第二十四話 泣いちゃダメ
『精霊の種』~! 責任とって、一緒に考えて下さい!
藍白は、このために私を会談に出席させず、引き留めたのだ。契約竜達は、気まずい雰囲気で私達の会話を静観している。みんな、共犯なの?
私は、初めて会った時から、藍白の金色の瞳が苦手だった。まるで、天敵を目の前にした小動物のように、猛然と逃げ出したくなる。
この前は、私が逃げ出して鬼ごっこのようになった。すぐに、捕まってしまったけれど …… 。
そして今、私は逃げ出したくても、藍白に『壁ドン』ならぬ『椅子ドン』をされている。藍白は、椅子の肘置きに腕を置き、私の足元の足置き台に、片膝をついて目線をしっかりと合わせているのだ。
うわあ~ん! 『精霊の種』よ、『壁ドン』はイケメン限定で、傍観者として見てる分なら胸キュン! だけど、本来は脅しに使用される体勢で、現実でされた場合は恐怖を感じる。なんて知識はいらないから助けて!
私は、藍白からの視線を逸らしたくて、思わず天を仰いだ。
塔の天井は、厚い雲に覆われた暗い空を映し出していた。
突然、無数の稲光が走り、大樹の下に濃い影を落とした。一拍遅れて、雷鳴がビリビリと建物全体に響き渡り、余韻が消えると屋根を打つ激しい雨音が聞こえてきた。
『囁きの森』の外は、土砂降りになっている。エルシア達は、大丈夫だろうか? 雨に濡れていないだろうか?
寮の周りに、雨宿り出来るような他の建物は無かった。樹木の下は、落雷の危険があるから、雨宿りには向いてないだろう。護衛騎士達は、職務に忠実だから、どんな状況でもこの場を離れないとしても、エルシアは竜騎士団の詰所の建物まで、避難してくれたらいいのだけれど …… 。
藍白に詰め寄られた私には、重く閉ざされた扉の向こう側を、確かめる術はなかった。
「マリー姫?」
ーーーー現実逃避、強制終了。
「何を考えているのかな? ね、僕らと、毎日楽しく暮らそうよ。マリー姫なら、僕の竜体の背中に乗せて、一緒に飛んでもいいよ。精霊たちも、姫君となら喜んで遊んでくれるよ? きっと、毎日が楽しくて、嫌なことなんか何もないよ」
「 …… 毎日が、楽しくて?」
藍白に、今でも十分楽しいですと、言い返したかったけど、その一言が出なかった。藍白の秀麗な顔が間近に迫ってきて、優しく微笑みながら私を見つめている。
「そうさ、王族の柵もなく、自由に生きられるよ。誰も、姫君を傷付けないし、優しくしてくれる。竜族も精霊も、姫君を愛しているからね」
本当に? 私は、思わず聞き返したくなった。藍白が、家族的な意味で『愛している』と言っているのはわかる。
でも、自由に生きられると言われても、私は自分が不自由だとか、傷付けられたとか、思ってもいなかった。確かに、過去の私は、乳母の虐待や宰相の悪意に晒されていた。
近い将来、王族という立場を息苦しく感じてしまうかもしれない。
だけど、私は、亡きシンシアや両親、エルシア達からの深い愛情に護られて、辛いとか悲しいとか感じていのだ。
だから、藍白の言葉に、私の心は動かされなかった。ずっと、初めて会った時から、藍白の言葉や視線は、私をすり抜けて、他の誰かを相手にしているように感じていたからだ。
「 …… 竜族も精霊も、愛しているのは、『精霊の種』の間違いではありませんか?」
藍白は、意外な事を言われたという表情をした。あれ? 私の思い違いだったの? それとも、藍白は無自覚なのかな?
