。外にいなくても、校舎から様子を伺い、中には携帯電話で撮影する不道徳者も大勢見える。


 彼ら全員の興味が、事故に遭った大嶋達の安否……よりも、事故そのものへ向けられており、深月達に注目する者は誰もいない。


 女子生徒が無理矢理拘束され、犯されそうになった事件についてはーーー誰も気付かない、知らないままでいた。



「……あの人達の事を話さなないで、先生に伝えただけだったのは、どうして?」

「目立ちたくないし、巻き込まれたくない。あの阿呆共の悪縁に引き寄せられちゃ堪んないから……公にしたほうがよかった?」

「……ううん。レイプされかけたなんて、母さんに知られたくないし……誰にも知られたくない

「じゃあ、いいでしょ。あの屑共もこの先関わる事はないだろうし、そのうち芋蔓式に色々明らかになるだろうし……これで終わりだよ。解決」



 はっ、と吐き捨てる環に、再度視線を向ける深月。

 大島の手駒が向かわされたと聞いたが、一見どこにも傷は見当たらない。深月に隠す様な性分にも思えないし、おそらく本当に無傷なのだろうと思える。


 問題は……何が起こったのか、という事だ。



「あの……どう、やったのか、聞いてもいい?」

「何を?」

「さっきの看板とか……あと、さっきあの人に言ってた、今頃救急車の中、とか」



 縁を司る、少年の力。それがこの一件に関わっているのは明らかだが、どうやったのか全くわからない。

 使う者が完全な悪人ならば、己は一切手を汚さず他者の命を奪える完全犯罪が可能になりそうだ、という想像を頭から払いのけ、恐る恐る問う。


 しばらくの間黙り込んでいた環だったが、やがて深い溜息を吐いてから気怠げに口を開いた。



「いくつかの因果が悪縁で引っ張られて、あいつらに不幸が降り注ぐ様に調節した。それだけ」

「……よく、わからないんだけど」

「あの看板は駅前の建物に付いていた物で、長い間放置されていた所為でいつ落下してもおかしくない状況だった……それにあいつらに結んだ縁を引っ掛けて、ここまで飛ばされてくる様にしただけ……ピタゴラス装置、って言ったらわかる?」



 くるくると指先を回し……糸を丸めて纏める様な仕草を見せる環。釣り糸をリールで巻く様な、そんな動作だ。



「良縁は切れやすいんだけど、悪縁は逆に切れにくい。それに悪縁は悪縁とくっつきやすい性質があるから、ほっとくと埃みたいに大量に纏わりついてくる。類は友を呼ぶって言うけど、それは悪縁で屑同士が引き寄せられている所為でもあるんだよ。もしくは、良縁に恵まれてない人に引っ掛かって、不幸が続いたり」



 なるほど、と深月は思わず救急車の走り去った方を見やって、嘆息する。


 落ち着いてみると、彼らがまるで絵に描いたようなどうしようもない悪人で、同類同士でつるんで好き勝手やっていた、と思うが。

 集まるべくして集まった集団なのだな、といっそ感心してしまう。


 その時ふと、深月は自らの立つ状況を思い返し、微かな期待を抱いて環に目を向けた。



「……もしかして、私の周りがああ言う人達ばかりなのは」

「そういう理由もあるだろうね……あくまで一因なだけだけど」

「一因……」

「君の場合、言われるがまますぎて相手に調子付かせてたところが一番の原因だと思うけど……まぁ、その辺の事はどうでもいいや」



 厳しく告げられ、俯く深月。

 とうとう直接襲いかかってきた〝敵〟の一部が遠くに消えたのはいいが……状況は変わらないという事だ。落胆し肩を落とす少女に、少年は続けて語る。



「ちなみに、君に絡まってる悪縁は一本や二本じゃないからね。安心はしないほうがいいよ」

「……御堂君がさっき片付けたのは、自分に関わる分の悪縁だけ、って事、だよね」

「そうだよ。……ああいうのに関わりたくないから人間との縁は全部切っておいたのに、こういう事が起こるから面倒臭いんだよ」



 がしがしと頭を掻き、険しい顔で深く深く溜息を吐く環。


 どこまでも自分本位……いや、自分一人の世界に閉じこもる少年に、深月は何も言えずただ見つめる他にない。

 未だ掴めない距離感。彼の家族の願いをどうすべきか悩んだまま、中途半端な関係を保ってしまったが故に……今回の様な事件が起こった。

 彼が彼でなければ、大島の目論見通り血が流れた事だろう。



「……御堂君、私」



 このまま彼の側にいていいものか、しかし、彼の家族からの期待もある。

 どうすればいいのかまるで答えが見つからないまま、つまらなそうに辺りを……世界を眺める少年の横顔を見つめていると。



「ーーー深月!」



 聞き慣れた……今やただ一人の自分の味方の声が鼓膜に届き。

 驚きから大きく目を見開いた深月は次の瞬間、柔らかく温かい……母・登紀子の腕と胸の中に包まれていた。

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