6. 執着
6. 執着 ……なら、俺を試着してみる?
「男の人って通販のお洋服みたい。気に入って取り寄せたのに、手にしてみると思い通りの色じゃない。だからって返品しても、気まずさばかりが残るの」
「……なら、俺を試着してみる?」
あの時までは、事は思い通りに運んでいた。
アスリちゃんは彼氏と喧嘩してきた直後。ソープ・ディッシュの精霊の話をしゃべっちまって、アタマを疑われたらしい。まあ妥当な判断だね、普通なら。
その彼氏からもらったのに割っちまったらしい小物入れ。継いでやったのを渡すために会ったわけだが、その恋のほうにもヒビが入ってた、とそういうわけだ。
泣きながら飲む酒ほど回りの早いものはない。酔っ払ったアスリちゃんを部屋まで送って、さあこれからってとこだった。
――帰さないって言わせるまで、帰んないよ。
そう口先まで出しかけたところで、ティソの懐中時計が鳴りだす、ソープ・ディッシュが暴れだす、ぶち壊しだ。冗談で片付けられたうえに、警戒心ゼロのままコーヒーまですすめられちまった。
まあいいさ。忘れた振りして懐中時計を置き去りにしてきてやったから、近いうちに届けに来てもらえるはずだ。メシでも食いに行こう、デザートはもちろんアスリちゃん、コーヒー付きでね。ミルクは俺が入れてやる。
と思っていたら。
アスリちゃんはソープ・ディッシュまで持ってきやがった。
理由を問いただすなんて無粋なことはしないさ。
売りに来た本人だって納得いってないのは、名残惜しそうな指先が雄弁に語ってるからね。
「お店に戻してください、申し訳ありませんって言ったきり、しゃべってくれなくなっちゃったの」
はいはい、ティッシュをあげようね。マスカラが流れるよ。
「お金なんていりません。ほんとは売りたくないんだもん。だけど、せっけん置きくんがそう言うんだから仕方ないでしょう?」
売りに来といて金はいらないって拒絶されてもね、困るの俺なんだけど。
「じゃあ委託販売ってことにしときますよ」
ありがとう、と頷くアスリちゃんに笑みはひとかけらもない。彼氏と喧嘩してきた時より格段にこたえてんな。あの時はまだ怒る元気が残ってた。
さあどうしようか。
アスリちゃんじゃなくて、ソープ・ディッシュを。
俺が売ったもんの中で、初の返品。理由が何であれこんな風に泥を塗られちゃ、黙ってるわけにはいかないね。
「あのさあ、アスリちゃん。週末にアンティーク市があるんで、ついてきてくださいよ」
「え……どうして?」
「決まってるじゃん。荷物持ちっす」
ぽかんとして、呆れて、それから目尻に涙を溜めたままアスリちゃんは笑った。
「あんまり戦力になれないけど、いい?」
「期待してんの、戦力じゃないからいいっすよ」
「ソープ・ディッシュは、極端に受け止めてしまったのかもしれん」
わざと置き忘れられた恨み言を垂れだすかと思えば、ティソの懐中時計は憂慮を表明した。
「人間とモノとは、主従か友人までがあるべき姿だ。Grandfather's Clockのように、ウェディングベルを鳴らして祝福を与えるのも構わん。しかし恋人や夫婦にはなれんと諭したのだが」
ふうん、ソープ・ディッシュの家出はそこらへんが発端か。
「世の中には、生身の相手より手っ取り早く気持ち良くなれる道具ってのもあるんすよ?」
「ならばルイ、君がその道具ではなくアスリ嬢に執着する理由を弁解したまえ」
「アスリちゃんは道具よりも、いじめ甲斐がありそうだからっすよ」
ロシアの貴族が没落した時、真っ先に懐中時計を売り払った理由は、推測できないでもない。
喪失してからその価値に気づいて、失う前の自分に嫉妬したって、時計の針は戻りも止まりもしない。その事実を見せつけられるからだ。
だがそれを無情だなどと恨むのは筋違いってもんさ。そいつはただ、いつもと同じように忠実に仕事してるだけなんだからな。
たっぷり思い知ればいいのさ、ソープ・ディッシュ。苦い油が詰まって動けなくなっちまった歯車の気分、自分を置いて流れていく時のありきたりさをね。
モノは所詮モノなのか。ソープ・ディッシュの態度によっては、海の彼方に売り飛ばしてやる。
俺は両親の死を穢す答えを聞かされたくはないんだ。




