慣れた?おかげ?
「ネイラー!」
「どうしたんだ、オスカー?!」
「説明は後だ! 早く馬車を出せ!」
周りが見えなくてよくわからないまま、オスカーに抱えられて乗ったのは匂いからして馬車らしい。
そこでようやく上着が外される。上着は兄の隣の座席に落とされ、私は行きと同じように膝の上に座らされた。
「ああ。少しくらい動いても外れないように”カツラ”を付けていたせいで、血は出ていないけど、皮膚が真っ赤になっている。髪まできっと抜けているよ」
深刻な表情でオスカーは私の頭を確認している。
皮膚が赤くなっていると聞いて、どんだけ強く引っ張られたのかはわからないけど、痛い理由が理解できた。
「赤くなっているんだ。道理で痛いはずね」
「悪かった、リーンネット。こんなことになるなら、きっちり付けるんじゃなかった」
力づくで”カツラ”をとったのは第三王子だ。オスカーじゃない。
それなのに、オスカーは私が痛い思いをしたのは自分のせいだと自分自身を責めている。
いくらシスコンだからって、そこまで私のことで責任を感じてくれなくていいのに。
「私は平気だから。だから、オスカーは自分を責めないで。オスカーだって悪くないんだから」
シュンと項垂れてオスカーは言った。
「リーンネット。だが、お前は立ち回りをするわけじゃないから、”カツラ”をしっかり付けておく必要はなかったんだよ? 僕がいつもの癖でしっかり付けてしまって・・・ごめんな」
私を抱きかかえているというより、私のお腹に縋りついているみたいだった。背中を支える為にまわされている腕は逃がさないとばかりに力が入っていて、わずかに震えていた。
目の前に金髪の”カツラ”のつむじが見える。その先にある身体も震えているように見えた。
「・・・」
なんて声をかけていいのかわからなかった。
どうしたらいいのかわからない。
励ましたらいい?
慰めたらいい?
こんな状態のオスカーに何をしてあげればいいのか、私にはわからない。
オスカーがどんな気持ちで、何をして欲しいのか。私が何をしてあげればいいのか。小さな世界で生きてきた私には想像もつかない。
私はこんな風に誰かにしがみ付いて身体を震わせている人を見たことはないから。
「ごめんな。リーンネット。僕のせいで」
絞り出すような声だった。
それはあまりにも胸が締め付けられるような声だった。
「オスカー・・・。オスカーのせいじゃないって」
どうしたら、オスカーが自分を責めないようになるかな?
「僕の誕生日はやはりいらないよ」
また、あの誕生日いらない発言が来た。
重い。
重すぎる。
「僕の誕生日の為にお前はロリコンに目を付けられるし、今日だって殿下に”カツラ”を力づくで引き剥がされて痛い思いをさせたし」
ロリコンのことをロリコンって言い始めた!
その上、第三王子だってわかっていた発言来た!
王子のほうがオスカーに気付いていて、オスカーが無視していたことがわかったら、不敬罪に問われるところだったよ!
オスカー・・・。
私の兄は大物なのか、そうじゃないのかよくわからない。
流石、天然。
ん?
この流れでオスカーの誕生日の話題が出て来たってことは――
「もしかして、今日はオスカーの誕生日だったの?!」
「・・・」
目の前で金色の頭が小さく上下する。
オスカーーーー!!!
