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四十、いんがおうほう

 襤褸襤褸の番傘を手に、雨の中を歩いてくる少年。

 影の中から覗く目は心底面倒臭そうで、相変わらず死んでいる……の、だが、今はどこか、苛立って見える。



「……あれぇ? なんで君、ここにいるの? ちゃんと頼んでおいたはずなんだけどな」



 訝しげに眉を顰めた大嶋が、少年……環を見やって吐き捨てる。愉しみの邪魔をされた事で不機嫌になっているのか、ちっと舌打ちが溢れる。



「あ……あ? だ、誰だこいつ」

「知らねぇ…まじで誰だ?」



 小太りと面皰も同じく、苛立った様子で環を睨みつける。相手が貧相な体つきの同年代である為か、強気に邪魔者への敵意を漲らせる。


 環は構わず、雨をしのげる場所まで近づくと、傘を閉じて腕にさげ、はぁぁぁ…と深い溜息をついた。



「いや、まぁ君に責任があるとは思ってないよ。こいつらがここまで馬鹿でどうしようもない連中だったとか、予想しろっていう方が無理だから。……でもちょっと迂闊だったってのは自覚してくれると楽かな」

「あ? 何言ってんの、お前」

「こういう事が起こるから、他人との縁は全部切ってたのに……悪縁は悪縁を招きやすいんだからさ、勘弁してくれないかな、本当にさ」



 威嚇するように、ズボンのポケットに手を突っ込んで凄む大嶋。

 しかし環は微塵も臆さず、というか視界にも入れず、仰向けで拘束される深月にのみ意識を向けている。四人組にも一切目を向けていない。


 深月は戸惑いながら、必死の形相で首を横に振る。



(逃げて! この人達、本気で危ない人達だ! 近づいたら駄目!)

「……自分の方が危ないくせに逃げてとか、どれだけお人好し? あぁ、いや、僕だけ敵じゃないからか……味方判定されても困るんだけどな」



 視線で懇願していると、その気持ちを察したらしい環がより一層呆れを見せる。しかしそれでも動こうとはせず、襤褸の番傘を杖のように地面について肩を落とす。

 老人のような疲れ切った雰囲気を醸し出し……環はようやく、大嶋達に視線を向けた。



「それで……ここはそういう場面って事でいい? 嫌がる女子生徒を無理矢理犯して物にしようとかいう馬鹿みたいな状況って事で合ってる?」

「な、なんだよお前、さっきから!」

「せっかく盛り上がってたところを邪魔しやがって……!」



 気分が高揚し、枷が外れているのか、ほぼ見知らぬ相手にも激しい口調で罵りにかかる四人組。きっかけさえあれば殴りかかりそうなほど、横槍を入れた環に対して怒りを露わにする。


 そんな四人を片手で制しつつ、同じく不機嫌そうに顔を歪めた大嶋がはっと鼻を鳴らした。



「なに? お姫様を助けに騎士が助けにきたとかそんな感じ? なにそれ、馬鹿みたいだな……ヒーロー気取りの陰キャとかまじでキモいな」

「お前ほどじゃないよ、屑」

「……巫山戯てんの、誰にそんな口聞いてんだよ、おい」

「お前に決まってんだろ、塵屑。面倒事に巻き込んで、すごい迷惑だからやめてほしいんだよね」



 頭一つ分上から睨みつけ、低い声で脅す大嶋だが……環は表情一つ変えず悪態を返す。凄まれても、柳に風といった風で気にも留めない。


 大嶋はひくひくと頬を痙攣させ、しかしすぐに平静を取り戻し、環に小馬鹿にしたような笑みを返す。



「随分調子に乗ってるな、どうせお前、俺の手駒から必死に逃げてきただけなんだろ。見るからに弱そうだもんな、情けなく泣き叫びながらでも、ここまで来れたことは褒めてやるよ、凄い凄い」

「そりゃどうも」

「……でもやっぱ馬鹿だ。俺の手駒はこの学園のどこにでもいる。あちこちの女を紹介してやってるからな、携帯一つでいつでもどこにでも呼べるんだよ。お前は逃げてきたつもりで、ラスボスの前に飛ばされてきた間抜けな勇者だ。ざまぁ見ろ」



 けひゃひゃ……と耳障りな甲高い声で笑う大嶋に合わせ、四人組も卑屈な笑い声をあげる。こちら側にいれば安全だ……そういう自信が、彼ら自身も強いという錯覚を起こさせているのかもしれない。