「 …… マリー姫は、どうして、そう思うの?」
「藍白様が、本当に私を愛してくださるのなら、何故、私の意思を尊重しないで、逃げ道を失くすようなやり方をするのですか?」
「うん、まあ事前に相談出来なかったのは悪かったと思うよ。『精霊の姫君』を、竜族が保護する話は、急に決まったから、時間も無かった …… って、いうのは言い訳だね。ごめんね、マリー姫」
藍白は、サラサラの髪を片手でワシワシと掻き乱した。
私は、目の前で藍白の乱暴な手の動きに舞い上がり、フワリと落ちていく白い髪が、まるで朝靄の様だと思った。
「でも、よく考えてみてよ。この国の貴族達は、『精霊の姫君』を大事にしない。もちろん、マリー姫を愛する両親や身内と言える貴族の一族だっているのは知っているよ。でも、彼らの庇護は十分じゃないのも事実じゃないかな?」
「それは、そうかもしれませんが …… これからは、違います!」
私は、いろんな感情が溢れて、胸が締めつけられるように苦しかった。想いと一緒に、涙が溢れそうになった。でも、泣いちゃダメだ。私の意思をきちんと伝えて、藍白と竜族に分かってもらわないといけない。
藍白と、話している間も父上と王太子殿下が、蘇芳に抗議していたし、この先、貴族達が私を傷付けないように対策も十分されると説明していた。頑張れ、父上! 私も頑張る!
大人達の議論の声が途切れると、アレクシリスの声が聞こえてきた。
【 蘇芳殿。僕は、誤解していたようです、竜族は、とても誇り高く清廉な一族だと思っていました。杜若、僕は『竜騎士の契約』を、後悔してしまいそうです 】
【 アレクシリス? 後悔するとはどういう意味だ?! 】
【 杜若は悪くありません。でも、ほかの竜族の方々は、僕らをだましても平気なのですね。僕らの『竜騎士の契約』の問題の裏で、マリーを引きはなすことを、考えていたなんて、ひどいです…… ! 】
【 蘇芳、騙し討ちの様な真似をするなど、竜族の矜持に反するうえに、俺とアレクシリスの信頼関係を壊すつもりなのか?! 】
アレクシリスが、泣いている声が聞こえてきた。
【 蘇芳殿、そもそも会談にマリー姫の出席を求めたのはそちらだ。それなのに、直前にマリー姫の参加を拒み、挙げ句に引き渡せか …… 我が王家は、竜族にまで蔑まれているらしい! 】
王太子殿下が、苛立ちを隠そうともせずに言い放った。
【 この会談の為に、一人、政務に奮闘しておられる、王女殿下に、なんとお伝えしたら良いと思われる? いや、この場で身分など無意味でしょう。蘇芳殿、私達が娘を手離すと本気でお思いか?! 】
父上が、激怒している。アレクシリスのすすり泣く声が大きくなった。
アレクシリスの母上、シリスティアリス様が亡くなった時でさえ、彼は泣き顔を見せなかった。じっと、泣くまいと耐えていた横顔を覚えている。
私は、笑顔のアレクシリスしか知らない。
私は、アレクシリスの気持ちと泣き顔を想像して目に涙が溢れてきた。瞬きするたびに、ポロポロと涙が頬を伝って落ちていった。
「え、泣いちゃうの? うわぁ、まいったな …… 悪役はこっちなの? ああ、泣かないで、マリー姫。 …… 怖がらせちゃった? ごめんね」
藍白は、私が泣き出したのを見て『椅子ドン』をやめて、バツが悪そうに謝った。
私は、プルプル震えるように、しゃっくりをしながら泣きじゃくっていた。実は、そこまで悲しかった訳じゃない。ただ、泣き始めたら止まらなくなってしまったのだ。
でも、私が泣いた効果は絶大で、藍白だけでなく、契約竜たちも動揺していて、気まずそうに目をそらし俯いていた。
【 蘇芳、いつから竜族は子供を平気で泣かせるような鬼畜になったのだ。俺は、情けなくて恥ずかしい …… 】
杜若の、蘇芳を責めるような低い声が響くと、こちらの空気も重くなった。契約竜たちも、同じように責められたように感じているようだ。
杜若の言う通りだよ。竜族は、小さな子供を泣かせるな!
