第二十七話 それぞれの告白
改稿工事終了です。
『妖精の庭』から戻ってすぐに、私は寝室から応接室へ出た。
お昼寝の時間、私はエルシアが起こしに来るまで、いつも大人しくベッドの中にいる。だから、応接室にいた侍女たちは、私が急に寝室から出てきて驚いていた。その中に、エルシアはいなかった。
「姫さま、どうかなさいましたか?」
侍女の一人、一番若い侍女のウルリカが、私と目線を合わせるように膝をつき、心配そうに尋ねてきた。彼女は、流行に敏感な子爵令嬢で、コシがなく波打ち癖のある私の髪を、いつも可愛らしく整えてくれている。
「エルシアは、どこに行ったの?」
「エルシア様でしたら、近衛騎士団の訓練場です。呼んで参りましょうか?」
「近衛騎士団の訓練場?!」
私は驚いて聞き返した。
「ええ、最近のエルシア様は、姫さまのお昼寝の時間に、武術の鍛錬をしているのです」
「エルシアは、侍女でしょう? 武術の鍛錬なんて必要なのですか?」
「エルシア様は、姫さまの護衛も兼任なさっています。エルシア様は、とてもお強いのですわ。学園の剣術大会の女性騎士の部で、上級生を抑えて優勝した猛者です。あの時も、エルシア様は、とても素敵でしたわ。エルシア様が、学園を中退される時は、女生徒の嘆きは凄まじかったです。エルシア様がおっしゃるには、最近、姫さまに近づく、不埒な白蛇男がいるので、油断ならないそうです」
不埒な白蛇男 …… それって、藍白のことだよね。ああ、エルシアは、とことん藍白が嫌いなんだね。それにしても、エルシアって、そんなに剣術が強いなんて知らなかった。
「わざわざ、エルシアを呼ばなくてもいいです。至急、父上にお会いしたいので、連絡してください」
「承知いたしました。お父上様に伝令を送りましょう。では、姫さまは、身仕度を整えておきましょうね」
「はい。よろしくお願いします」
「まあ、ずいぶん汗をかかれましたね。姫さま、こわい夢でもご覧になったのですか?」
今の私は、お昼寝用の簡易ワンピースだ。『妖精の庭』から走って戻ってきたせいで、髪も乱れていたし、少し汗をかいていた。私の姿は、悪夢を見て飛び起きてきた様に見えたようだ。ある意味、私は悪夢を見てきたようなものだった。
「 …… こわい夢、でした。父上にお話しをきいてもらいたいのです。こんな理由で、父上を呼んではだめでしょうか?」
「大丈夫です。お父上様は、きっとすぐに来てくださいます」
「はい。ウルリカ、ありがとう」
私は、父上と話しが出来る事に安心して、へにゃりと笑った。すると、ウルリカは、真っ赤な顔をして俯き、肩を震わせた。
「ウルリカ、どうかしましたか?」
「かっ、かわいい! 姫さま、か〜わ〜いい〜!!」
「ウ、ウルリカ?!」
私は、ウルリカに抱きつかれて驚いた。
「ああ、姫さま! なんて愛らしいのでしょう! エルシア様の鉄壁の守りで、影から愛でることしか出来ない事に、普段は涙しているのですわ! これは、至福のひと時ですわ! 姫さま!!」
「う、うひゃ!」
「ウルリカ、なりません! 姫さまに直接触れるなど、無礼でしょう! …… ずるいですわ!」
「ふわぁ!」
今度は、リズベットがウルリカごと私を抱きしめた。
私の世話をする侍女は、主に三人いる。エルシアと、ウルリカ、女性陣で一番年長のリズベットだ。私に関わる使用人は、女官や下働きを入れると三十人は下らないそうだ。
私に話しかけるのは、普段エルシアが中心で、他の人たちは遠巻きに見ているだけだった。よく考えたら不思議だった。
私は、二人の豊満なお胸で窒息しかけていた。ぎゅうぎゅう、ぐりぐり、圧着する柔らかな攻撃に、意識が落とされそうになった。
「リズベット! ウルリカ! 姫さまに何をしているの?!」
「はっ! エルシア様! あっ!姫さま、失礼いたしました!」
「わ、私としたことが! 姫さま、申し訳ございません …… 」
二人は、エルシアの声で弾かれたように、私から離れた。やっと、深く呼吸が出来た。
「は、はあ、はあ、あぶなかった …… 」
「姫さま、大丈夫ですか!」
「エルシア? は、はい。大丈夫、です …… 」
あ、危なくお花畑が見えそうだった。それに、こんな死に方は嫌だ!
