16話
朝投稿できなかった(;-;)
2026.11.1 自分が気になる表現を修正しました。話の流れは変わってません。
「逃げ出さずにこの場に来たこと、まずは褒めて差し上げますわ!」
三日後、学園内に設置された訓練場にて。
エリザベッタは腰に手を当て仁王立ちになって、競技用に整備されたグラウンドの中心で待っていた。
その後ろにはいつもの取り巻きふたりがニヤニヤと笑いながら控えていて、周りでは侯爵令嬢VS編入生と聞いて集まってきた野次馬たちが歓声を上げている。
「リリ、ほんとに大丈夫なの?体力育成の授業が落第ギリギリで有名なエリザベッタ様が決闘を仕掛けてくるなんて、絶対何か裏があるに決まってるわ!」
「ちょっと、聞こえてますわよエバンズの小娘!」
着いてきてくれたカトリーナの言葉に、野次馬たちが笑い声を上げた。
エリザベッタは苛立たしげに舌打ちをして、「このわたくしをコケにして、覚悟はできているんでしょうね!編入生!」と叫ぶ。
「おいおい、フォンテーヌ嬢マジギレじゃね?リリさんは秘策があるって言ってたけど……今からでも俺が騎士になろうか?結構強いよ」
「ルートに賛成するのは癪だけれど、こいつ、本当に剣は使えるわよ。並大抵の相手には負けないと思う」
ルートヴィヒとカトリーナが両サイドからそう提案してくれたが、私は静かに首を横に振った。
「ありがとう、ふたりとも。でも、これは私たちの問題だから。……それに、勝機はあるの」
私が静かに微笑むと、ふたりは顔を見合せて「リリがそう言うなら」と頷く。
「よろしいのかしら、ネルソンの小僧に騎士になってもらわなくて。代理のいないあなたになんて、万に一つも勝ち目は無くってよ!まぁ?例え彼が代理になっても、わたくしの用意した騎士には敵わないでしょうけれど?」
「おーっほっほっほ!」とお得意の高笑いを決めて、エリザベッタが扇で口元を隠す。
「それではご紹介いたしますわ。わたくしの騎士、ケビン・ギール!前へ!」
エリザベッタに呼ばれて現れたのは、まさに筋骨隆々という言葉が相応しい、巨躯の男子生徒だった。
制服からして高等部の3年生だろうが、彼の醸し出す貫禄は熟練の騎士そのもの。
野次馬からも「おぉ……」と感嘆の声が上がるほどだ。
「げっ、ギール先輩……ごめん、やっぱ俺でも厳しいかも」
ルートヴィヒが気まずそうに声を漏らすので「彼、強いの?」と尋ねる。
「そりゃもう、強いなんてもんじゃねぇよ!中等部から負け無し伝説を更新中の、剣術同好会のエース!学生でありながら既に王国騎士団からスカウトを貰ってるって話は有名だな。でも、本人は寄親であるフォンテーヌ侯爵家の私兵になりたがってるらしい。……まぁ、その動機ってのがフォンテーヌ嬢への叶わぬ恋心だって説もあるんだけど。つまり、強い上にフォンテーヌ嬢のためならなんでもするタイプってこと!」
ルートヴィヒの力説に、私は「なるほどね……」と顎を摩る。
エリザベッタが代理として騎士を用意してくるというのは、あのフードの少年が言った通りだ。
それがエリザベッタに恋心を抱く寄子貴族だと言うのは初耳だったが、生半可な相手ではないということは予想していた。
「ケビンの剣は岩をも砕くと評判なの。あなたの貧相な体じゃ、一太刀たりとも受けられないでしょうね!さぁ、ここで情けなく降参なさい。今ならわたくしの靴を舐めるだけで許して差し上げますわ〜!」
「流石はエリザベッタ様!」
「まさに王子妃の器!」
自信満々に胸を張るエリザベッタを、取り巻きたちが誉めそやす。
「あの編入生、可哀想に」
「フォンテーヌ嬢も人が悪い。あの娘は他国出身だろう?決闘の代理制度なんて、知るわけないだろうに」
野次馬たちも私に同情するような視線を送り、場の空気がエリザベッタの勝利を確信するものに変わっていく。
そんな中、私は静かに口を開いた。
「誰が、私に代理がいないと言ったんですか?」
「は?」
「私にもいますよ。あなたと同じように、私のことを想って代わりに剣を握ってくれる頼もしい騎士が」
「何を……」
エリザベッタが反論しようとした刹那、私たちの周りを囲っていた人波が割れる。
「それではお願いします、私の騎士様」
「あぁ、喜んで。僕は君の剣に、そして盾になろう」
そう言いながら現れたのは。
「オズワルド殿下……!?」
オズワルドは爽やかな笑みを浮かべながら、私の前に跪く。
「君の騎士になれるなんて光栄だ。どうか、勝利を捧げさせて欲しい」
それから私の手を恭しく取って、右手にキスを落とした。
それはちょうど、私と彼が初めて会った日の再現のようで、カッと頬が熱くなる。
