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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき


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190/191

190.

ここまで、長らくお付き合いくださった皆様。心より感謝申し上げます。

右も左もわからない状況で書き始めて、いつの間にかだらだらと書き続けてしまいましたが、次回で一応最終回とさせて頂きます。

次回作は、タイトルと主人公を変えて、このメンバーで新たに物語を始めたいと思います。少しづつでも、読みやすくなればと思っております。今後とも宜しくお願い致します。

 まだ暑い季節ではなかったが、ポーチに立つあたしの額には汗が浮かんでいた。

 ここは、急峻な山岳地帯にあるV字谷を利用して建設された東部要塞と呼ばれる一大要塞だ。我が祖国の大陸が水没してしまう事になった時に竜王様の計らいで、この新大陸に転移門を設置してもらって災難から逃れて来た人々がここに住み着いて要塞を築き上げたのだ。

 その要塞の最奥部に山肌に貼りつくように建設されたのが地上十二階、地下二階からなる石造りの居住地兼要塞本体の三階にあるポーチ、それが今あたし達が追い込まれている場所だった。

 本来マイヤー兄様が統治していたはずの要塞だったのだが、腹心の閣僚だったフィレッチア准将の裏切りに会い、兄様は投獄され要塞はフィレッチア准将に乗っ取られて我がリンクシュタット家の者は奴隷として迫害されてしまったと聞いて居る。

 だが、要塞に来てみると、フィレッチア家の者は下っ端しかおらず、この要塞の中心であるこの建物に乗り込んでみると、ほぼ無人に近い状況になっていた。

 あたし達は原因究明よりも囚われていた兄様達の救出を第一に当初の計画通り事を進めていた。


 え?なぜ無人で敵が居ないのにポーチに追い込まれているのかって?

 えーと、それは、その、色々とあってですね、ちょっと、ほんのちょっとだけ予定外の事態が起きまして、逃げざろうえなかったといいますか・・・。


 そんな事を考えていると、お頭の大きな、大きな独り言が聞こえて来た。

「敵が居ないんだったらよお、何もあんなに地面を切り刻む事なかったんじゃねーか?誰かさんが必要以上に深くまで切り刻んでくれたおかげで、溶岩が吹き出してきて俺らはこんな所に追い詰められたんだ。おまけに、この要塞の建物も放棄しなくちゃならなくなって、領民にとってはとんだ災難でしかねーだろうによー」

 お お頭、なにも今そんな事を言わなくたって・・・。

「まあまあ、済んでしまった事をあれこれ言ってもしょうがないだろう。今はこれからの事を考えないといけない時だ。それで、助けの船とやらは来ているんだろうね?」

 兄様が助け舟を出してくれたものの、依然居心地が悪い事にはかわりがなかった。


「そう言えば、遅いなぁ。あいつが居るんだから、手抜かりは無いと思うんだがな。どうなっているんだ?」

 要塞の外を見ながらお頭がぼやく。あいつとは、我が軍師、と言うか我々の頭脳であるアドラーの事だ

 確かに彼女がヘマをしたところは、今まで見た事がなかった。だから、安心して待って居れば良いと思うのだが、下から登って来る熱気と卵を腐らせたような異臭が焦りを呼んでいるのだろう。