「ウルリカ! リズベット! 姫さまがいくら超絶的に愛らしいからといって、暴走するようなら、姫さま付きの侍女から外します!」
「エルシア様! そんな …… ! どうか、それだけはお許しください! もっと、精進いたします! 姫さまの愛らしさに、耐性をつけますので、お許しくださいませ!」
「二人とも、とにかく部屋を下がりなさい!」
二人は、涙目で頭を下げ続けていた。エルシアは、取り敢えず二人を下げて私の着替えを手伝ってくれた。そんな大袈裟にしなくてもいいのに …… 。私は、そう思った。でも、事態はもっと斜め上をいっていた。
「お側を離れている間に、この様な不手際があり、申し訳ありません」
「エルシア、いいのです。二人をあまり叱らないでね」
エルシアは、私の髪を梳かしながら、鏡越しに思い詰めた表情をしていた。
「姫さま、今まで、お話していませんでしたが、『精霊の姫君』である姫さまには、魅了の魔力があるのです」
「魅了の魔力?」
エルシアは、ゆっくり頷いた。
「『茨の塔』の魔術師の研究によると、歴代の『精霊の姫君』を含めて、魅了の魔力を生まれつき無意識に発動しているそうです。周囲の人々に存在を保護してもらう為の『精霊の姫君』の特殊能力と考えられています。最近の姫さまは、御身の内の『精霊の種』様がお目覚めになった為か、強力な魅了の魔力が常時発動しておられました。魅了の魔力に耐性のない者は、姫さまを愛しむ心が暴走して、前後不覚になり、危険な行動をする可能があるのです」
「ええっ! そんな?! あ、でも、誰にでも通じているわけではありませんよね」
例えば、宰相や、乳母、反対派閥の貴族とか、私に悪意を抱く者は沢山いるのだから。
「実は、姫さまの魅了の魔力は、耐性がついた者にはあまり影響しません。魔力を多く持つ貴族や、潜在的に姫さまに憎悪の感情を抱く者には通じません。しかし、万民に愛されるべき『精霊の姫君』に、悪感情を抱く不埒な存在は、私が必ずや排除いたします。ご安心下さいませ」
エルシアが、いつもより凛々しくなってる。これも、私の魅了の魔力パワーの影響で庇護欲が刺激されているからなのかな? あの二人も、魔力や耐性があるにもかかわらず、暴走してしまう程、私の魅了の魔力は不安定になっているらしい。いずれにせよ、私は魔力に関して無自覚なので危いのだから、側近くにいる者が気を付けないといけないのだと、エルシアが言った。
私の身仕度が整うと同時に、父上が到着した。私は、父上の顔色と目の下に居座るクマさんを見つけて、これから話す事で更に負担をかけそうだと心配になった。
「父上、あまり寝ていないのではありませんか? お疲れなのお呼びして、ごめんなさい」
「いいえ、マリー。呼んでくれて、ありがとう。サンドラと約束していて、区切りがつくまで、マリーの部屋を訪ねられなかったのです」
「シマッタ! 母上がスネてしまう!」
「大丈夫。今夜あたり、サンドラがマリーの寝室に泊まりに行くでしょう」
「それは、うれしいです」
それから、私はソファで父上の膝に乗せられて、頭を撫でられていた。父上は、かなりお疲れのようだ。少しでも父上の癒やしになれますように …… と、私は心の中で祈った。
すると、身体からふわりと何かが流れた気がした。
「マリー?!」
「? 父上、どうかしましたか?」
「 …… いや、まさか?!」
父上は、眉間にしわを寄せて、しばらく考え込んでいた。
エルシアが、お茶を入れ終わると父上は目配せだけで彼女を下がらせた。そして、私を膝から下ろして隣りに座り直した。
「マリー、何かあったのですか?」
「はい。父上は『妖精の庭』をご存知ですか?」
「『妖精の庭』ですか?」
「本当は、違う名前かもしれないのですが、不思議な蝶の群れを追いかけると行ける、雨の日でも、いつも晴れた庭です」
「!! 『礎の庭』と呼ばれる場所ですね」
「父上、『妖精の庭』の方が素敵だと思います」
「ははは、そうですね」
父上は、笑顔で私の頭を優しく撫でた。
「稀な事ですが、その、『妖精の庭』の精霊が『精霊の祝福』を授けて招かれる者がいるそうですね …… マリーは、庭の精霊と会ったのですか?」
「私は、招かれているだけです。庭の精霊に会った事はありません」
「それでは、庭の精霊と約束や契約をしているわけでは無いのですね」
「私は、『精霊の姫君』だから必要ないそうです」
「なるほど、精霊の庭の契約者は、そう教えてくれた人物なのですね」
「父上、意地悪な聞き方です。その人が、庭の契約者かどうかは知りませんが、『竜の鉤爪』の『鳶色の魔王』である父上に、事情を話して協力してもらえと、助言して下さいました」
「 ! マリー、詳しく聞かせて下さい」
父上が、『竜の鉤爪』の『鳶色の魔王』と私が口にした一瞬、周りの温度が一気に下がって怖かった。でも、すぐに普段の父上に戻った。娘に恥ずかしい二つ名を知られて動揺したのかな? いや、いや、そんな脳天気な理由じゃないってわかってますとも!