【 し、しかし、ファルザルク王国が、問題だらけなのは事実だろう! 我々も、風の精霊達の力を借りて、王宮の情報を詳細に集めたのだ! 】
蘇芳は、どうやらアレクシリスに泣かれて相当動揺した上に、父上達に畳みかけるように責められて、慌てて反論しているようだ。
【 貴族達は『精霊の姫君』を全く大事にしていないではないか! 頼みの国王は、病床について長い。それで、国政はあの宰相の思うままだし、王太子は政治を放り出して、嫁のご機嫌取りばかりをしている、嫁バカではないか! 】
いくらなんでも『嫁バカ』は …… う、ウケる! 私の涙も止まってしまった。
【 ほう、…… 嫁バカ 】
王太子殿下の氷点下ボイスに、聞いていた竜族全員が震え上がった。
【 第二王子は、初恋を拗らせた挙句、強引に『竜騎士』になった。幼いながら大した手腕だが、将来どんな大人に育つのか、不安にさせられる問題児ではないのか?!】
え、蘇芳はそんな風に思っていたの? 確かに、賢いアレクシリスは将来どんな大人になるのか、この先の成長次第だろう。しっかりと周りが見守っいれば大丈夫だよ? 基本的に、アレクシリスは天使のような王子様だもの!
【 問題児 …… 】
アレクシリスの声は唖然としている。誰だって、面と向かって『問題児』だなんて言われればショックだよね。
【マリー姫の両親は、不安定な国政を支えるために、仕事や政務に追われているせいで、乳母にマリー姫を、殺されかけたではないか! 】
【 ……………… 】
父上の痛いほどの沈黙が怖い! 蘇芳、逃げた方がよろしいのではありませんか? 本当に怖い!
【 だっ、だから!『精霊の姫君』を取りまく環境は、どう考えても良くないだろう! これで『精霊の姫君』が健全な心を持ち続けて『精霊の種』が、心の闇に飲まれず成長するなど奇跡だろうが! 】
蘇芳は、一気に言いたい事を吐き出して、ゼイゼイと息をしていた。
【 蘇芳、言い過ぎ …… 】
リングネイリアの呆れたような声が聞こえてきた。
「蘇芳、いくら本当でも、風の精霊の噂話をそのまま言うなよ! あいつら、大げさな上に、面白可笑しく話すのが大好きなのだから!」
「杜若に、駆け引きを覚えろなんて言ってたのに、恥ずかしいよな」
「いや、あれは、アレクシリスに泣かれたせいだよ。蘇芳は、昔から泣いてる子供が苦手だからなぁ」
「蘇芳、立ち直れるかな?」
落ち込んでいたはずの契約竜たちは、口々に蘇芳の失言を批判していた。皆さんは立ち直りが早すぎない?
藍白は、アンティークラジオ型盗聴器からクリアに聞こえる、蘇芳のやり取りを聞いて、ガックリと肩を落とした。
「うわあ。これは、杜若にやられたかな? いいや、アレクシリスかな? 最悪だなぁ。蘇芳だけに腹黒い王族の相手をさせたのは、分が悪かったかな …… 」
失礼な! 父上はともかく、天使なアレクシリスに謝って欲しい!
「なあ、藍白。どうして、実質的な竜族側の出席者が蘇芳だけなんだ?」
竜騎士の制服を着崩したおにいさんが、藍白に聞いた。杜若はアレクシリス同様当事者だから、最低もう一人いてもおかしくない。今の方がよっぽどおかしな状況だ。
「それは、『契約竜』の誰も会談に出席したがらなかったからだろう! 」
「ああ、そうだったな …… 」
「そんな頭を使う事したくないよ」
「 …… 面倒くさい」
「蘇芳しか、交渉なんて高等なこと出来ない!」
竜族の皆さんは、脳筋でダメな大人の集団だった …… 。
【 『初恋を拗らせた』…… つまり、僕の想いは『精霊の種』を、闇に染めてしまう可能があるというのですか? 】
アレクシリスが、暗く平坦な口調で蘇芳にたずねた。アレクシリスの声を聞いて、何だか寒気がした …… !