 情けなく、みっともない男達。

 しかし実際に危険な状況にある事は変わらず、深月はなおも必死に環に逃げるよう訴えかける。


 その眼差しに環は……はぁ、と深い溜息を吐くだけだった。



「えーっと……平陽介、伊藤雅彦、蒦本伸二、窪塚大毅、長岡力弥、松川隆平、江頭克樹、藤堂紹也、中村欧貴、阿良川知宏」

「……え?」



 突如、幾つもの人名を述べ出した環。

 悍ましい笑みを浮かべていた大嶋は、ぽかんと呆けてそれを聞き、やがて徐々に顔色を変え始める。



「夏生亜星、桐須透吾、前原剛……うわ、他校のやつまで顎で使ってんのか。類は友を呼ぶって言っても流石に引くわ、これは」

「な、何言って……?」

「僕の所にやったのは、桐須とかいうでかい人でしょ。あの人なら今頃、救急車の中だと思うよ。割と重めのを食らってたから、しばらく起きられないんじゃないかな」



 面倒臭そうに告げる環。がりがりと頭を掻き、口を開くのも億劫だと言わんばかりに思い息ばかりをこぼすその姿は……誇張も何も表していない。


 まさか、と表情を強張らせた大嶋が携帯を操作し、名の上がった手駒の一人に電話をかける。


 帯気音が響き、数秒、数十秒、数分。

 一向に出ない電話の持ち主に、大嶋の顔はみるみる険しくなっていく。



「……お前、何した?」

「何も。なんか変な因果でも引き寄せただけだと思うけど」

「嘘をつくな! そんな……そんな都合のいい話があるか! お前、お前が何かしたんだろ! 事故? そんなタイミングよく事故に遭うわけがないだろ!」

「はぁ、煩いな」

「あぁ!?」



 声を荒げ、手負いの獣のような呼吸を繰り返す大嶋の顔は、鬼のように険しく恐ろしい。四人組が怯え、戸惑うほどに態度を豹変させ、青年はぎりぎりと歯を食いしばり、続けて携帯電話を操作する。



「図にのるなよ、雑魚が! ……くそ、なんで誰も出ないんだよ! 俺が呼んでるんだぞ! いつもいい思いさせてやってんだろ! 働けよ、役に立たねぇ奴らめ…!」



 他の手駒を呼び寄せ、癪に触る少年を排除しようとしているようだが……彼の電話に出る者は誰もいない。

 虚しく待機音が響くだけで、電子音声すら返ってこない。苛々と文字盤を叩く音が鳴り続け、やがて苛立ちのままに端末を投げ捨てる。


 誰も手駒が動かない、思い通りにならない。

 青年は一人で勝手に苛立ち、焦燥を募らせ、潰すはずだった影の薄い少年をその原因だと決めつけ、憎悪の炎を燃やす。



「くそっ、くそ! 面倒臭ぇ! もういい……何したか知らねぇが、直接ぶっ殺せば同じだ。おい、お前らも手伝え!」

「は、へ?」

「早くしろ愚図共!!」



 深月を押さえつけたままでいた四人組に命じ、鬼の形相の大嶋が環にずんずんと迫る。急な命令に慄きながら、四人組も順に慌てて立ち上がり、環の元に向かった。



「死ねよ、屑が!!」

「んんーーー環くんっ!!」



 立ったまま身動ぎもしない環の顔面に向け、大嶋が体格を利用した渾身の拳を打ち込もうと構える。

 続けて襲いかかる四人組を見送る事しかできず、深月が目を見開いて、声にならない叫びをあげる。


 体格差を見るに、本気で殴られれば致命傷になりかねない。今度こそ命が危ない、と口を塞ぐガムテープを引き剥がし、叫んだ瞬間だった。






「ーーーいや、君らが死ねば?」





 がんっ!


 と……鈍い金属音が辺りに響き、赤い鮮血が宙を舞う。


 環は傘を杖に棒立ちのまま傷一つなく。

 逆に拳を振り抜こうとした大嶋と、環の周囲に回り込もうとした四人組は……大きく体を横に傾がせ、鼻から血を垂らしながら、頭から地面に倒れていく。


 側頭部に叩きつけられた金属片……おそらくどこかの看板であろう板に押し倒され、そのまま沈黙した。

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