私は、『妖精の庭』から霧の湖に紛れ込んでだ事、霧の中で、アレクシリスの暗殺という、恐ろしい計画を聞いた話しをした。話している途中で、計画の恐ろしさに身体が震えてきたけど、父上が膝に乗せてくれて抱きしめてくれたから、最後まで話すことが出来た。
「わかりました。過去に城内で交わされた会話の記録か、庭の精霊の警告、と、いったところでしょうか …… 」
「父上、大丈夫でしょうか?」
「マリー、話してくれてありがとう。あとは、私に任せて下さい」
「はい。父上」
父上に話せて良かった。私は、握りしめて汗ばんだ、自分の小さな手を広げて見つめた。
私は、自分が無力だと知っている。シンシアを守れなかった記憶が戻って、特にそう思った。今の私は、誰かを守ることも、自分を守ることすら出来ない。
「しばらく、忙しくなりそうですね。終わったら、色々お話ししましょう。例えば、マリーの記憶とか、『精霊の種』のこととか、庭の契約者についてじっくりとね」
「ち、父上。父上も、『竜の鉤爪』と『鳶色の魔王』について、教えてくださいね」
「それは、忘れて下さい」
「ええっ!?」
「マリー、いい子だから、忘れて下さいね」
「は、はい」
父上の笑顔でのごり押しは、半端なく怖かったので、一応は忘れることにした。『鳶色の魔王』に逆らってはいけないと、心に刻んだ。あれ? これじゃ、忘れられないよね。
数日後、アレクシリスは、母親の実家のハイルランデル公爵家を訪ねる事になった。お祖父様の公爵に、後見人の変更と竜騎士の契約者になる為に誓約をした経緯を直接お会いして説明する為だ。公爵は、王都から馬車で半日程の別宅で静養していた。
その道中、アレクシリスの一行は賊に襲われた。でも、事前に護衛騎士を増強していたのと、偶然上空を通過していた竜騎士団からも、援護があったので、アレクシリスは傷一つ負うことはなかった。
それから、王都の貴族街で廃墟が火災で全焼した。どういう訳か、廃墟に居合わせた数人の貴族が亡くなったそうだ。
アレクシリス暗殺未遂事件の主犯は、未だに判明していない。
ーーーー 今日は、雨だった。
葬儀の始まりを知らせる鐘の音が、暗く沈んだ王宮の隅々まで鳴り響いた。
葬儀? …… 誰の葬儀なのだろう?
冷たい雨の中、沢山の人々が参列している。
竜騎士団の契約竜達も並んでる。私は、その中に、杜若の姿を探したがみつからない。杜若は、まだ契約者を持っていない竜族の騎士、準竜騎士に叙任されて、竜騎士団と行動していたからだ。
気がつくと、藍白が私の横に立っていた。
「杜若は、来ないよ。あいつは、ファルザルク王国には二度と近づかない。二人の誓約は、すでに破棄された。でも、あいつは、二度と竜騎士の契約はしないだろう。それが、アレクシリスを守れなかった償いのつもりらしい …… 」
私は、藍白の話を聞いていたが、鼓膜を震わす音に意味を感じなかった。何を聞いても、どうでもよかった。ただ、気になったので聞いてみた。
「アレクシリスが、どうかしたの?」
藍白の眉間に皺が寄り、痛ましいものを見るように表情が歪んだ。せっかく綺麗な顔をしているのに勿体無い。藍白は、どうしてそんな目をして私を見つめるのだろう?
「藍白殿、マリーは、アレクシリスの死を理解しようとししないのだよ …… 」
父上の大きな手が、私の肩を包むように置かれた。温かくて重たい手だった。
私は、何か忘れているなような、何かを思い出せないもどかしさを感じていた。私は、藍白に尋ねた。
「今日は、だれの葬儀なの?」
「 …… アレクシリスだよ」
「え …… ? 」
ーーーー 嘘だ。これは、本当じゃない。夢だ。きっと、これは夢だ。
『そう …… これは、夢。嘗て、現実だった、ある日の残像 …… 」
拙いお話をお読みいただき、ありがとうございます。
第一章はこれで終了します。
なんて中途半端な! と、叱られそうです。
ですが、お話にアレやコレやと詰め込んで、ズルズルと長引くと、第一章はいつ終わるんだ!と、なってしまうのです。
大変申し訳ございません。
ある程度書き溜めましたらできる限り早く再開いたします。




