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畑を耕すなら異世界がおススメ(※要転生)  作者: 深海周二


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第3回 二兎を追う転生者は、283人しかいない

異世界ものの主人公は、なぜスローライフをめざすのか。本連載は、問いに答えるために、小説家になろうの作品をいくつかの集団に分け、集団ごとに語句の割合を比べている。百三十年ほど前、フランスの社会学者デュルケームは、自殺を国ごと・宗教ごとの割合で比べ、一人ひとりの動機からは見えない違いを示した。本連載も、作者一人ひとりの動機は問わず、デュルケームと同じやり方で比べる。


比べるのは、「異世界転生」か「異世界転移」のタグが付いた作品である。本連載では、二つのタグのどちらかが付いた作品を「異世界作品」と呼ぶ。なろうが公開している検索の窓口「なろう小説API」で、2026年11月3日に調べると、異世界作品は約16万4千作あった。調べたのは本文ではなく、作者が自分で書き込むタイトル・あらすじ・キーワードの三つの欄である。本連載では、三つの欄をまとめて「看板」と呼ぶ。


看板に「スローライフ」と書いた異世界作品は4,502作。「成り上がり」と書いた異世界作品は4,491作。差は11作である。


スローライフの主人公は、出世争いから降りて、田舎や辺境でのんびり暮らす。成り上がりの主人公は、低い身分から高い地位へ上っていく。本連載では、前者を「降りる」主人公、後者を「上る」主人公と呼ぶ。めざす先は正反対なのに、それぞれの語句を書いた作品の件数は、11作しか違わない。


件数がここまで揃うと、勘ぐりたくなる。二つは、一つの物語の表と裏ではないのか。


異世界ものを読み慣れた読者なら、次のような主人公を何人も知っているはずである。辺境の村で畑を耕して、目立たずに暮らしたい。ところが、育てた野菜が評判になり、領主に呼ばれ、王から褒美を賜り、気づけば爵位を授けられている。本人はのんびり暮らしたいだけなのに、周りが放っておかない。


のんびり暮らしたいのに、うっかり成り上がってしまう主人公である。『17年間実力を隠してスローライフを謳歌してたが、うっかり王女様を助けてから勝手に成り上がり人生が始まった』のように、筋をそのまま題にした作品まである。この主人公を書く作者なら、看板に「スローライフ」と「成り上がり」の両方を書くだろう。この主人公が異世界ものの定番なら、4,502作と4,491作の大半は同じ作品で、件数が揃うのも当然である。同じ作品を、二度数えていただけになる。


数えてみた。本連載では、二つの語句を同じ看板に書くことを「重なる」と呼ぶ。


■二つの語句の重なり(2026年11月3日)

・両方を書いた作品 283作

・スローライフ作品のうち、両方を書いた作品 6.29%(16作に1作)

・成り上がり作品のうち、両方を書いた作品 6.30%(16作に1作)

・スローライフだけを書いた作品 4,219作

・成り上がりだけを書いた作品 4,208作


スローライフ作品でも成り上がり作品でも、93%余りの作品は重ならない。


二兎を追う者は一兎をも得ず、という。のんびり暮らすことと出世することの両方を看板に掲げた作品は、約16万4千作の異世界作品のうち、283作しかない。異世界の主人公たちは、ことわざをよく守っている。283作の主人公が一兎も得られずに終わるのかどうかは、看板からは分からない。


ただし、283作を「少ない」と言い切る前に、確かめておくべきことがある。


ある語句を看板に書いた作品の割合は、語句によってもともと違う。そこで本連載では、割り算で比べる。スローライフ作品の中で、ある語句を看板に書いた作品の割合を、異世界作品全体の中で、同じ語句を看板に書いた作品の割合で割る。何倍にあたるかを、本連載では「倍率」と呼ぶ。


倍率の意味を、身近な例で先に説明しておく。


ある学年に120人の生徒がいて、A型が4割の48人、4月生まれが12分の1の10人いるとする。血液型占いと星占いがどう言おうと、血液型と誕生月は関係がない。だから、A型で4月生まれの生徒は、120人の4割の、さらに12分の1で、4人前後いるはずである。数えて12人いたら、偶然の3倍である。A型の生徒と4月生まれの生徒を結びつける理由がある、と疑ってよい。