「見えたぞーっ!」

 誰かが叫び、みんなは一斉にポーチ周囲に設置してある腰の高さまでの石の転落防止柵に殺到した。

 確かに要塞城壁の遥か彼方の空に豆粒のような点が見えた。良く気が付いたものだ。


 まだかまだかと待ち焦がれているからか、船の速度はとても遅く感じられた。

 やがて、船が城壁を越える頃には船の様子は肉眼でもはっきりと見えるようになって来た。

 その時、お頭がぼそりと呟いた。

「おい、百名の老人部隊を積んで来てるんだよな。降ろさない事にはここにいる全員は乗れないんじゃねーか?」

 それを聞いて、あたしもハッとしてしまった。そうだ、フィレッチアの追撃対策に老人で組織した部隊が乗って来て居るはずだった。

「どういう事かね?老人部隊とは?一体何の事なんだね?」

 訝しむような表情で兄様が聞いて来る。

「あ あの・・・」

 あたしが言い淀んでいると、ポーリンが代わりに答えてしまった。

「あんな、老人部隊っちゅーのはな、ここを脱出する際にな、残ってサポートしてくれる連中のことなんや」

 ポーリンは駆け引きとかは一切しない性格で、いつも真っ直ぐにスコーンと言ってしまうのだが、ここではそれが裏目に出てしまい、もろに兄様の興味を引いてしまった。

「残ってサポートだと?では、その後はどうなるのだ?船とやらに乗り切れなかった人達はどうやって帰って来るというのかね?」

 あーあ、兄様の目が怖い。領民大好き回路が完全に起動しちゃってるよ。こうなったら、面倒この上ない性格になるぞおぉ、どーすんだよ。

 だが、ポーリンはお構いなしで、とつとつと説明を続けた。

「みんな、自分達が不甲斐ないせいでこないな事態を引き起こしてもうたっちゅーて、えらい責任感じとったで。みんなここに残って殿さん達を送り出すんとちゃうんかいな?」

「だが、実際の所敵はいないのではないか。残る意味があるのか?」

 兄様の追及は、ポーリンからあたしに向かって来ていた。あーあ、時間が無いって言うのに、面倒な事この上なくなってるじゃーん。は~っ、頭が痛いわ。

「大丈夫ですって。なぜか敵なるものは一切いないんですから、乗りきれなかった者達は、大至急折り返しで回収に来ますから、安心して乗って行ってくださいよお。兄様が乗ってくれない事には、みんなも乗れないんですからね」

「だがな、やはり国の責任者たる者、先頭を切って逃げる事など有り得ない。私は最後に乗り込むので他の者を先に乗せてやってくれ」

 散々悩んだあげく兄様の出した答えは、みんなを困らせるものだった。ま、予想は出来ていたけれどね。

 困ったあたしは、ふとお頭を見上げたのだったが・・・何故かニヤニヤしている。なんで?

 あたしの視線に気が付いたお頭はニヤニヤしたまま小声で話し始めた。

「おめー、何年奴の妹やってんだ?もっとヤツの性格を読めよ」そう言うと、兄様に向かって話し始めた。


「そろそろ船が着くんだがよ。乗り組む順番を決めたいんだがいいか?みんなで一斉に船に向かったら怪我をするだろうからな」

 不意に乗り込む順番の話しをされて一瞬戸惑った兄様だったが、直ぐに冷静さを取り戻して領主の顔になった。

「あ、ああ、そうだな。その辺は宜しく頼む」こう言われたら、兄様も従うしかなかった。


「おうぃ、みんな聞けぇ!これから船に乗り込む順番を言うからようく頭に叩き込めよ!順番を守らねー奴は、叩き落とすから覚えておけ!」

 まるで獣が吠えるような大きな声で怒鳴られたものだから、みんな一瞬で静かになってお頭に注目した。

「まず、降りる奴が先だ!乗って来た奴らが降りたら、最初は怪我人だ!自分で歩けない怪我人と病人を先に乗せる。ここ、間違えるなよ!!怪我人と病人が一番最初だぞ!!」

 あ、ああ~、そうか。そうすれば兄様も従うしかない訳だ。お頭にしては冴えてるわあ。

「次に、妊婦だ。そして女、子供。野郎どもは一番最後に乗り込む。いいなっ!順番間違えるなよ!ずっと睨んでるからな!」

 当然、ほぼ誰も反論は無かった。ただ一人を除いて。

「まてまてまて、なんでそうなる。おかしいだろう」

 反論するのは兄様だった。

「なぜおかしい?オメー日頃から言ってなかったか?身分に上下は無いってよ。誰もが平等でなくてはいけないってよ。あれ、嘘だったんか?不平等論者だったんか?ええ?」

 あたしは、思わず後ろを向いて吹き出してしまった。こりゃあ、お頭の作戦勝ちだわ。

「俺の言ってる事、どこか間違っているか?間違ってねーだろうがよ。周囲の助けが必要な怪我人と病人は最初に載せないと後から乗って来る奴の邪魔になるんだよ。全員を素早く乗せるには、どうすればいいか考えるまでもねーんじゃねーか?」