「ど、どうしてオズワルド殿下が、そんな小娘の!」
いち早く正気に戻ったエリザベッタが、抗議の声をあげた。
「こ、これはオズワルド殿下の隣に立つのが相応しいのがどちらか、決めるための戦いですわ!それを、殿下自身が初めから編入生に肩入れするなど、公平さにかけるのでは!?」
そう捲し立てるエリザベッタに、立ち上がったオズワルドが凍るような眼差しを向ける。
「公平さに欠ける?決闘の代理制度を知らなかったリリに剣での決闘を持ち掛け、騙し討ちのような形で自分だけ屈強な男子生徒に代理を任せた女が何を言う」
普段は出さないような、固く冷たい声だった。
私は息を詰めて、彼の横顔を斜め後ろから見ている。
「そ、それは……知らなかったのですわ。そこの小娘がここまでロベルタ王国の文化に理解がないなんて。オズワルド殿下の隣に立つのであれば、古いしきたりであっても網羅しておくのが最低限の教養。これは彼女を騙したのではなく、単に知識量の差ですわ!」
胸に手を当て、エリザベッタが声を張り上げた。
「……そうか」
オズワルドが短く頷くと、エリザベッタは安堵したような顔をする。
「おわかりいただけましたか?殿下の隣に相応しいのは、そこの編入生ではなくわたくし!エリザベッタ・フォンテーヌなのです!」
満足気にそう言い切って、エリザベッタは息を吐き出す。
オズワルドは彼女が息を整えるのを確認したあと、小さく肩を竦めた。
「そこに、僕の意思は介在しないのだな」
「え……?」
「フォンテーヌ嬢が語るのは、自分の都合ばかり。僕がリリに肩入れするのは不公平、リリを出し抜こうとしたのは知識の差。都合のいい事ばかり並べて、僕の気持ちは二の次だ。それでいて、自分は僕の隣に立ちたい……いや、王子妃になりたいのだろう」
オズワルドがそう言うと、エリザベッタは顔を青ざめさせる。
「ちが、違いますわ!わたくしは王子妃になりたいのではありません!あなたのことを……オズワルド・ロベルタ様をお慕いしているのです!」
首を横に振り、力なく「違うのです」と零す彼女に、先程までの勝気な様子は見受けられない。
取り巻きたちは震えるエリザベッタをオドオドと見つめるだけで何も言えず、周りの生徒たちは突如始まった断罪劇に野次を飛ばす。
先程までとは打って変わって、エリザベッタは完全にアウェイだ。
「……ずるいじゃありませんか」
それでも尚、彼女は言葉を続ける。
「わたくしが何年も、それこそ人生をかけて、あなたの愛を望んできたというのに。ぽっと出の他国の女が、なんの苦労もせずにそれを享受するだなんて、そんなの……そんなの認められない、認めたくない!」
エリザベッタの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れる。
──淑女たる者、簡単に人前で涙を見せてはいけないのです。
いつかの昔、イグニアスの公女ヴィニアが教えてくれたことを思い出した。
国は違えど似たような境遇にあるエリザベッタが、それを知らないとも思えない。
彼女はきっと、幼い頃から叩き込まれてきた貴族としての矜持やプライドすら忘れてしまうほど、追い詰められているのだ。
「わたくしはただ、あなたが好きなだけなのに!……どうして、報われないの……!」
彼女の涙で、地面に染みが出来た。
流石のオズワルドも彼女の取り乱し様に言葉を詰まらせて、戸惑うように眉を寄せる。
そんな時だった。
「エリザベッタお嬢様」
今まで押し黙っていたエリザベッタの騎士、ケビンが、その口を開いた。
「……自分では、いけませんか」
「は……?」
惚けたように口を開くエリザベッタに、ケビンは白いハンカチを差し出す。
「自分は物心ついた時から、お嬢様のお傍に居ました。あなたが昔から殿下を想い、健気な努力を積み重ねていらっしゃったことも存じ上げております。……その上で申し上げますが」
「な、なんですの……」
「殿下では、あなたを幸せにするには力不足です」
断言するケビンに、今度はエリザベッタが言葉を詰まらせる番だった。
「あ、あなたねぇ!殿下に対してなんて言い草なの!不敬ですわよ……!」
「あなたを泣かせる男の方が不敬です」
「そ、そんな……馬鹿なこと……!おまえには分からないでしょうけれど、これはオズワルド殿下に真実の愛を教える最後の機会なのですわ。私と一緒になれば、フォンテーヌ侯爵家の後ろ盾も手に入ります。王太子の座だって、思うがままなのに……!」
オズワルドのもとへ、一歩、二歩と歩みを進めてくるエリザベッタ。
奥に控えていた衛兵が駆け寄ってくるが、その距離からでは到底間に合わないだろう。
