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二十三、ここはいずこのまちなみか

 きゃらきゃら、けたけた。

 童の笑う声がする。


 黄色、朱色、橙色、桃色、紫色。

 様々に輝く光の中、楽しそうに街中を駆ける小さな子供達があげる声が、そこかしこから聞こえてくる。


 それだけなら、不思議でもなんでもない景色

 ただ変わっているのは、子供達の装いがみな着物である事や、子供達全員がまともな人の姿をしていない事だろう。


 一つ目の少年、狐の耳の生えた童女、一本足の男児、一本角の少女、狸の尾が生えた童。

 多種多様な外見を持つ子供達が、平然と、当たり前のように目の前にいて、見向きもせずに通り過ぎていく。


 子供達だけではない。すれ違う人々皆が、異形を晒して歩いている。むしろ、制服姿のただの人間である深月が最も目立っている有様だ。


 深月はただ、目を奪われるばかりだった。

 この世とは思えない……事実自分が今まで立っていた場所とは大きく常識から覆る世界を目の当たりにし、あんぐりと口を開けたまま立ち尽くしていた。



「……深月はん、呆けとるところ悪いんやけど、そろそろ行くで。お腹空いてんのやろ」



 くいくいと手が、掴んでいる鎌鼬の尾が引かれ、深月ははっと我に返る。


 気づけば自分の周りが開けている。

 道の真ん中で突っ立ったまま固まっていた所為だろう。通行人(?)から奇異の視線を受け、避けられている。



「す、すみません。だって、あの……圧倒、されちゃって」

「まぁ、せやろな。ここに迷い込む人間さんは大抵そうなる。様式美、いうんやったか? 最近の人間さんは」



 急ぎ歩き出しながら、転に頭を下げると気にするなとばかりに肩を竦められる。

 その際に聞こえた呟きに、深月はえっ、と声を漏らして目を見開く。



「……来るんですか、ここに、人が」

「最近は全然……あぁ、環はんが最後やったな。昔は結構来れる人間さんがおったんやけどなぁ、最近は全然や。理屈こねる奴ばっかりで、こんな場所を想像せんようになってもうたんやろうなぁ」



 はぁ、と溜息をつく転。

 深月は辺りを……見れば見るほど住む者以外は真面に見える街を見渡し、困惑に眉を顰める。



「妖の皆さんが暮らす街……って事、です、よね? そんなの、私も想像した事、ないです、けど」

「すずめの宿、って聞いた事あるか?」



 転に問われ、深月はとある昔話……舌切り雀という話を思い出す。


 傷ついた雀を拾って世話をしていた翁だが、生き物の嫌いな嫗が虐めて追い出してしまった。

 舌を切られて逃げた雀を追って翁が森の中を歩いていると、探していた雀が現れて翁を導く。そして、森の奥にひっそりと建っていた屋敷に案内する。

 雀は翁を大層もてなし、最後に二つの葛籠(つづら)を持ってきて片方を土産として渡し……。


 と、結末については省くが大体がそういう話だ。



「あれは雀が案内役になって、わいらの世界に爺さんを連れてったって事や。後から意地悪な婆さんも来れたけど、あれは多分雀の復讐のつもりで入れたんかもしれんな」

「……え、じゃああの雀も妖で……?」

「その辺は知らん、わいは会うた事ないからほんまにおったんかもわからん。まぁ、実際の話やったとして、屋敷に住んどる雀が普通におるわけもないし、神の使いとかそういうのやったんやろ。知らんけど」



 よく知る昔話を例に出され、深月はなるほどと納得の頷きを返す。


 子供の頃に聞いた御伽噺。想像や妄想だけのものと思っていたが、こうして実物を目の当たりにすると、全てが作り物だったわけではないのかもしれない。



「この街はその拡大解釈……って言えばええんかな、不思議な住人が暮らす不思議な街がこの世とあの世の境にある言う、人間さんの想像からできとる場所や」

「……何でもありですね」

「あのー、あれ、あの人ら。片目と目玉の親子が住んどるとこあるやろ、あんな感じや」

「やめましょう、それ以上先はやめましょう」



 何やら不穏な例えを出した転に鋭い声で注意をし、湧いてきた冷や汗を拭う。わかりやすいのはいいがなぜだか深く掘り返してはいけない気がする。


 ……とにかく、この地は人の想像が生み出した場所なのだ。

 かつて誰かが生んだ畏れが、曖昧な世界に形を与えた。そんな想像が噂や伝説、御伽噺として脈々と受け継がれ、現代に至るまでひっそりと在り続けた。


 ごくりと息を呑み、街を見渡す。

 鞄を抱き締める手に力が篭り、胸が自然と高鳴った。



「妖の皆さんは……全員、ここに?」

「さぁ? 街がここだけとも限らん。人の想像の数だけわいらの世界はある。街やのうて村とか家とか、そういう形で暮らしとる奴らもおるかもしれんで」

「……その、交流、とかは」

「ないな。する必要ないし……わいらは人間さんの想像でそこに在って、不思議な事を起こしとるだけや。好き勝手に過ごしとるんよ」



 大きな、一つ目の大男……大入道とかいう者だろうかが擦れ違うのを横目に見つつ、深月は嘆息する。


 話に、それこそ先程転が言い掛けたような、妖怪をモチーフにした物語であるような、妖怪同士の交流やら諍いやらはないらしい。

 在り方がそもそも生物と異なるが故に、争いも何も起こる余地がないのだろう。


 誰に気を使う必要もない。

 病気も学校もない、何にも縛られぬ暮らしがそこにある。


 羨ましいーーーと、彼らが自由に街を行き交う姿を見て、深月は強くそう思った。

 様々な柵に囚われている人間や、面倒事に巻き込まれやすい自分からすれば、天国のような場所に思えた。



「……いいなぁ」

「ん? なんやって?」

「……何も悩まずに済むのって、いいなぁ、って、思いまして」



 問われるまま、深月は本心を口にし……やがてはっと我に返って頬を赤く染める。


 こんな事、言ってどうする。

 理由は不明だが、色々と助けてくれている転に愚痴をこぼすなど、図々しいにも程がある。



「い、今のは忘れてください……! な、なんでもないので……!」

「……さよか」



 深月が真っ赤な顔を両手で覆って隠していると、不意に転が神妙な顔になり、静かになる。

 それ以降口を開く事もなくなり、深月も羞恥から何も言えなくなってしまい、居心地の悪い沈黙の中一人と一体は黙々と街並みを歩く。


 やがて……転はある一件の建物の前で立ち止まり、くいくいと尾を引っ張って深月に示した。



「……ほい、ここやで。環はんの住んどる所。ついでに、深月はんの晩飯もここで済ませよか」



 項垂れていた深月は、自分の前に開かれた入り口を……暖簾の下がった引き戸を前にし、きょとんと目を丸くする。



 そこにあったのは、周りよりひっそりとして見える建物だった。

 派手に輝く周りに比べ、灯も少なく装飾もない、ごく普通の民家のような場所。家と異なるのは、入り口の上に大きな看板が掲げられている事だろう。


 黒っぽい木の板に刻まれた文字はーーー〝万屋えにし〟という名であった。

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