二十六、よくあるはなし
「さて、では飯を食いながら話そうか……何から聞きたいかね?」
想像以上に美味であった夕飯に舌鼓を打っていると、ぬらりひょんが不意に口を開いた。
深月ははたと箸を止め、妖の老人とその隣の少年を見やる。
衝撃的な事が多すぎて忘れそうになるが、最も気になっているのは彼の事だ。
「えっと、聞いていいのか、は、わからないんですけど……御堂くんの、その、力って」
「うむ、そうだな。……話しても人間は信用せんだろうから問題はなかろうが、秘密にしてくれるとありがたい。そうしてくれるか?」
「は、はい」
深月の人間性を試すような問いに、表情を引き締めて応える。
何度も窮地を救ってもらった上、夕飯まで世話になっているのに、そんな不義理を犯す気はさらさらない。
「先に言っておくが……神の存在を信じるかね? 儂らがおる時点で今更だとは思うが」
「……多分、大丈夫、です」
「うむ、まぁ今の段階でもまだ夢見心地でいるかもしれんが、なんとなくで宜しい。とにかく居るという事だけわかっておくれ」
前置きをし、ぬらりひょんは語り出す。
深月としては何を聞いても否定する気はない。
納得するしない以前に、事実を目の当たりにさせられている時点で、現実を拒否しても何の意味もないとわかっていたからだ。
「―――日本を想像した大神、そしてその子孫である数多の神々、彼らは今も在り続けておる。だが、他人と関わる事はもう滅多に……全くと言っていいほど無くなったと言っていいがな」
「それは、人間が神様を信じなくなったから……ですか?」
「そうだな。転が既に言ったと思うが、人間の賢しさがこの世を整理してしまった所為で、不思議や謎というものが入り込む隙間がなくなってしもうた。その結果、儂らと人間達の関わりと同じく、神々と現代の繋がりも極端に減ってしまったのだ」
ずず…、とどこから取り出したのか、湯気を立てる茶を啜り一息つくぬらりひょん。
その目にはどこか……嘆くような、寂しがるような、そんな感情が滲んで見える気がした。
「信じ取る人間は勿論まだまだおるよ。人間の子供はまだ見える者が多くおる。だが、所詮は少数。大勢の意見に流され、居ると思っていた者が居ないと思うようになる……そしてやがて、見えなくなる」
「……大人になるにつれ、賢くなるから、ですか?」
「それもある。だが主な要因は……感情が先立って物事をありのままに受け入れられなくなるからだろう。居ると主張しても、大人や大人ぶった子供に否定され、素直な気持ちは自ら封殺される。省かれる事が恐ろしいからな」
「……省かれる?」
「家族や友達、仲間という括りの中から排除されるという事じゃ。身に覚えがあるじゃろう? 昨今の人間の攻撃はえげつないからのう……群れから追い出され、一人で敵の中に放り出される。それが恐ろしくて、人間は周りに合わせるようになっていく。そして……儂らは否定されていく」
はぁ、と重い溜息を吐くぬらりひょん。
なんだか申し訳ない気持ちになった深月は、ふと抱いた疑問に控えめに手を上げて訴えかけた。
「……じゃあ、その、私は、どうして……?」
「単純に、お前さんの許容が広いだけの話じゃろう。いい意味で疑う事を知らんと言うか、多少の不思議な事があっても『まぁそんな事もあるか』と受け入れやすい……稀だがそういう人間もおるよ。昔に比べて大きく減ったが」
「……結構、その、信じられない気持ちもあるんですけど」
「頭で理解する事と心で納得する事は違かろう。まぁ、お前さんほど柔軟な心の持ち主は珍しいがの」
褒められているのか、貶されているのか。
何とも言えない微妙な気持ちになった深月は、反論する気にもなれず黙り込む。許容が広いとはこういう事なのだろうか、複雑な心境である。
険しい顔で首を傾げる深月に苦笑し、ぬらりひょんは再度口を開いた。
「話を戻そうかの……まぁとにかく、神は居る。そして―――環は彼の者らと出会った。幼き頃だ」
「神様に……」
「二柱の神だ。偶然彼らの地に迷い込んだ環に、彼の者らは興味を持ち、境遇を憐れみ、手を差し伸べた」
環は相変わらず我関せずを貫き、黙々と食事に没頭している。
そもそも話を聞いているかどうかも微妙な態度だ。
そんな彼に、孫と呼ぶ少年に困り顔で横目を向けつつ、妖の老人は先程よりも何処か重い表情で続ける。
「環は……実の親から虐待を受けておった。いや、虐待なんてものではないな。毎日殺されかけていたようなものだ」
「っ……」
「典型的な屑親だ。碌に働きもせぬ、遊びで子を作り半ば放置し、日々の鬱憤をぶつける性根の腐った人間。環が齢三つまで生きておったのが不思議なくらいの愚か者だ。事実、出会った時には死にかけておった」
思いもよらぬ、重い過去。テレビのニュースや新聞でしか見ないような、胸糞の悪くなる話。
息を呑むだけで済んだのは、他人事という認識が自分の中にあるからだろうか……と、深月は独り自己嫌悪を抱く。
「……そんなに自分を責めんでよいぞ。お前さんはお前さんで苦しみを抱えておるのはわかっておる。それと環の過去を比べるのは無意味だ。気にせんでもいい」
「でも、あの」
「こう言ってはあれだが、ありふれた話だ。人間が増えれば増えるほど、度し難い悪人も増え、其奴らによって苦しむ者も増える。環もその一例に過ぎんよ」
「……一例」
「神々が救ったのも偶然……気紛れだ。偶々、環がお前さんのように曖昧な世界を受け入れやすく……いや、あいつの場合は深く考えず万物に対してどうでもいいと思っているだけだが……偶然出会った神々が憐れんだだけだ」
「偶々……偶然」
「関わる事も滅多になくなっ上、人間も無駄に増えた。そんな偶然がない限り、神々が人を救う事もないよ。お互いに認識していないからな」
ずず、と茶を啜り息を吐く。重い表情で俯く深月にどうしたものかと頬を掻き、湯呑みを置いて腕を組む。
その間に、一足先に料理を平らげた環が盆を持って席を立つ。やはり深月に目もくれず、表情も変えず、背中に雪那を貼り付けたまま、奥の襖の向こうへ姿を消してしまう。
「……あの子もあの通りでの、全く気にしとらん。とっくに忘れておるかもしれんの。まぁ、縁を完全に切ってしもうたから今後関わることもないだろうがの」
「縁を切った……ですか」
「うむ。それがあの子を哀れんだ神に与えられた力だからな。貰うや否やばっさり切りおった、そりゃあもう遠慮なくな」
からからと笑い、止める。
顔を上げた深月の目を見つめ返し、妖の長はその名を口にする。
「環が出会ったのは……所謂『縁切りの神』と『縁結びの神』の神達、〝縁〟を司る者達だ」