同じ計算を、二つの語句に当てはめる。


■「成り上がり」の倍率と、偶然に重なる件数

・異世界作品全体で「成り上がり」と書いた作品 2.74%

・スローライフ作品で「成り上がり」と書いた作品 6.29%

・倍率(6.29÷2.74) 2.3

・二つの語句が無関係なら重なるはずの件数(4,502作×2.74%) 約123作

・実際に重なった件数 283作


二つの語句は、無関係に書かれているわけではない。両方を看板に書く作品は、偶然の2.3倍ある。


それでも、9割以上の作品は重ならない。偶然の2.3倍は重なることも、9割以上は重ならないことも、どちらも本当である。どちらか一方だけを書けば、読者に二つの割合の片方しか伝えないことになる。


では、重なった283作は、どんな筋の物語なのか。


2026年11月7日に取り直すと、両方を書いた異世界作品は、この日も283作あった。283作のタイトルとあらすじを、一作ずつ読んで筋を分けた。主人公がのんびり暮らしたい、または出世したくないと書かれていて、そのうえで地位や勢力や評判が上がっていく作品を、「降りたいのに上がってしまう」筋とした。のんびり暮らすために成り上がる作品も、この筋に数えた。


■重なった283作の筋(2026年11月7日)

・降りたいのに上がってしまう 77作(27.2%)

・のんびり暮らすことと地位を上げることを、食い違いなく並べる 53作(18.7%)

・上ったあとで降りる 9作(3.2%)

・あらすじが一方の筋しか書いていない 113作(39.9%)

 (上る筋だけが89作、降りる筋だけが24作)

・あらすじから筋が読み取れない 26作(9.2%)

・どの筋にも当てはまらない 5作(1.8%)


勘ぐったとおりの主人公は、283作のうち77作である。283作の3割に満たず、スローライフ作品全体の2%に満たない。異世界ものの読者がおなじみだと感じる主人公は、看板で数える限り、スローライフ作品の50作に1作もいない。


二つの語句の件数が揃っていたのは、同じ作品を二度数えていたからではなかった。同じ約16万4千作の異世界作品の中で、降りる物語が約4,200作、上る物語が約4,200作、それぞれもう一方の語句を看板に書かずに書かれている。二つの型は、一つの物語の前半と後半ではない。別々の型が、ほぼ同じ件数だけ書かれているのである。


スローライフは、成り上がった主人公の休暇でもない。上ったあとで降りる筋は、283作のうち9作だった。魔王を倒したあとの若者たちを描く『世界救済が終わったら』は、キーワード欄に「成り上がり(事後)」「スローライフ(現在)」と書いている。二つの語句を時の順に並べた、律儀な看板である。だが、同じ筋の作品は9作しかない。スローライフ作品の大半は、「成り上がり」を看板に書かないまま、のんびり暮らすことを読者に約束している。看板を見る限り、スローライフの主人公は、上ったあとで降りるのではない。最初から降りる主人公として書かれている。


もちろん、283作という件数にも弱点がある。


語句は部分一致で数えている。『マグロでホームラン!』で始まる題の作品では、クロマグロに転生した主人公が、投げられるという意味の「スロー」ライフを送る。それでも本連載の数え方では、両方を書いた283作の1作になる。


看板で語句を打ち消している作品もある。『【終わらせた】迷宮スローライフでお気楽異世界転生』は、副題で「出世? 栄達? 成り上がり? そんなの目指してどーすんの?」と問う。


■283作の数え方の弱点(2026年11月7日)

・二つの語句のどちらか、または両方を、看板で打ち消している作品 22作

・二つの語句を、どちらもキーワード欄にしか書いていない作品 119作

 (うち、あらすじが一方の筋しか書いていない作品 65作)


キーワード欄に並べた語句が、筋を表しているとは限らない。


筋の分け方は、一人の読み手があらすじを読んで決めた。別の読み手が分ければ、数作は別の筋に移るだろう。看板に「成り上がり」と書かないまま、うっかり成り上がる主人公もいるはずである。看板で数えられるのは、作者が読者に約束した筋だけである。


降りる主人公と上る主人公は、同じ異世界に、ほぼ同じ件数いる。だが、ほとんどの主人公は、どちらか一方の物語だけを生きている。


上る主人公がめざす先は、分かりやすい。低い身分から高い地位へ上れば、富も名誉も得られる。分からないのは、降りる主人公のほうである。成り上がりとほぼ同じ件数の主人公が、「成り上がり」を看板に書かないまま、最初から降りることを選んでいる。


異世界ものの主人公は、なぜスローライフをめざすのか。少なくとも看板を見る限り、成り上がりに疲れたからではない。

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