私はまた叫びたくなった。その続きの言葉が思いつかない。
目の前の金髪をワシャワシャと触る。オスカーはされるままにしている。
しばらくそうしていたら、なんとなく、言うことが思い浮かんだ。
「なんでそんな大事なことを黙ってたの?!」
オスカーは私のお腹に顔を埋めたまま言う。
「僕の誕生日のことでロリコンのことを思い出して欲しくなかった。ロリコンのことは存在自体忘れ去って欲しかった。あんな不快な奴と僕の誕生日をセットにおぼえられたくなかった。市場への外出の楽しい記憶でおぼえておいて欲しかったんだよ」
うわ~~~。これまた重い。
ロリコンとセットで誕生日をおぼえておいて欲しくないっていうのはわかる。
私もそんなのとセットでおぼえたくない。
既にロリコンでケチがついている誕生日をどうにかしたいっていう、オスカーの考えもわからないわけじゃない。
オスカーが私に楽しい思い出をくれようとして、そのおかげで市場に出かけられた。
暴れ馬とかあったけど、市場だけじゃなくてお菓子屋にも行けたし、一回で二つの場所に行けて楽しかった。
第三王子との遭遇でオスカーは今日のことは失敗したと思っているから、この気持ちは伝えてあげなきゃ。
「今日は楽しかったよ。市場もお菓子屋も両方行けて楽しかった。オスカーが籠にパウンドケーキを突き刺していたのも、オスカーが第三王子を無視したのも、暴れ馬が出たのも、美味しかったドーナツも、全部楽しかった。だから、オスカー。おぼえていて。オスカーの誕生日は私が初めて市場に出かけた日とお菓子屋に行った日だって。今まで外に出たことがなかったから、これからは色々なところに出かけたい。でも、すぐに外出できるようになるとは思えないから、私とオスカーの誕生日だけは連れ出して」
言っているうちにオスカーが身体を起こそうとしているのがわかって、私は避けようと身体を反らす。オスカーはゆっくりと動いたけど、馬車の揺れでオスカーの頭と私の顎が当たりそうで怖い。
「リーンネット・・・」
私を見上げるオスカーの金髪の間から潤んだ緑柱石のような目が見える。
忘れてた!
オスカーの顔の破壊力をすっかり忘れてた!
妖艶な美形一族の顔の効果を忘れてたよ!
ああ、精神力がゴリゴリ削られていく・・・ん?
精神力が削られない?
その代わり、何故か顔が熱くなる。
慣れたせい?
オスカーの顔に慣れたせいなの?
そうか。オスカーの笑顔とか見て顔が熱くなるのは精神力が削られる代わりか。
「オスカー」
慣れたといっても、これ以上オスカーの顔を見ていられなくて、身体を低くしてオスカーの腹に抱き付く。
ちょっと無理な体勢で辛いけど、仕方がない。でも、オスカーの誕生日の為だ。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
ハルスタッド一族の館に着いて、オスカーがまず最初に馬車を降り、その後、手を貸してもらって私が降りる。
「はい」
御者席から降りて来たネイラーが見覚えのある色の袋を差し出してきた。
「え? これは・・・?」
思わず受け取った布袋は市場の開かれていた広場に置いていたものだった。
騒動があって、取りに戻ることができないって諦めていた。
「せっかく買ったもの全部置いて手ぶらで帰ってきたなんて悲しいだろ?」
「一人で良い格好するな、ネイラー」
「しんがりを務めたついでじゃないか」
「しんがりって?」
知らない言葉をオウム返しに口にする。
「僕たちが広場からお菓子屋に行くまで、後ろでこいつが護衛していたんだよ」
「えー?! でも、馬車にいたんじゃないの?!」
オスカーが私を抱えてお菓子屋の外に出た時に、状況のわかっていないネイラーに指示を出していた。
「広場の傍で下した後、お前たちには護衛がついていたから、そいつに馬車を預けて菓子屋まで移動した。オスカーが菓子屋で会計をする前に店の外にいた護衛と交代して馬車を呼び行ったのさ」
「ええ?! あの店にいたの?! 気付かなかった・・・」
お菓子屋の中にいたの?!
いくら第三王子たちがいたからって、出かける前に会っていた人物があの広くない店内いたのに気付かないなんて、どんだけテンパってたの?!
肩を竦めてオスカーは苦笑する。
「そこは護衛をしているから、気付かれたら駄目だろ」
こうして手に入れたお土産を持って、私はアイリーンとマリーンの下に謝りに行くことができた。
それからの日々は、アイリーンとマリーンと過ごしたり、オスカーとウォルト、それにフレイと室内戦闘の訓練やら何に使うのかよくわからない毒や歴史の勉強をしたりと、私の生活は忙しくなった。
前世の記憶を思い出す前と同じように何事も起きない平穏な日々だと思っていたのは私だけだった。
ロリコンや第三王子との出会いによって齎されたものが、確実に私の日々を浸食していたと気付いた時にはもう手遅れになっていた。




