7. 出立
7. 出立 つべこべ言わずに渡してもらおうか、俺は権利を手に入れた
あるところに、アンティーク・ショップを経営してる夫婦がおりましたとさ。
夫婦は古くさい懐中時計の精霊になつかれて、長年そいつのために金鎖を探してやってた。時計と対で作られたのに別々に売り飛ばされちまった、世界で一本しかない鎖をね。
ある日フランスの老舗宝飾店から連絡が入った。お探しの金鎖に酷似した品があるってんで、夫婦は飛行機に飛び乗って買いに行ったわけだ。
ところが到着して、さあご対面って時に店に強盗が入るなんざ、なんとも運の悪い話だよな。強盗は客も店員も片っ端から射殺しちまった。
意気揚々と強盗が店のもんをさらうあいだ、息のあった店員が、金鎖を見に来た客の末期の言葉を聞いていた。客は胸ポケットの懐中時計に向かって、こう言ったんだとさ――君が無事で何よりだ、親友をかばって死ぬのなら、きっと息子も許してくれる。
人と精霊が人とモノ以上の関係になれないんなら、夫婦は無駄死にしたことになるのさ。
「ルイ。今日もお値段を見て、ソープ・ディッシュを諦めたお客様がいましたよ。呆れておっしゃるには、これじゃまるで金メッキの価格だって」
ヘレンドのカップに紅茶を注ぎながら、ばあちゃんが何気なく言いだす。満たされていくティーカップはヴィクトリア・ブーケ、ヴィクトリア女王が愛用した絵柄。
ティソの懐中時計のためにしつらえられた鎖、そのスタイルはアルバート。名の由来となったプリンス・アルバート公はヴィクトリア女王の旦那。
世界はどっかで繋がってる。ただその連鎖が目に触れずに終わることもしばしば。
「ルイは、ソープ・ディッシュに売れてもらいたくないんだねえ」
「まさか。委託販売の手数料、そんくらい取ってもいいと思っただけ」
「まあまあ、ずいぶんなしっかりさんだ」
ばあちゃんは心得てる。俺がつけたとんでもない値札を直そうともしない。そうさ、売れたりしちゃ迷惑なんだよ。煮え切らない結末の尻拭いはごめんだね。
アスリちゃんのご来店は、待つのがそろそろ苛立たしくなってきた頃だった。
「いらっしゃいませー、うちで不良資産を委託販売してるアスリさん」
「ディッシュくんをそんな風に言わないで……」
思いつめた表情はいい知らせだ。
何回かデートしてみたけど、アスリちゃんはソープ・ディッシュに関してただの一度も触れてきたことがなかった。その頑なな黙秘が、むしろ雄弁に未練を語るってもんだ。とうとうそのケリをつけにきたってわけだな。
アスリちゃんは涙ながらに、ソープ・ディッシュへの想いを訴えたりしちゃってる。
「アンティークに精霊がいるなんて本気で思ってんすか?」
いじめ納めかもしれないから、存分に煽っておかなきゃね。
「いるとして、そいつと恋愛なんてできると思ってるんすか? 相手はモノっすよ? 目に見えない精霊っすよ?」
「でも心を持ってるの! ヒトの形でもモノの形でも、中にあるものは一緒だった」
魂を瞳から覗かせて、行き着いた真理を叫びにのせて、アスリちゃんは俺が聞きたかったことを聞かせてくれた。
サンクス、アスリちゃん。あんたやっぱ、いい子だったよ。
もう返品は勘弁してくれよ?
ウンザリするようなガキくさい愛の確認なんぞして、ソープ・ディッシュとアスリちゃんは帰っていった。コロロンとドアベルが出立を告げる。俺印のカウベルはつけ損ねたが、気分は悪くない。
「すまないことをした。私は親友などと口にしながら、結局は一線を引いていたのかもしれんな」
さてあいにくこっちの精霊は、まだカタが付いてない。ティソの懐中時計は苦笑混じりで嘆息してるが、嘆きたいのはこっちだ。
「君も、わざわざ一線を引きたがる癖を直したまえ」
引き換えに、余計なおせっかいをする癖をやめてくれんならね。
「手数料、儲け損ねたっすねえ」
「ひねた振りをするのも改めたまえ」
とにかく一仕事ケリがついた。休憩がてらラップトップを引き寄せ、ショップ宛の新着メールをチェックする。未開封の中に一通、英語の件名を見つけた。Re: Inquiry about the watch chain。アメリカの宝飾時計専門店からの返信。
申し訳ございませんが、お探しの品は当店では取り扱っておりません。
英語で、ドイツ語で、フランス語で、その一文だけは正確に綴れるくらい見せつけられてきた。Unfortunately we don't have any informationだの、We do not offerだの、ずらずら勿体つける割に申し訳なさなんてこれっぽっちも伝わってこない文章で。
期待もなしに開いたメールは、やけに白かった。そこにはただ一言――It's here.
「都合よく耳が遠くなるのもいい加減にしたまえ」
客の問い合わせに対してRe:で返す怠慢な、ビジネス文書として当然のThank you for your inquiry.もないフザけたメール。だがそれは、「ここにある」と明確に伝えてきている。
「ばあちゃん悪い、店番頼む!」
邪魔な椅子を蹴飛ばしながら、奥へ怒鳴る。
「はいはい。出かけるの?」
「あー、ちょいとアメリカまでね」
とあるアンティーク・ショップの経営者夫婦がやり残した、最後の買い付け。夫婦の鼻先をかすめて消えた金の鎖。
両親が命と引き換えた友情に、俺自身がずっと納得できなかった。俺と両親を繋ぐ鎖は、そのために理不尽な絶たれ方をしたと思っていた。今日までは。迷っていた。
中にあるものは一緒だ、その言葉が俺の背を押す。
世界はどっかで繋がってる。ただその連鎖が目に触れずに終わることもしばしば。だが俺は今から、そいつを形に変えに行く。
――価値を知らない者に、正しい対価を受け取る権利はないんだ。
つべこべ言わずに渡してもらおうか、俺は権利を手に入れた。その鎖は金無垢以上に価値がある。
この後のルイの続編『Mile Zero』掲載予定してます