「あ・・・う・・・」兄様が白旗を揚げた瞬間だった。まるで、アドみたいな鮮やかなやり口だった。


 そんなやり取りをしている内に船は収穫まじかだった麦が燃え盛る中を横切って、あたし達のすぐ目の前にまでやって来た。

 見ると、何故か船は右に左へ上へ下へとふらふらとよたっているみたいに見える。又、アンジェラさんの体調がすぐれないのかしら?

 だが、そんなあたしを見て、お頭が鼻で笑った。

「へっ!おめー上昇気流って知らねーのかよ。下であれだけ盛大に火が燃えてっと空気が上に登って行くから船があーやってもみくちゃにされるんだよ。これくらい覚えておけ、覚えていられるんならなww」

 ぷーっ、一言多いのよ、お頭は。


 やがて船は苦労して、よろよろとポーチの目の前にまでやって来ていたんだけど、高さの調整がうまく出来ないのか甲板の高さはまだ大人の背丈よりも高い位置でふらふらしている。

 やはり、下からの気流で翻弄されるので接岸は難しいのだろうか?

 すると、船首の所からアドがひょいと顔を覗かせた。

「下からの気流で船があおられてしまい、このままですと船の位置が安定出来ません。ですので強制接岸させます。全員至急ポーチから離れて通路の中に避難してください」

 そうアドが言うと、船はぐるっと円を描くようにポーチからゆっくりと離れて行った。

「まさか、そのまま船で突っ込んでくるつもりじゃあねーだろうなぁ?」

「まさか・・・」

 こちらに向き直った船が一瞬停止したのを見たお頭が両の目を見開いて叫んだ。

「突っ込んでくるぞおおぉ!みんな廊下に戻れえええぇぇぇっ!!」

 ポーチの上がどうなったかは、想像に難くないだろう。人々は叫び声を上げて逃げ惑うように通路へと殺到して行った。阿鼻叫喚とはまさにこの事だろうか。

「くるぞーっ!!」

 誰かが叫んだ。

 その一瞬後だった。物凄い轟音と地を揺るがす振動。天上からは細かな石の破片がこれでもかと降り注いできた。

 みんなは反射的に頭を両手でガードしてその場にしゃがみ込んだのだが、凄まじい揺れで横倒しになっていた。

 降り注いでくる粉塵で目を開ける事も出来ず、暫くそのまま地面に転がって居たのだが、人々が目を開けて周囲を見回して居る気配にあたしも恐る恐る目を開けてみた。

 うん、予想はしていたけど、あまりにも予想通りなのにビックリしたよ。

 人々は降って来た粉塵で全身が真っ白になっていた。目だけがぎょろぎょろしていて吹き出しそうになったわよ。


「まさか、とうとうあいつがこんな事するようになるとはな。おめーに相当感化されちまったようだな」

 失礼な事を言うのは、当然お頭だ。

「アンジェラさんがこないな姐さんみたいなまねするなんて・・・」

 ポーリンも真っ白な顔で失礼全開だ。


 などと思っていると、ポーチの方からのんびりとしたアドの声が聞こえて来た。

「船は長い時間固定出来ないと思いますよ。急いで乗船してくださーい」

 その声に反応して兄様の担架を持った四人の屈強な人たちが担架を持ってすっくと立ちあがった。

 すると、その前面に居た人々がさっと両脇に避けて、一瞬で道が出来上がったではないか。まさに阿吽の呼吸だ。

 兄様の担架が船に向かって進み出すと、その後に怪我人とよろよろとしたおそらく病人と思われる人々が介助の人と共に続いた。

 誰も我先にと船に乗り込もうとはしていなかった。兄様の教育?が普段からしっかりとしていたのだろう。


「あれ?そういえば・・・」

 あたしは、船に向かう人の列を脇で見守っていたアドの所に駆け寄った。

