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畑を耕すなら異世界がおススメ(※要転生)  作者: 深海周二


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第1回 序:異世界の鷹は、爪を隠すのに忙しい

本連載の問いは、一つである。


異世界ものの主人公は、なぜスローライフをめざすのか。


異世界に転生した主人公は、魔物を倒して名を上げることも、王に仕えて出世することもできる。それなのに、少なからぬ主人公が、辺境の村で畑を耕し、料理を作り、のんびり暮らすことを選ぶ。小説家になろうでは、タイトル・あらすじ・キーワードに「スローライフ」と書いた異世界ものが、4,500作を超える。


逆向きの主人公もいる。低い身分から高い地位へ上っていく、「成り上がり」の主人公である。「成り上がり」と書いた異世界ものも、ほぼ同じ件数ある。


ただし、成り上がりの主人公の多くは、異世界に行かずに出世している。スローライフの主人公の多くは、一度死んで異世界に転生している。成り上がりは異世界がなくても書けるが、スローライフは異世界でなければほとんど書かれていない。


スローライフが異世界でなければ書けない理由が分かれば、異世界ものの主人公がスローライフをめざす理由も分かるはずである。


理由を探す手段として、本連載では作品を数える。主人公の前世の働き方と境遇を数え、スローライフを書いた作品が急に増えた年を調べ、百二十年前の明治の文学と比べる。数え方は、130年ほど前に自殺を国ごと・宗教ごとの件数で比べたフランスの社会学者、デュルケームに倣う。


問いにたどり着くまでには、遠回りがあった。最初に数えようとしたのは、目立ちたくない主人公だった。


異世界ものを十作ほど読めば、自分の力を隠そうとする主人公が、少なくとも二、三人は登場するはずである。


『とんでもスキルで異世界放浪メシ』の主人公ムコーダは、27歳のサラリーマンである。王国が勇者を呼び寄せる召喚の儀式に巻き込まれ、勇者でもない一般人のまま異世界に連れてこられた。王国は勇者を利用するつもりだと察したムコーダは、一人で城を去る。


『私、能力は平均値でって言ったよね!』の主人公は、前世では才色兼備の女子高生だった。周りから高嶺の花として扱われ、孤独に悩んだ。だから転生するとき、すべての能力を平均値にしてほしいと神様に頼んだ。ところが神様が頼みを取り違え、主人公は通常の6800倍の力を持つ魔法使いになる。学園で大勢の前で強大な魔法を使ってしまった主人公は、学園を追われ、マイルと名を変えてハンター養成学校に入学する。


『虹色魔導師は目立ちたく無い』の主人公マリスは、男爵家の少年である。10歳のとき、7色すべての魔力を持つ「虹色魔導師」だと分かる。目立つことを嫌うマリスは、力を隠して生きると決める。


能ある鷹は爪を隠す、という。異世界の鷹は、爪を隠すのにずいぶん忙しい。


私は最初、主人公たちが目立つことを恐れるのは、異世界の掟ではなく、現代日本の職場の掟ではないかと考えた。会社で仕事ができると知られれば、仕事を増やされる。上役に目を付けられれば、断れない役を押し付けられる。異世界の王族や貴族は、現代日本の上役に王冠をかぶせた人物ではないか、と。


確かめるために、数えてみることにした。


小説家になろうは、プログラムから掲載作品を検索できる公式の窓口を公開している。なろう小説APIという。私は2026年11月3日と4日に、なろう小説APIを使って、「異世界転生」か「異世界転移」のタグが付いた作品を調べた。以下、二つのタグのどちらかが付いた作品を「異世界作品」と呼ぶ。異世界作品は、約16万4千作あった。


本文は調べていない。調べたのは、作者が自分で書き込むタイトル・あらすじ・キーワードの三つの欄である。読者は本文を読む前に、三つの欄を見て作品を選ぶ。本連載では、三つの欄をまとめて「看板」と呼ぶ。


看板に「目立ちたくない」と書いた異世界作品は、101作だった。「目立たず」「目立たない」「力を隠」「正体を隠」まで広げて足しても995作で、異世界作品の0.61%にとどまる。二つ以上の語句を書いた作品は二度数えているから、実際の作品数はさらに少ない。


比べる相手に、「最強」を看板に書いた異世界作品を数えた。22,223作で、異世界作品の13.56%にあたる。目立たない系の語句を書いた作品の22倍、「最強」を書いた作品がある。


異世界の鷹は、爪を隠す鷹より、爪を見せびらかす鷹のほうが22倍多かったのである。


読んで得た実感と、数えた件数が食い違った。私の実感が間違っていたのだろうか。


そこで、件数ではなく作品名で確かめ直した。なろうには、ブックマークの件数と読者の評価から計算される「総合ポイント」がある。異世界作品を総合ポイントの高い順に並べると、上位25作のうち6作が、目立つことを恐れる主人公の作品だった。