「ねぇ殿下、わたくしを選んで。確かに周りの貴族たちは、殿下の完璧な王子様なところが素敵だって言うけれど。わたくしは、あなたの上に立つものとしての強い一面と、クラスではしゃぐ少年のようなあなた、どちらも大好きなんですの」
ふらふらの足取りは、見るだけでも痛々しい。
地面の僅かなくぼみに足を取られ、エリザベッタは膝を打ち付けて涙を堪える。
それでも笑顔だけは浮かべていようと、彼女はやや上の辺りを見てオズワルドに手を伸ばした。
「……仕方ない」
倒れている婦女子に手を貸さないなど、貴族以前に男としてありえないので、オズワルドは渋々エリザベッタに手を貸した、が。
その手は空を切って、代わりにエリザベッタの体はひょいと担ぎ上げられる。
「ちょっと、何をしていますの、ケビン!下ろしなさい!」
「お許しください、お嬢様。お嬢様のお心に寄り添う気も無い外道に、その清らかな御身を触らせるなど、耐えられませんでした」
彼はエリザベッタを抱えたまま、私に視線を移す。
「すまなかった、編入生。お嬢様は少し行き過ぎるところもあるが、純粋さと賢さを備えた才女なのだ。侯爵家のご令嬢としての範囲なら、少しのわがままは大目に見てくれ」
「ケビン!そんな小娘に、謝るようなこと……」
エリザベッタが彼の謝罪を制止しようとすると、ケビンは「お嬢様」と咎めるような声を上げた。
「あなたを否定するようなことはしたくありませんが、今のお嬢様は焦りで視野が狭まっております。幼い頃、下級貴族の婚外子だった自分を取り立ててくださったお優しいお嬢様であれば、ご理解いただけると自分は信じています」
ケビンはそう言うと、エリザベッタを姫抱きにする。
「下ろしなさい、ケビン!わたくしは、わたくしは……!」
「……エリザベッタ様」
ケビンの腕の中で暴れるエリザベッタに、思わず声をかけた。
「なんですの、編入生!オズワルド殿下から拒絶され、寄子に説教を垂れられる惨めなわたくしのことを嘲笑いたいの!?」
ムキになって睨みつけてくる彼女に、「いいえ」と短く答えて首を横に振る。
「あなたは、全然惨めなんかじゃありません」
「は……?」
「だって、あなたは好きな人に正面から告白したじゃないですか。もちろん、その過程はあまり褒められたものじゃないけれど。それでも、貴族のご令嬢が自分の想いを告げるのはとても勇気の要ることです。あなたの行動が惨めだなんてことはありません」
私がそう言うと、エリザベッタは目を逸らして押し黙った。
「それに、寄子に説教されるのが恥ずかしいなんてこともないと思います。本物の忠臣は、主が間違えた時にそれを諌められる者。権力に阿る人間が多い中、あなたは本物の忠臣を既に獲得している。人に恵まれ、またあなた自身も上に立つ者としての才覚に富んでいる証拠です」
私はエリザベッタの近くまで歩み寄って、胸元で握り締められていた彼女の手を取る。
「エリザベッタ様、仲直りしましょう。私たちは、恋した相手が同じだっただけ。あなたが優しいのはわかっていましたよ」
「……なんで、そんなことが言えるのよ」
「だってエリザベッタ様、私の身分を嘲笑うようなことはしなかったじゃないですか」
エリザベッタには小娘だの無知だの散々言われたが、彼女は自分の身分を笠に着て、平民出身の私を嘲るような真似は決してしなかった。
取り巻きが私を庶民だと言った時も、便乗して見下すような真似はしなかった。
自分が貴族であることに誇りを持っていたが、それを支える平民の存在を軽視したりはしていなかった。
「それだけでも、あなたが誇りある貴族のご令嬢で、聡明な方なのだと分かります」
「……わたくしが、誇りある貴族令嬢であることなんて、当たり前ですわ」
「はい、そうですね」
「……その顔、生意気ですわ。編入生の小娘のくせに」
エリザベッタは両目に溢れそうなくらいの涙を貯めて、強がるような言葉を零す。
「……なんで、そんなこと言ってくださるの。わたくし、あなたを嵌めようとしたのに」
「結果として嵌められていませんから。……それに私、お友達が少ないんです。なってくれませんか、私のお友達に」
私が微笑むと、エリザベッタはもごもごと何かを言いかけて、突然上体を傾けて私に抱きついてきた。
「きゃっ、エリザベッタ様!?」
「生意気生意気、本当に生意気ですわ!……宜しくてよ、わたくしがあなたのお友達になって差し上げても!年上の敬い方というものを、教えて差し上げます!」
エリザベッタがグリグリと涙まみれの顔を首元に擦り付けて来るので、擽ったくなって思わず声を上げて笑う。
「あ、笑いましたわね!本当に失礼ですわ、リリ!」




