オスカー視点:悪い報せ
学校の使用人から来客があることを告げられ、校長室に向かう。学校に通っているのは主に貴族だ。警備上の問題から、校外からの来客は漏れなく校長室に通され、そこで校長か副校長の立会いの下で面会することとなる。
これは学校に在籍している上で誰もが知っていることだ。
数多いる学校の使用人の名前や顔をすべておぼえることはできない。だから、学校の使用人を装って来客があることを告げられた時に、面会場所と面会の立会いがあることだけは自衛手段として教えられている。
校長室は立会人である校長か副校長しか鍵を持っていない。彼らが身に付けている鍵でしか開かないので、校長室を使えるということは立会人の許可した正規の面会であるという証だ。
また、校長か副校長は学校での生徒の警備責任者で、生徒が行方不明にでもなろうものなら責任を追及されてその身だけでなく、家族にも類が及ぶことがある。然るに、この二人は犯罪に加担して生徒を拉致監禁などしてもデメリットしかない。知らなかった、脅されてやったなどの言い訳を許されていないのだ。
唯一、立会人たちに非がない場合は、生徒が自らの意思で姿を消した場合だけだ。
正規の面会方法を知らず、生徒が騙されて攫われた場合、生徒はマナーも身に付いていない無作法な人間だという烙印が押され、王族だろうが関係なく、一生、笑い者になってしまう。そして、立会人たちは警備上の責任を問われて減給処分となる。
生徒が攫われる場合に脅しや力づくでない限り、自己責任が問われてしまうのは学校も社交場の一種だからだ。
校長室には副校長と一族の若手でも有能だと言われているネイラーがいた。それが何を意味しているかはわかる。
何か重大な事件が起きたのだ。
「ネイラー。どうして、お前がここに?」
副校長の手前、いくらネイラーがカツラもかぶらず、ハルスタッドの特徴である黒い巻き毛を晒していても、顔見知りであることを明確に示し、用件くらいはここで聞く必要がある。
「オスカー。急いで館に戻るぞ」
「館に?」
授業のある時間帯に学校の敷地から出るには、警備上の問題から警備責任者の許可が必要だ。
これは校内から生徒の姿が消えたのか、許可を得て校外に出たのか確認する為のものだ。学校側の警備責任者と生徒本人かその代理人の二つの署名が必要となる。
「学校には許可を得てる」
既にネイラーが許可を取ったらしい。
確認の意味で副校長を見ると頷かれた。
「わかった。すぐに行く」
僕はネイラーと共に校長室から馬車回しに向かう。
「何があった?」
校内で話すのはよくないが、今は3限目の授業が始まっている。学生の姿はなく、学校側の人間くらいしか見かけないし、ネイラーを使いに出して僕を館に戻らせるような緊急のことなので今は別だ。
「リーンネットが攫われた」
「!!」
あの子が攫われた・・・!
攫われる為の存在だから、それはいつか起こることだと僕も覚悟はしていた。だけど、本当にそうなっては欲しくなかった。
姉たちのように攫われるまでになんとかできると思っていた。
「お前が迎えに来ると言うことは、もしかして、お前か?」
僕が大切にしているあの子が攫われたと知ってどのような行動に出るのか、そんなこと父にはお見通しだったのだろう。
曲がりなりにも本家の僕が暴走するのを止められるだけの技術を持つ者は少ない。年齢や役目でそれができない者も多いからだ。
「オスカーを止められるのは私ぐらいだと判断されたんだろう」
その言葉でネイラーが選ばれた理由がわかる。僕の暴走を止めさすことでネイラーもこちらに隔離する為だ。
暴走させてはいけない二人を一纏めにしておく。あの子のことで現在暴走しそうな僕と、未来で暴走しそうなネイラー。
今回のことで他人を警戒して、もう囮に使えなくなるであろう、あの子を一族の誰かに嫁がせる。その相手がネイラーだ。
「お前があの子の候補なのか?」
カマをかけてみたが、ネイラーの表情は僕の質問に戸惑っているようで慌てた様子はない。
これでは、知っていて隠しているのか、知らされていないのか、わからない。
「・・・それはまだわからない」
「僕を止めさせに寄越すくらいだ。お前が最有力候補なんだろう」
王女は各国にいるし、姉たち三人が王族に嫁いだ結果、あの子は元々王族に嫁ぐ必要はなかった。他の有力貴族なり、同族の者なり、相手はいくつかの中から選ぶことができた。
しかし、あの子は囮としてしっかりと役に立ち、こちらの不首尾で攫われてしまった今、他の貴族が娶ってくれる可能性もなくなる。いくらハルスタッド一族とはいえ、何者かに攫われた娘を妻に迎えるような貴族はいない。傷物になったかどうかではなく、攫われた時点で傷物になったと貴族は考えるからだ。
あの子に求婚してきたアライアス・ロクス自身がそれでも求婚を取り下げなくても、奴の親や親族は許さないだろう。許したとしても、あの子は彼らにそのことで苦しめられる。
他の貴族の娘のように攫われたこと自体を隠し通すことができればよかったのに。
あの子はそれを許されない。囮として存在し、見せしめを作り出す為だけに利用される存在だから。
王族に嫁ぐのなら、更に王族の寛容さを宣伝し、自分の力の及ばない形で傷物扱いされる娘たちの心証を良くする為に使われる。
ハルスタッド一族の本家に生まれた娘はどこまでも国と一族の為に利用される存在だ。無駄なところは何もない。
僕が物心つく前には既に嫁いでいた姉たちとは違い、あの子だけは身近だった。囮として使う為に近付くことを許されなかったけど、気付かれないように見ていることだけは許されていた。
転んで泣いていても、声をかけることは許されていなかった。
寂しさを一族の棟に行くことで紛らわしていても、無防備な囮として隙を多く作らせなければいけないので、近付くことは許されなかった。
大切なあの子。
だけど、近付くことを許されなかったあの子。
僕の大切な子。
「オスカー。今はそんなことを言っている場合じゃない」
そうだった。今はあの子を助けないと。
だが、僕は普通の状態ではないと判断されているから、ネイラーが迎えに来させられている。
「・・・。目星はついているのか?」
「救出チームが動いている。お前には別の役目があるそうだ」
犯人の目星どころか、あの子がどこにいるか把握していて、救出する目途まで立っている。
やはり。自分でもそう思ったが、上の判断も僕を直接関与させるわけにはいかないというもの。
「暴走させないようにか」
「ああ」
「僕らが冷静を欠いて、あの子の救出の邪魔にならないようにってことか」
やってもやらなくてもいい役目を与えられたのは、手慰みの為。
「やれそうか? 無理なら、眠らせるが」
「あの子が攫われたというのに、眠ってなんかいられるわけがないだろ?! で、僕に与えられた役目は?」
「裏切り者の尋問だ」
「尋問か」
犯人どころか、あの子の居場所もわかっているから、尋問という名の精神的拷問をする役にすぎない。それで頭に昇った血を鎮めろということらしい。
「やりすぎるなよ。見せしめに生きていてもらわないといけないんだからな」
「チッ」
ネイラーの忠告を装った警告が僕のしようとすることの的を射すぎていて、思わず舌打ちしてしまった。




