十五、みえる みざる みえざる
「あの……大丈夫、ですか?」
ぐったりした鎌鼬達を膝の上に乗せ、問う深月。
鞄に閉じ込められ数分、ようやく環に解放された三体の鎌鼬達を話がしやすいよう近くに寄せ、様子を伺う。
ついでに毛並みを堪能する事も忘れない。柔らかさはないが、それを補って余りある手触りの良さだ。持ち帰って枕にしたい。
「嬢ちゃん……優しいなぁ。おっちゃんの胸も高鳴るで。きゅんやきゅん」
「わいらがもうちょい若かったらなぁ、求愛しとるのに」
「時の流れはいつだって残酷や」
「……あ、気ぃつけて。わいの尻尾は凶器やから、迂闊に触ったら切れるで」
「は、はひ」
撫でられて満更でもない様子の三体が、深月の腿の上で転がって寛ぐ。
胸や尻と同じく程よい肉のついた脚は、彼らにとって極上の枕になりうるらしい。役得だと深月も心のうちで歓喜する。
「……君ら、何で僕の鞄に入ってたの?」
「お、そうやった。わいら、この子に用があんねや」
埒があかない、と環が口を挟むと、三体は一斉に顔を上げて深月と目を合わせる。腿の上に寝転がったままだが。
「私に……その、どのような用、ですか?」
にやけていた深月は思わず背筋を伸ばし、真剣な眼差しで見つめ返す。
異形の者達が、わざわざ人里に降りてまで持ってきた話。間違いなく、少年や鎌鼬達、そして自分自身の今後にまつわる内容だと、緊張からごくりと息を呑む。
じ、と静かに見上げてくる、治と名乗った鎌鼬は……唐突に呆れた顔で首を横に振り出した。
「あかんで、嬢ちゃんーーーそこは『妖怪が私に何か用かい?』ってボケてわいらにツッコミ入れられるところや!」
「阿保ぉ、素人さんに急にそんなあどりぶ付き合わせんなや」
「まぁ、言うてもわいらも素人ですが」
「「「はっはっはっはっは!」」」
かくっ、とどこぞの喜劇のように体勢を崩す深月。
出鼻を挫かれ、脱力する少女の気持ちなどいざ知らず、三体はけらけらと楽しげに笑う。それが可愛らしく、文句を言う気力も湧かない。
だがそんな深月の代わりのように、再度環がその首根っこを掴み、三体を鞄に突っ込んだ。
「0点」
「「「あーっ!!」」」
深月も再度、闇に消える抱き枕……もとい妖三体に「あぁぁぁっ…!」と手を伸ばした。
「……次、無駄な話したら三体とも縫い付けるからね」
「「「はい……すんません」」」
少しして、鞄から引きずり出された三体が、今度は地面の上で正座する。
流石にかなり苛立っているらしい環の前で三体を愛でられず、深月も正座して手を膝の上に乗せる。続きはまたの機会に。
「んんっ……ほな、話しよか。わいらの用事は単純や。今後も環やんと仲ようしたって下さい……これを伝えたいだけや」
転、と名乗った鎌鼬の言葉に、深月はきょとんと惚ける。思いもよらぬ頼み事だ。
「えっと、仲良く、じゃ、ないです、けど……わ、私も、御堂君とは話がしたいと、思って、まして」
「さよか! そんなら渡りに船や! お願いします!」
「こいつほんま人間の友達おらんで難儀しとるんよ! 良ぉしたって下さい!」
「いっつもいっつもわいら妖とばっかり暮らしててなぁ、友達としてはほんまに心配しとるんよ! おおきにな!」
おずおずと答えてみれば、鎌鼬達はきゅーきゅーと鳴きながら喜びを露わにする。表情豊かに、手を挙げて喜ぶ。
当の本人が無視を決め込んでいるが、三体にとっては些細な問題のようだ。お節介な隣人、そんな関係性を感じる。
深月は改めて、その光景に瞠目する。
姿こそ獣……多少変わっているが動物なのに、こうも多彩に感情を表し、何より口を聞いている。普通の動物ではあり得ない。
「あの……聞いていいですか? 妖って……あの、妖怪って、実在……してたん、ですか?」
「ん? あぁ、せやで」
相手を不機嫌にさせやしまいか、と不安なまま尋ねてみると、鎌鼬達はあっけらかんと頷いてみせる。
深月の問いに不思議そうに、まるで聞くまでもない極普通の一般常識を尋ねられたかのように。
「……阿保ぉ、お嬢さんが混乱しとるやないか。色々事情はあるようやけど、こっちゃ普通の女子高生さんやで。一から説明したらなあかんやろ」
「さよか」
「ほな教えたろか」
戸惑う深月に気付き、斬が半目で他の二体に注意する。
転と治も急ぎ過ぎたと思ったのか、少し考える素振りを見せてから、笑みを携えて語り出した。
「わいら妖はなぁ、ずーっと昔から人間の傍に居ったんよーーーそういう風に生まれたからな」
自然と、深月の眉間に皺が寄る。
傍にいた、と言われても、ごく最近……それも昨晩に至るまで妖怪など見た事がない。矛盾した言葉に、首を傾げる。
「そういう風に……えっと、意味が、よく」
「聞いた事ないか? ……『妖怪は、人の想像力から生まれる。』とかなんとか。あれ、ほんまの事なんよ」
「詳しゅう言うたらちょいちょい違うんやけどな?」
「まぁ、大体一緒の事や。そういう理解で十分やろ」
鎌鼬達はくすくす笑う。
やはり理解が追いつかない深月を置き去りに、どこか薄ら寒い雰囲気を漂わせて、続きを口にする……なんとなく、背筋に寒気が走る気がした。
「〝この世〟は人間さんが思っとるより曖昧や。偉い科学者さんが色々難しい話で証明しようとしとるけど、全てを解き明かす事は出来へんねやーーーその人らは見ようとしてへんのやから」
「見ようと……して、ない?」
「人間さんは想像する……『あそこの暗がりになにかおったら?』『この傷は誰かに付けられたんちゃうやろか?』この世の不思議を、誰かの所為にしたがるーーーその時、わいらはそこに在る」
笑う、嗤う。
この場にいない誰かを嘲笑うように。
「最近の人間さんはすぐ小難しゅう考えよるからな……事実なんかえらいしんぷるやのに」
「何か答えがあったら安心するからな、人間さんは」
「得体の知れん不思議や謎や奇跡が怖ぁてしゃあないんやろ、情けない事やで」
「なんぼ理屈をこねても、居るもんは居るし在るもんは在る……そういう風に人間さんらが想像してしもたんやからな」
「無い事は証明できへんねん。悪魔の証明っちゅうやつや」
「見えへん事にしたがっとるだけ……どんだけ科学で暗がりを照らしても、全部は照らせへんのや」
ぞわぞわと、深月は胸の内に湧く騒めきに惑う。
自分が今何を聞かされているのかーーーいや、そもそも自分が見ているものは何なのか。
深淵を覗いている気がして、落ち着かなくなる。
「見える世界が全てやない……見えへん世界も、見てない世界もあるんやで」
呆然と、未知の存在達を見下ろしたまま固まる深月に、治がそう告げた。