【 あ、いや、そこまで、言うつもりはない。つまり、その、 『精霊の種』を育てるには、『精霊の姫君』に、純粋な愛情を注ぐ必要があるのだ 】
【 僕の想いは、不純なのですか …… 】
【 あ、いや、だから、そ、そんな事は言っていないだろう? 】
【 だったら、なぜマリー姫を、私たちと引きはなすのですか? まさか、家族の愛情が不純だなんて、おっしゃらないですよね? 】
【 だから、それは、ファルザルク王国が『精霊の種』を軽んじるので、精霊王はお怒りなのだ! 竜族は、動かざるを得なかったのだ 】
【 精霊王が 、マリーを竜族で保護するように決めたのですか? だったら、僕を、精霊王に会わせてください。マリー姫を連れて行かないように、僕からお願いします!】
【 そ、それは …… 】
【 私からもお願いいたします。相手が精霊王だろうが、私の娘を絶対に引き渡したりは致しません!】
【 蘇芳殿。先程、竜族はファルザルク王国の王族や内情に関わらないと、仰ったはずだが? それとも、精霊王が関わると話は別だとでも言われるのか? 】
アレクシリスと父上が、蘇芳に訴えかけて、王太子殿下は、蘇芳の言葉じりを拾って責めている。
う、みんな黒いよ~。怖いよ~。しかも、アレクシリスが、あざとくて黒いよ! 私の天使、戻ってきて!
【 うっ、むう …… 】
【 僕の事が嫌いだから、蘇芳殿はその様なことを言われるのですか? 】
【 ち、違う!そうではない。すまぬ、先程は言い過ぎた! 】
【 では、マリー姫を竜族が保護するお話は、無かったことにしていただけますか? 】
【 …… わかった。もうしばらく、竜族は様子を見よう! 】
蘇芳がそう言ったあと、杜若の朗々とした声が響きわたった。
【 では『誓約の精霊』よ、蘇芳の今の言葉を言質に、簡易契約を結べ! 】
クスクスと、鈴の音の様な忍笑いがして、ピシリと何かが成されたような音がした。
【 なにを?! 杜若! 】
【 『簡易契約』だ。口約束より少し効力がある程度だが、約束が為された証明になる 】
【 な、なぜ『契約の精霊』がまだいるのだ! 】
【 俺たちは、『誓約』を結んだんだ。『誓約』を『誓約の精霊』が常に守護している事は常識だろう? 蘇芳はそんな事も忘れたのか? 】
【 杜若! おまえは、どちらの味方なのだ! 】
【 もちろん、アレクシリスだ。『契約竜』は、『契約者』を守る義務があるのだからな! 】
どうやら、みんなで蘇芳から強引に言葉を引き出して、『簡易契約』とやらにしたらしい。みんな策士だ。打ち合せていた様子などなかったのに、見事に蘇芳から言質を取るのに成功したようだ。
「あ~あ、蘇芳ったら罠にはまって、何をしているのかなあ? マリー姫、もう一度聞くけど、こんな腹黒い身内達より、僕らと一緒にキプトで暮らさない?」
私の答えは一つしかない。
「お断りします!『精霊の姫君』は、私の役割の一つでしかありません。私は、マリシリスティア=サンドラ=ファルザルクです。ファルザルク王家の姫として、自分を誇れる大人になるのです。だから、何があったとしても、心の闇に負けたりしません! 」
私は、ファルザルク王国の王族という存在を変えていきたい。王族であっても、家族が笑顔で暮らせるようにしたい! 私は理想のために頑張る!
「それに …… 私の中の『精霊の種』は、私の境遇がどうあれ、絶対に闇に染まったりするような、そんな繊細な存在なんかじゃありません!」
『うふふ、さりげなくディスられてるけど、その通りよ!』
頭上から、『精霊の種』の声がした。大樹の枝葉が騒めき、稲光よりも強い光りが辺りを照らした。
お読みいただき、ありがとうございます。




