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十四、あやかしさん

「嫌です」



 ……返答は、案の定素っ気ないものだった。

 一世一代の告白をするような勢いで頼んでみたものの、少年はこちらに見向きもせず、握り飯にのみ集中するだけ。


 しかし、それで諦め切れるほど、自分の()()は安い内容ではない。



「少しでいいの! 本当に……少しだから」

「嫌です」

「御堂君にしか、聞いて、もらえそうに、ないの……だから……お願い。この通り、です」

「嫌です」



 深々と頭を下げ、懇願し続ける。

 恥も外聞も捨て、なんならこの場で土下座でもするつもりだったが、逆に環の迷惑になるかもと自重する。


 ……もっとも、そうでなくとも、相手は興味をもつ素振りも見せなかったが。



「……お願い。お願い、します。聞く、だけでも」

「嫌です」



 何度その遣り取りを繰り返しただろうか……といっても一方的で、相手も機械のように同じ答えを繰り返すだけだったが。


 何度声をかけても、首を垂れても、少年はまるで耳を傾けてくれない。本当に機械に話しかけている気分だ。

 泣きそうになりつつ、ついに最後の握り飯を完食し終えようとしている姿に、焦りと絶望に苛まれようとした時だった。





「ーーーあぁ、もう! ちっとは話聞いたれや、環やん!!」





 がばっ、と。

 少年が足元に置いていた鞄が開き、黄色い何かが飛び出し叫ぶ。


 突然の()()の出現に、深月は唖然とした表情でそれを見下ろす。



「……オ、オコジョ? フェレット?」



 それは、獣だった。

 細長い、薄い黄土色の体表を持った毛むくじゃらの生物……尻尾の先が鈍色に濡れた、見た事のない生き物だ。


 それが……表情豊かに口を聞いている。見る者(深月)に何の違和感も持たせずに。



「何やぁ! わいをあんなチャラついた連中と一緒にすんなや! どっからどう見ても凛々しくて格好ええ鼬さんやろが! 二度と間違えんなや!!」

「ご…! ごめん、なさい」

「ええでぇ…♪」



 深月の呟きに、謎の生き物はくわっと豹変して怒鳴りつけてくる。何かの琴線に触れたのだろうか。

 慌てて深月が謝ると、謎の生き物は途端に態度を軟化させる。……どこぞの喜劇で見た事のある反応だ。


 謎の生き物は居住いを正すと、真下からまじまじと深月を見つめてくる。

 彼の位置からだと胸しか見えないと思うのだが、人間ではないからか、感じられる視線にいやらしさは感じられない。久々に出会えた、真面に話せる相手、という感覚だった。



「ほー、見れば見るほど別嬪さんや。何や環やん、隅におけへんなぁ? いつの間にこんな美人さんと仲ようなったんや?」

「…………」

「……うん、すまん。わいが悪かったから、そんな目で見んといて。怖いねん、わいら(あやかし)からしても怖いねん、あんたの目」



 若干下世話な態度で環に話しかける謎の生き物だが、環に睨まれ黙り込む。両者の上下関係がよくわかる会話だ。



「んんっ……環やんは全く聞く気ないようやし、わいが代わりに話聞いたるで! 何や、嬢ちゃん困っとる事があるみたいやな?」

「え、あ、は……はい」

「ほんならわいに任しとき! 相談くらいなら乗ったるで! 荒事も多少はお手のもんや!」



 気まずげに咳払いをし、謎の生き物は深月に向き直る。口調は多少荒いが、気のいい性格だという事はわかった。


 小さな体で一生懸命に目線を合わせようとする姿は、動物園にいる小動物と変わらず愛らしい。

 最初の驚愕と警戒はとうに何処かへ消え去り、深月は頬を染めながら、恐る恐るその場にしゃがみ、謎の生物の顔を覗き込む。



「……あの、そもそもあなたは……何、ですか?」

「ん? おぉ、自己紹介忘れとったな! わいは鎌鼬の(トシ)ゆう者や! よろしゅうたのんます~」



 とん、と胸を張って背伸びする仕草。

 きゅん、と深月の胸が高鳴り、呼吸が少し荒くなる。



「ト、トシ、さん……?」

「そんでわてが(ヒロ)云いますねや」



 名を確かめると、再び環の鞄が開いてもう一体、似た姿の謎の生き物が顔を出す。こちらは鍵尻尾になった薄い茶色の毛並みだ。

 とくん、とまた一段深月の心臓が騒ぐ。


 そしてもう一体、転と名乗った者の隣、尻尾の先が刃のように鋭く見える灰色の毛並みの者が顔を覗かせた。



「そんでうちが(キリ)ゆう者です」

「「「三体揃って鎌鼬です! どうぞよろしくお願いします~!」」」



 三体の謎の生き物ーーー名に聞き覚えのある小動物達が、一列に並んで辞儀を披露する。

 深月は無意識のうちに目を輝かせ、三体の小動物の前に腹這いになる勢いで身を伏せた。



「鎌、鼬……!?」

「聞いた事あるやろ? わいら結構有名やもんな」

(あやかし)の代表格やゆうても過言ちゃうんやないやろか?」

「阿保ぉ、それは流石に言い過ぎやで。鬼のおっちゃんとか天狗のおっちゃんに聞かれたらどないすんねん!」

「大丈夫や、そうなったら思いっきり土下座するから」

「何やそのなっさけない覚悟は」

「ぷらいど無いんか己には」

「あったらこんな所で嬢ちゃん一人に自慢しとらへん」

「あかんわ」

「お前とはもうやっとられんわ」

「「「どうも、ありがとうございました~!」」」



 誰が求めたわけでもなく、漫才じみた遣り取りを終えた鎌鼬達。


 反応を見るようにちらりと見つめてくるが、深月からの反応はない……可愛らしい小動物が話しかけてくるという光景に、忘れかけていた乙女心が刺激されて呆然としていたからだ。


 そうとは知らない鎌鼬達は、戸惑いの表情を浮かべて互いの顔を合わせていた。



「……あかんわ、全然受けてへん」

「……暗い暗い顔しとるから笑かしたろ思っとったのに」

「……もうちょいてんぽ変えた方がよかったんかもしれん」

「「「せやけど、最近の人間の笑いのつぼはよぉわからんからなぁ」」」



 ひそひそと囁き合う三体。その仕草がより一層深月の心を奪っているとは気付かず、当初の目的も忘れて話し合うばかり。


 すると……それまで黙り込んでいた環が立ち上がり、鎌鼬達の首根っこを掴んで、ひょいっと自分の鞄の中に放り入れてしまった。



「うるさいんだよ」

「「「あぁーっ!!!」」」



 きゅっ、と閉じられ、暗闇の中に囚われた三体の情けない悲鳴が響き。


 深月も「あぁ~…」と悲鳴じみた声を漏らしていた。

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