三十三、ゆうきをだして
ようやく昼休憩の時間になった。
樹希の一件をやや引きずりつつ、教室内の同級生達の視線を避けるように、そそくさと早足で弁当箱を手に席を立つ。
目的地は……裏庭、彼がいるであろう場所だ。
もしかすると、昼食の場所を変えているかもしれない。前回、自分が必死に探し出した事で、鬱陶しがって避けられてしまったかもしれない。
だが……深月にはそれでも彼があの場にいる気がしていた。
(関わられるのは面倒臭いけど、他人の都合に自分が合わせるのも嫌……とか、言いそうだしな)
まだ出会って数日、それも真面に会話をした事もないのだが、向けられる視線や態度を顧みると、次に話しかけた際にはそんな反応が返ってくるような気がする。
それに、彼の友人であるあの三体もいる。
以前も少しだけ、他者と関わるべきだと苦言を呈する場面があった。
あんな頼み事をしてくるくらいなのだ。深月が来るまで時間を稼ぎ、会話のきっかけを作る手助けくらいはしてくるかもしれない。というかしてもらわなければ話もできない気がする。
好意的な返答はまだできていない。だが、そうする以外の選択肢もなくなりつつある。
何とか保ってきた親友との縁も切れそうな今、流されるようにして結ばれつつある別の縁を頼りにするべきか。
暗い表情で考え込みながら、深月が裏庭への通路を進んでいると。
「……ぁ、あの」
ふと、階段の踊り場の陰から聞こえてきたか細い声に、立ち止まり振り向く。
柱の陰から恐る恐る、小柄な人影を覗かせるのは……どこかで見た気のする、気弱そうな少女だ。
どこで見ただろうか、何か別の誰かの強い印象がある所為でうまく思い出せない。話した記憶も今のところ蘇ってこない。
「ぇ、えっと……あの、こないだは、きょ、京香ちゃんが、ごめんなさい」
「京香…? あ、その、もしかして……烏丸さんの事?」
「は、う、うん。そうです……」
聞き慣れぬ名と、覚えのある名を出されて、深月はようやく思い出す―――この少女は、烏丸の取り巻きの一人だ。
化粧の厚い派手な片割れの隣で、おどおどと深月を見つめていた……ような気がする。
「こ、この間のあれは……流石に、京香ちゃんが、全面的に、悪い、から……その、ご、ごめんなさい。か、代わりに、謝って、おきます……ほ、本当に、ごめん、なさい」
「え、えっと、別に、良いんだけど」
常にびくびくしたまま、深月にも怯えた眼差しを向ける少女……此花と呼ばれていただろうか。
どうしてあの烏丸と一緒にいられるのだろうか、とつい思ってしまうほどに気が弱そうで、庇護欲というか憐れみを抱かせる雰囲気を有した少女だ。
「あの、わざわざ、あの時の事を謝りに…?」
「ひゃ、は、はい。だってその……みづっ……不動さん、あれ以来、悪く言われてるみたいだし。そ、その、京香ちゃんの所為で、えっと……」
「……あの、私はもういいから。本人も怪我してるし、別に気にしなくていいから」
心底申し訳なさそうに顔を歪め、頭を下げる此花。
なんだか自分が虐めている気がして落ち着かなくなり、深月は周りを気にしながら視線を背ける。
誰かに見られようものなら、ますます自分の根も葉もない噂が流れるのではないだろうか……ふと、そんな事を考えてしまう。
「わ、私、いつも京香ちゃんと一緒だったから、こんな所で一人じゃないと言えないんだけど……ほ、本当に、ごめんなさい」
「う、うん。気持ちはちゃんと受け取ったから。もう、いいよ」
「あ、ありがとう。あ、ああいう事、本当に駄目だと思ってるんだけど……きょ、京香ちゃんに逆らったら怖いし、わ、私までって思ったら、その……」
ぺこぺこと、どこぞの土産物のように頻りに頭を下げる此花を見ているうちに、徐々に同情を抱き出す。
この少女も、必死なのだろう。自分のように、敵を作らないように。
見るからに弱々しく、怖がりな少女だ。気の強そうな烏丸に意見して、今度は自分が標的になる事を恐れ、虐めやら恐喝やら暴行やらがあったとしても、身が竦んで動けなくなるのだろう。
大いに共感できるし、可哀想だとも思う。
……だからといって、そんな彼女にこちらから関わろうという気持ちは微塵も抱かなかったが。
「……お互い大変なんだ、っていうのはよくわかったから。もう、そんなに気を遣わなくていいよ」
「ぁ……え、っと」
一瞬、呆けたように目を丸くした此花は、よたよたと覚束なく深月の前に出る。
通せんぼのような形となり、訝しむ深月の前で少女はあうあうと口をまごつかせ、やがて意を決したように詰め寄ってくる。
「あ、あの……わ、私、京香ちゃんが怖いから、いつもは無理だけど……こ、困った事があったら、相談とか、聞くから……だかあ、あの、も、もし今度、何かあったら……」
「……うん、ありがとう」
必死に勇気を振り絞り、下から見上げ顔を覗き込んでくる此花。
深月はきょとんと呆けつつ、ふっと愛想笑いを返し、小柄な少女の隣を通り過ぎる。
ありがたいが……今更なのだ。
親友として縁を保ち続けてきた相手にすら相談してこなかったのに、今さら話した事もない他人に悩みを打ち明ける気はさらさらない。
臆病なのか勇敢なのか、よくわからない少女の真剣な告白に苦笑しながら、深月は階段を降りていく。
呆然と立ち尽くす少女を置き去りに、ただ真っ直ぐに彼の姿を探して、歩を進めた。




