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三十四、よくまみれのおのこ

 環の姿は、なかなか見つからなかった。

 上から見つけられるかと、上階の窓から見渡してみたものの、それらしい人影は見当たらない。


 しかし正直言ってあの場所以外の心当たりもない為に、直接現場で探してみようと階段を降り切り、出入り口を目指す。


 ーーーだがその途中には、目的の人物とは異なる先客がいた。



「……おや? 奇遇だね、不動さん。こんなところで昼食かい?」



 にこりと爽やかな……深月からすると胡散臭さしか感じない笑みを携え、前に立ちはだかる二枚目の男。


 大嶋理玖。度々深月の前に現れては口説こうとし、毎回踏み込まれる前に断っている相手。

 そして何よりも、昨日烏丸に首を絞められる原因となった人物。


 本人に罪はないとは言え、ますます苦手意識が強くなった厄介な年上の男だ。



「……何か用ですか」

「この先は汚い裏庭しかないよ。どうせならもっと、気分が良くなるところで食べた方がいいんじゃないかな? それにずっと一人でいては、いつまでも友達ができないよ」

「……余計なお世話です」



 相変わらずの甘い声と顔で、深月を気遣う言葉をかけてくる大嶋。だが本人が白けた目で自分を見ている事に気付き、僅かに驚きの表情を浮かべる。



「……えっとね? 確かにお節介だったかもね、ごめんよ。ただその…僕が個人的に君と仲良くしたいなって思ってただけで、ね?」

「そうですか……だったら結構です。別に一人でも気にならないので」



 自分でも驚くほどに低い声が出て、それを真っ向から聞いた大嶋が慄きの表情を浮かべて後退る。

 その隙に脇を通り抜けようとした深月だったが、呆けていた大嶋がはっと正気に戻り、深月の二の腕を掴んで強引に引き止める。



「っ…! やめて、くれませんか……? 痛いです」

「あ、え、ぁ……あれ?」



 きっ、と鋭く睨み付け、厳しい声をぶつけると、大嶋はさらに驚愕した様子で身を強張らせる。だが手は離さず、それどころかより掴む力を強める。


 普段とは異なる反応の所為か、大嶋は困惑の表情を浮かべたまま言葉を探し、そして必死に表情を取り繕う。



「き、聞いてくれないか? こんなところで言うのもなんだけど、ぼ、僕はその……君ともっと交流したいんだ。そ、そうだ……僕はどうやら、君の事がとても気になってるみたいでね」

「……それが、なんですか」

「え? あ、いや、だからね? 君の事をもっと知りたいと思ってるんだ。ただの先輩と後輩とかじゃなくて、もっと深い関係になりたいって、そう思ってるんだよ」

「だから…! 何が、言いたいん、ですか」

「っ……! どんだけ鈍いんだよくそっ……だ、だから! 今後は僕と過ごさないかって、一緒にいないかって提案してるんだけど!」



 望む反応と返事を返さない深月に、焦れ出した大嶋が徐々に顔を歪めて声を荒げ出す。


 強引に掴まれ、引き寄せられた腕が痛む。血管を握り潰されているようで、肌が白くなるほどに力が篭り、深月の顔が苦痛に歪む。

 なのに一向に手を離そうとしない男に、深月の思考を恐怖が占め始める。



「痛い……痛いです! は、離してください、やめて…!」

「あぁもう! 僕と、付き合ってほしいなって、そう言ってるのがわからないかな!?」



 唐突に、何の前触れもなくおかしな言葉を口走った大嶋。

 浪漫も何もあったものじゃない、言い訳のように咄嗟に出てきた告白の言葉に、深月はますます険しい表情で大嶋を睨む。


 異性に捕まえられ、逃げられなくされたこの状況。

 人によっては……それこそ強引な男が好みの女子なら頬を赤らめる場面かもしれないが、あいにく深月にその手の趣味はない。


 力尽くで頷かせようとするこの男に対しては恐怖感しかなく、何より無理強いされている事に苛立ちが募る。



「いい加減に……して、よっ!」



 掴まれた腕を力一杯振り回し、無理矢理大嶋の魔の手から逃れ距離を取る。


 大嶋は振り払われた自分の手を呆然と見つめ、そして肩を上下させて荒く息を吐く深月を凝視する。この状況そのものに困惑している様子だ。



「はぁ、はぁ……も、もう、私に近づかないで、ください……! あなたの、事、なんか……好き、じゃ、ないです……から!」



 立ち尽くしたまま、瞬きも忘れて固まっている大嶋を前に、深月は精一杯の虚勢を張って吠え、さらに数歩下がる。

 大嶋が何の反応も返さず、虚ろな目で見つめてくる姿に背筋を震わせながら、踵を返し小走りに進み出す。もう、顔も見たくない気分だった……元々向こうから絡んできたのだが。



「……なんで。今ならいけるって……裏切られて、ぼろぼろだから押せば頷くって、みんなそうだったのに……なんで、なんで……」



 ぶつぶつと呟く声が遠ざかるまで、姿が見えなくなるまで深月は走った……言い表しようのない不安に苛まれながら。


 直接手を出すまでには至らなかった烏丸のように、最低限の距離を保っていたあの男までもが、急に迫るようになった。何がきっかけか、早急に手を出す事を決定したように、あまりにも突然に。



「……ほんと、最、悪」



 不意に起こり始めた自他の変化に戸惑いながら、深月は裏庭を走る。

 学校での唯一の中立の立場の人間の姿を探し……そして壁際に腰を下ろす探し他人の姿に、ほっと安堵の息を吐き駆け寄る。




 ぎりっ……と遠去かる背後から響いた、誰かの歯の軋む音に気付かないまま。

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