暗い森の戦い、その5~カレヴァン①~
「油断した、ちくしょう! 普通の森じゃないぜ、確かに」
「魔術か?」
「僕が痛手を受けたってことは、そうなんだろうよ。ただの物理攻撃なら受け流していたはずだからね」
「なるほど、確かに尋常な森ではない」
ティタニアもまたこの森の異常性を察したのか、背中の大剣を抜いていた。なぜなら森は一層殺気立ち、こともあろうに彼らに迫ってきているからである。まるで森が生き物のようにざわざわとにじり寄り、彼らに迫ってきたのだ。
ライフレスがさも面白い物を見たように、くっくと笑う。
「ドゥーム、一つ聞こう。燃やすのと消し飛ばすの、どちらが好きだ?」
「うーん、個人的には燃やす方かな」
「よかろう」
答えるが早いか、ライフレスは火球を四方八方に放ち、森を一瞬で火の海にしていた。葉は一瞬で燃え落ち、枝はぱきぱきと音を立てて割れていったが、大きな幹はそう簡単に火では怯まない。そこで前に出てきたのがティタニア、ドルトムント、リシー、リディル、オシリア。
「大きな木は我々がなぎ倒しましょう」
「王よ、露払いはお任せを」
「テトラ、私も抜いていいのかしら」
「・・・滅ぼす」
「ドゥーム、叩き潰すわ」
「「「任せた」」」
ライフレスとテトラスティン、それにドゥームの声が唱和すると、旋風のような剣戟が木の接近を残さず削り取った。ライフレスとテトラスティンが剣戟の間を縫うように火球を放ち、森を次々と焼いていく。彼らの攻撃は打ち合わせたわけでもなく一糸乱れず統率され、まるで一体の生き物のように森を討ち果たしていった。
そしてひとしきり視界にある森が焼け落ちた頃、ライレフスが進み出る。
「抵抗はないようだな」
「そりゃあこれだけやればねぇ」
「中々の攻撃でした。あの程度で我々の誰かがやられるとは思いませんが、あの攻撃が続けば撤退は余儀なくされていたかもしれません」
「そうだな。あまり本気で攻撃している様子はなさそうだったし、我々を追い払うことが目的だったかもしれないな」
テトラスティンの一言に、一同の視線が集まる。
「どういうことだ?」
「ライフレス、貴様ならわかるだろう。我々は木の属性の魔術も使うからな。この攻撃は魔術だ。森そのものを動かす、非常に高等な魔術。木を使って相手を捕縛する≪縛樹」という魔術があるが、それの高等応用だろうな。ひょっとすると、魔法の領域かもしれん。我々を動けなくするくらいに怪我を負わせるだろうが、おそらく殺しはすまい。アノーマリーも今頃無事だろうよ。
問題はこれを放った奴がいるということだ。そいつがおそらくカレヴァンなのだろうが、だとしたら相当危険な奴だな。我々を足止めするほどの魔術を使うとなると――」
「来た」
リディルが突如として何かに反応したように、一点を凝視して獣のように四つん這いになった。全員の注目が、リディルの向ける視線の先に集められる。
そこには、ライフレスたちの方に向かってゆっくりと歩く何者かの影が確かにあったのだ。
「人・・・か?」
「あれがカレヴァン? 小さいな」
ドルトムントはわが目を疑い、ドゥームは思わず正直な感想を漏らした。そこには、成人した男性よりもやや小さいくらいの人型の何かが歩いていた。ただその姿は人からはほど遠く、二足歩行で二本の手がついているというだけで、人のような表情はおろか目も鼻も口もなく、髪の毛もなく、人型にくり抜いた木の人形が歩いているような姿をしていたからだ。腕や体らしき部分には所々に緑をつけており、胴体にぽかりと空いたうろのようなものからは小動物が姿をのぞかせている。一見してその平和的な姿に、ドゥームは思わず失笑した。
「なんだこりゃあ? これならトレントの方がよっぽどおどろおどろしいぜ。伝説の討伐対象っていうからどんな化け物かと期待して損したな、なぁ?」
ドゥームはその場の全員に同意を求めたのだが、誰からも返事は帰ってこなかった。そうしてライフレスが我慢の限界を超えたのか、哄笑と共に口を開いた。
「ハーハハハハハ! ドゥーム、軽口はよせ。あれの強さがわからぬほど愚鈍でもあるまい」
「・・・ちっ。で、どのくらいなのさ?」
「そうだな。かつて俺がやった大魔王といい勝負・・・いや、それより強いか? 退屈な仕事かと思っていたが、褒めてやるぞドゥーム。どうやら大いに俺の無聊を慰めてくれそうだ!」
「あーはいはい、そうですか。じゃあせいぜい頑張ってね」
ドゥームがライフレスに任せて後方に下がろうとすると、背後で誰かとぶつかった。ドゥームが上を見上げると、そこには見たこともないほど殺気だったティタニアが立っていたのだ。
「ドゥーム、どこへ?」
「えーと、みんなの援護かな?」
「許可できません。前線で戦いなさい」
ティタニアは短く、一言命令するように告げた。さすがにドゥームもカチンとくる。
「おいおい、僕に命令しようってのかい? そんな権利は君には――」
そこまでいいかけてドゥームは言葉を飲んだ。目の前のティタニアが、まるで別物に見えたからだ。美しくもどこか厭世的で儚げないつものティタニアは既にいない。いるのは、剣帝と呼ばれ大陸を震撼させた一人の剣士だった。
あまりの迫力に、ドゥームは言葉で抵抗することすらやめてしまった。
「これは命令ではない、ドゥーム。私は戦う者として、貴方が後ろにいたのでは安心できないと言っている。戦いの最中、貴方に背後から刺されたくはない」
「・・・なんでそんな心配をするのさ」
「悪いが、私はあなたをこれっぽっちも信用していない。信用できない者に、背後を預けるほど私は馬鹿ではない。それに、あの敵と戦いながら背後を気に掛けることは無理だ。
だから貴方には肩を並べて戦ってもらう。それならば、貴方を気に掛ける必要もない。それができないと言うならば――」
ティタニアの言葉には逆らい難い重みがあった。言葉の続きは聞かなくともわかる。断れば、その場でドゥームは消滅させられるだろう。どのような方法を使えば死ぬかはドゥーム自身も知らないが、その確信だけは不思議とあった。
「わかった、僕も戦うよ」
「ならばよろしい」
ドゥームは冷や汗をかきながらティタニアの言葉に従うと、渋々と前に出た。ティタニアもドゥームに続く。
そして先陣を切るのはリディル。リディルにもはや人としての理性が残っているかは非常に疑問だったが、彼は勇者と呼ばれていた頃のように剣を抜き、腰をやや落とした前傾姿勢で、突きのような構えを取っていた。
続く
次回投稿は、9/14(日)9:00です。