「あらあら、随分とお化粧が濃いのですね。それも全身にお化粧とは」

 アドの減らず口にわなわなとしてしまったが、そんな事をしている場合じゃなかった。

「アド?あれは?あれはどうなっているの?」

「あれ とは?」

「あれよ!百人からなる老人部隊よ。降りて来てないけど、どうなってるの?」

「ふふふ、そういう事ですよ?」

「え?そう言うって?まさか、乗っていないって事?」

「そうですよ。当然じゃあないですか。よぼよぼの老人なんて大勢連れて来て何の役にたつとお思いで?せいぜいダーク・エンジェルの餌にしかなりませんよ?」

「ダーク   って・・・」


 じゃあ、じゃあ、兄様とのあの言い合いはなんだっていうのよお。兄様を説得するの、大変だったんだから。

 だけど、アドにそんな事言っても通じる訳でもなく、あたしは言葉を呑み込んだ。

 改めて船を見ると、見事に石造りのポーチにめり込んで居た。船首から五メートル?いや、十メートル近くはめり込んで居るだろうか。

 それでも、ワイバーンの骨と皮で強化した船首はびくともしていないようだった。いったいどんな身体しているのよと言いたい気持だった。ま、今回は助かったけどね。


 順調に乗船が進み、思ったよりも楽勝だったなと思っていたら、船倉にいた兵士に呼ばれた。

「姫さ~ん。船倉の中は灼熱地獄で人が居られない状況ですよお。急いで撤収しないとまずいんじゃないですかぁ?」

 そっか、下から溶岩に熱せられているんだったわ。急いでここを離脱しなくちゃ。

「もう全員乗ったわね?アンジェラさーん、直ぐに離脱よ!急いで!」

 あたしはそう声を掛けながら船に駆け寄っていた。

「了解しました。離脱しまーす」

 どうやら、問題無く離脱出来そうだ。そう思った時だった。

 なにやら視線を感じて、あたしは足を止めてしまった。

 なに?今の感触・・・。確かに誰かに見られていた・・・。

 気のせいだったのだろうか?

「姐さ~ん、急いでやあ、時間あらへんでぇ」

 ポーリンの声でハッとして、あたしは再び船に向かって走り出した。

 あたしが船に飛び乗るとほぼ同時に、船は物凄い音を立ててポーチから離れた?いや、剥がれたと言った方が正しいかも。

 大量の瓦礫を撒き散らしながら、船はゆっくりとポーチから船首を引き抜いていった。

 その時、再びあの視線が感じられた。どこ?どこから?

 その視線の出所はすぐにわかった。あの、あたし達が居たポーチの奥の通路の暗闇だった。

 その瞬間、あたしは空中を舞っていた。

 あたしも驚いていたのだけど、無意識に船から飛び降りていたのだった。

 ポーチに降り立つと謎の視線がよりはっきりと分かった。不思議な事にその視線からは悪意はかんじられなかった。


 その後の行動はあたしにも良くわからなかった。

 謎の視線の正体が子供のようなシルエットをしていると認識したその瞬間、あたしは駆け出していた。

 背後ではみんなの叫ぶ声が聞こえていたが、あたしの足は止まらなかった。

 いったいどうしちゃったのだろう?

 あたしは迷わず位通路へと入って行った。

 不思議な事に、恐怖は感じなかったし、その頃にはみんなの呼ぶ声も気にならなくなっていた。

 あたしの頭の中には、目の前の謎の視線しかなかったのだ。

 どうしても謎の視線の主と会わなければいけない。その時はそんな意味不明な感情にとらわれていたのだった。


 そうして、あたしはみんなの前から姿を消したのだった。


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