↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
畑を耕すなら異世界がおススメ(※要転生)  作者: 深海周二


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

第2回 一作も読まずに、四千五百作を論じる方法

# 第2回 一作も読まずに、四千五百作を論じる方法


異世界ものの主人公は、なぜスローライフをめざすのか。本連載は、作品を数えて、問いに答えようとしている。


数えるのは、小説家になろうに掲載された異世界作品である。本連載では、「異世界転生」か「異世界転移」のタグが付いた作品を、異世界作品と呼ぶ。なろうが公開している検索の窓口「なろう小説API」で、2026年11月3日と4日に調べると、異世界作品は約16万4千作あった。


調べたのは本文ではない。作者が自分で書き込むタイトル・あらすじ・キーワードの三つの欄である。本連載では、三つの欄をまとめて「看板」と呼ぶ。看板に「スローライフ」と書いた異世界作品は、4,502作あった。


当然、こう問い返す読者がいるはずである。


物語は、作者が一作ずつ考えて書いた作品である。主人公の名前、前世の勤め先、転生先の村の名前。作者が一つずつ決めた工夫は、件数には記録されない。作品を数えて、何が分かるのか。


もっともな疑問である。しかも私は、4,502作のスローライフ作品の本文を、一作ずつ読んではいない。読書感想文なら、先生に書き直しを命じられるやり方である。


言い訳をすれば、4,502作を一日一作ずつ読むと、読み終えるまでに12年以上かかる。なろうは、読み終えるのを待ってはくれない。看板に「スローライフ」と書いた異世界作品は、2026年だけでも、11月3日までに1,141作が連載を始めている。スローライフを読み尽くそうとする読者に、スローライフは訪れない。


それでも数えるのには、先例がある。百三十年ほど前、人の行為の中で最も個人的に見える行為を、数えて論じた学者がいた。


フランスの社会学者エミール・デュルケームは、1897年に『自殺論』を刊行した。


自殺は、ふつう、本人の悩みや動機から説明される。デュルケームは、一人ひとりの動機を問わなかった。代わりに、フランス、プロイセン、イギリス、デンマークなど、ヨーロッパ各国が公式にまとめた自殺の統計を集めた。『自殺論』には、各国の自殺の統計を、1841年から1872年まで年ごとに並べた表もある。そして、人口に対する自殺者の割合、つまり自殺率を、国ごとに、宗教ごとに、結婚しているかどうかで比べた。


比べて分かったことは、大きく二つある。


一つ目に、一つの国の自殺率は、年ごとにほとんど変わらなかった。デュルケームは、「各民族には固有の自殺率があること、その率は一般死亡率よりも変化しにくいこと」を挙げている(デュルケーム『自殺論』宮島喬訳、中公文庫、14頁)。自殺する人は、毎年別の人である。それなのに、人口に対する自殺者の割合は、病気や事故を含めたすべての死亡の割合よりも、年ごとの変化が小さかった。


二つ目に、自殺率は集団によって違った。プロテスタントの自殺率は、カトリックより高かった。結婚していない人の自殺率は、結婚している人より高かった。


一人ひとりの自殺には、一人ひとりの動機がある。それでも、国ごとの自殺率が毎年ほとんど変わらず、集団のあいだの差もはっきりしているなら、差の原因を一人ひとりの動機だけには求められない。デュルケームは、集団ごとの自殺率の違いを、人が集団にどれだけ強く結びつけられているかで説明した。


一人ひとりのことは分からなくても、集団の割合なら分かる。生命保険の保険料も、同じ考え方で計算されている。


保険会社は、加入者一人ひとりがいつ亡くなるかを知らない。知っているのは、過去の統計から計算した、性別・年齢ごとの死亡率である。保険料は、死亡率をもとに計算される。


保険会社は、あなたが何歳まで生きるかを知らない。あなたの性格も、好きな食べ物も知らない。それでも、四十歳の男性が一年のうちに亡くなる割合なら知っている。割合を知っていれば、保険料は計算できる。