1位 『とんでもスキルで異世界放浪メシ』 8位 『本好きの下剋上』 13位 『陰の実力者になりたくて!』 20位 『八男って、それはないでしょう!』 21位 『私、能力は平均値でって言ったよね!』 25位 『転生貴族の異世界冒険録』


1位のムコーダの作品は、104万ポイント余りを集めている。約16万4千作の異世界作品の中で総合ポイントが最も高い作品の主人公は、王国に利用されるのを嫌って城を去った、27歳のサラリーマンなのである。


ところが、6作のうち、看板に目立たない系の語句を書いていたのは、『陰の実力者になりたくて!』の1作だけだった。総合ポイントの上位100作に広げても、看板に目立たない系の語句を書いた作品は2作しかない。


実感は正しかった。0.61%という割合が示していたのは、目立ちたくない主人公の少なさではなく、作者が主人公の性格を看板に書かないことだった。


ラーメン屋の店先の貼り紙を思い浮かべてほしい。「濃厚魚介豚骨」「麺大盛り無料」とは書いても、「店主は人見知り」とは書かない。常連客は全員、店主が人見知りだと知っている。それでも店主の人見知りを貼り紙に書く店はない。客は貼り紙を見て、何を食べられるかで店を選ぶからである。


看板も同じである。読者が看板を見て選ぶのは、主人公の性格ではなく、主人公が異世界でどう暮らすかである。


最も読まれている作品には、目立ちたくない主人公が多い。だが作者は、それを看板に書かない。看板に書かれるのは、スローライフと成り上がりだった。


看板に「スローライフ」と書いた異世界作品は4,502作。「成り上がり」と書いた異世界作品は4,491作。差は11作である。約16万4千作の中で、二つの語句はどちらも異世界作品の2.7%台を占め、11作しか違わない。競馬なら写真判定にもつれ込む差である。


総合ポイントの上位約2,500作に絞っても、スローライフは7.4%、成り上がりは7.5%で、ほぼ並ぶ。どちらも、異世界作品全体での割合の2.7倍にあたる。よく読まれる作品ほど、二つの語句を看板に掲げている。


スローライフの主人公は、出世争いから降りて、田舎や辺境でのんびり暮らす。成り上がりの主人公は、低い身分から、高い地位へ上っていく。降りる看板と上る看板が、ほぼ同じ件数掲げられている。


では、目立ちたくない主人公は、何のために力を隠すのか。


ムコーダが城を去ったのは、王国に利用されないためだった。『小物貴族が性に合うようです』の主人公ハチは、節約好きの前世を活かして、「慎ましく目立たない小物貴族」を目指す。書籍の帯には「小物で満足してるのに、ついつい成り上がっちゃう貴族譚」とある。


目立たないことは、主人公が望む暮らしを、王や貴族から守るための手段なのである。目立ちたくない主人公は、看板に書かれないまま、看板に掲げた暮らしを王や貴族から守っている。


ただし、マイルが力を隠すのは、王や貴族を恐れたからではない。前世の孤独を繰り返さないためである。力を隠す理由は一つではない。本連載では、目立ちたくない主人公を、スローライフを守る手段として、ときどき取り上げる。


二つの看板は、件数こそ並ぶが、異世界との結びつきの強さが違う。


なろうの全作品のうち、「成り上がり」を看板に書いた作品は10,986作ある。異世界作品は、そのうち40.9%にとどまる。残る59%は、異世界のタグが付いていない作品である。


考えてみれば当然である。低い身分から上っていく物語は、異世界ものよりはるかに古い。農民の子から天下人になった豊臣秀吉の一代記は、江戸時代から読み継がれてきた。成り上がりは、異世界がなくても書ける。


「スローライフ」を看板に書いた作品は、なろうの全作品で7,972作ある。異世界作品は、そのうち56.5%を占める。私が調べた14の語句の中で、最も高い割合である。なろうの全作品のうち異世界作品が占める割合は12.9%だから、スローライフは全作品の4.4倍も異世界に偏っている。


異世界のタグが付いていないスローライフ作品も、8割以上はファンタジーのジャンルに登録されている。魔法も魔物も登場しない現代日本で、スローライフを書いた作品は少ない。


不思議なのは、スローライフこそ、現代日本を舞台にしても書けそうに見えることである。会社を辞めて田舎で畑を耕す物語に、転生も魔法も要らない。それなのに、スローライフを看板に書いた作品の過半数は、異世界作品である。


スローライフは、なぜ異世界でなければ書けないのか。理由を突き止めれば、異世界ものの主人公がなぜスローライフをめざすのかが分かる。

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