本連載も、作者一人ひとりの動機は問わない。作者がなぜ主人公を辺境の村へ向かわせたのかは、作者本人にしか分からない。


調べるのは、看板に書かれた語句の割合である。ある語句を看板に書いた作品が、スローライフ作品の中に何%あるか。異世界作品全体の中に何%あるか。二つの割合を比べる。


比べ方は割り算である。スローライフ作品での割合を、異世界作品全体での割合で割る。何倍にあたるかを、本連載では「倍率」と呼ぶ。倍率が1なら、スローライフ作品も異世界作品全体も、その語句を同じ割合で看板に書いている。倍率が2なら、スローライフ作品は2倍の割合で書いている。1より小さければ、スローライフ作品のほうが書いていない。


割り算をするのは、語句によって、もともと看板に書かれる割合が違うからである。「最強」は、異世界作品全体の13.56%が看板に書いている。仮にスローライフ作品の13%が「最強」と書いていたとしても、スローライフ作品が特に強さを好むとは言えない。異世界作品はどれも、そのくらいの割合で「最強」と書いているからである。割合だけを見ると、どの語句にも驚くことになる。倍率を見れば、驚くべき語句にだけ驚ける。


一例として、「追放」を数える。比べるのは、スローライフ作品と、成り上がり作品と、異世界作品全体の三つである。


■看板に「追放」と書いた作品の割合(2026年11月3日)

・異世界作品全体 3.04%(4,986作、33作に1作)

・スローライフ作品 12.44%(8作に1作)、倍率4.1

・成り上がり作品 12.78%(8作に1作)、倍率4.2


スローライフの主人公は、出世争いから降りて、田舎や辺境でのんびり暮らす。成り上がりの主人公は、低い身分から高い地位へ上っていく。本連載では、前者を「降りる」主人公、後者を「上る」主人公と呼ぶ。降りる主人公と上る主人公は、めざす先が正反対である。


それなのに、どちらの作品も、異世界作品全体の約4倍の割合で、「追放」を看板に書いている。降りる主人公も上る主人公も、仲間や家から追い出されるところから物語を始めるのである。違うのは、追い出されたあとである。上る主人公は、追い出した者たちより高い地位をめざす。降りる主人公は、追い出した者たちから離れて暮らす。


追放から始まるスローライフ作品を一作読めば、読者は一作分の筋を知る。だが、追放から始まる筋が、スローライフ作品に異世界作品全体の4倍の割合で書かれていること、しかも正反対の成り上がり作品にもほぼ同じ倍率で書かれていることは、一作読んでも分からない。数えて初めて分かる。


異世界ものの主人公は、出世の階段を上る前にも、降りる前にも、まず一度追い出される。異世界の雇用は、なかなかに不安定である。


もちろん、数える方法には弱点がある。読者に知っておいてほしい弱点を、五つ挙げる。


第一に、看板しか数えていない。本文で初めて「前世は社畜だった」と明かす作品は、社畜の作品として数えていない。本の帯だけを読んで書評を書くのに近い。書評家なら廃業である。


第二に、語句は部分一致で数えている。「不遇」で数えると、ゲームの職業名の「不遇職」まで数える。不遇な主人公と、不遇職に就いた主人公は、同じ主人公とは限らない。


第三に、タグは作者が自分で付ける。異世界に転生する作品でも、作者がタグを付けていなければ、異世界作品として数えていない。


第四に、作者が削除した作品は数えられない。数えたのは、調べた日になろうに掲載されていた作品だけである。


第五に、なろうしか数えていない。カクヨムなど、ほかの投稿サイトの作品は数えていない。


それでも看板を数えるのは、読者も看板を見て作品を選ぶからである。看板に書かれた語句は、作者が読者に「この作品の主人公は、こう暮らします」と約束した文言である。看板の語句の割合は、作者たちが読者に交わした約束の割合である。


最後に、一つ断っておく。自殺と異世界ものを並べるのは乱暴だ、と感じる読者もいるだろう。転生ものの主人公の死の多くは、トラックにひかれるなどの事故で、自殺ではない。本連載はデュルケームの方法を借りるのであって、主人公の死を自殺として分類するのではない。借りるのは、一人ひとりの動機を問わずに、割合を比べるという方法だけである。


作者一人ひとりの工夫は、件数には記録されない。代わりに件数には、一作ずつ読んでいては分からない偏りが記録される。


スローライフは、なぜ異世界でなければ書けないのか。異世界ものの主人公は、なぜスローライフをめざすのか。本連載は答えを、作者の動機ではなく、約16万4千作の看板に書かれた語句の割合に探す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。