15話
本日2話更新しています(2/2)
「それじゃあまた明日ね、リリ!」
「リリさん、気をつけてな!」
一日の授業が終わり、ふう、と机に頬杖をつく。
今日一日、学校の案内をしてくれたり、授業で分からないところをさりげなくフォローしてくれたりと、手厚く世話を焼いてくれたカトリーナとルートヴィヒは、終業の鐘が鳴るのと共に教室を飛び出して行った。
カトリーナは歌劇同好会、ルートヴィヒは剣術同好会のメンバーであり、どちらも1年生ながら主戦力として数えられる腕前なのだ。
「次のコンクール、絶対に主役は私よ」
「俺だって、団体選抜メンバー入り確実って言われてんだからな」
どちらがより凄い実績を作れるか、なんて所まで、彼女たちは競い合っているようだった。
そのため、秋に控える文化祭という大舞台が終わるまでは練習に忙殺される日々だという。
「俺が」
「いいえ私が」
なんて声が教室にまで響いてきていて、思わず頬が緩む。
幼なじみとは、こんなにも気の置けない関係を築くことができるものかと思うと、少し羨ましい。
幼い日に聖女として召し上げられた私には幼なじみと呼べる相手なんかいなくて、唯一、友人だと思っていたヴィニアともあんな別れ方をしてしまった。
あと、私が子供の頃ずっと傍にいた友達なんて……あ。
ひとりだけ、心当たりがあった。
まだ私が聖女なんかになる前。
綺麗とは言い難い、イグニアス王国の外れの小さな村にいた、私と同じくらいの歳の小さな子供。
ふわふわの栗色の髪にはいつも煤を被って、服は毎回ボロ布だったけど。
真ん丸なハニーブラウンの瞳は、いつも私を見つけるとキラキラ輝いていた。
「りーちゃん」と私を呼んで、気の弱いその子は手を繋ぐと遠慮がちに握り返しながらニコニコ嬉しそうに笑うのだ。
それがかわいくて、愛しくて、私はその子が……すーちゃんが大好きだった。
「はぁ、会いたいな、すーちゃん」
「……それ、誰のこと?」
「ひゃあっ!」
突然耳元で囁かれ、思わず飛び上がる。
後ろを振り返れば、機嫌よく笑うオズワルドがそこにいた。
「オズワルド様、いつからそこに……!」
「先程教室から出ていった男女ふたり組が、君に挨拶をしているところから」
「初めからじゃないですか!」
「迎えに行く」という、今朝のオズワルドの言葉を信じ、私は授業が終わったあとも教室で彼を待っていた。
まさかその間の、ちょっぴりノスタルジックな感傷に浸っているところまでバッチリ観察されているなんて思いもしなかったが。
「それで?その、すーちゃんっていうのは誰?リリの心の、どこにいる人?」
オズワルドはそう尋ねながら、私の机に腰掛ける。
高い位置からこちらを見下ろして、少し咎めるように「言って」と目を細めた。
「ただの幼なじみですよ。私が聖女になる前、ただのリリネットでいても良かった頃、ずーっと私の後ろをちょこちょこ着いてくるかわいい子がいたんです。カトリーナたち……あ、さっき教室を出ていったふたり組なんですけど、彼女たちを見ていたら、幼なじみっていいなぁって思っちゃって。それで、あの子のことを思い出していました」
「……ふぅん」
オズワルドは納得いかないような顔で相槌を打つ。
「オズワルド様、お顔が怖いです」
「……すまない。考えてみれば当然なんだが、僕の知らないリリがいて、懐かしく思う相手がいるんだというのは……あまり面白くないな」
困ったように眉尻を下げて笑うオズワルドに、私は「なんですか、それ」と含羞む。
「すーちゃんは、確かに私の思い出の友人ですけど。……今の私がいつも考えてしまうのは、オズワルド様なんですよ」
小さく呟くと、オズワルドは「えっ」と瞠目する。
「ねぇリリ、それどういう意味?……もう1回言って」
彼は私の手を優しく掴むと、ぎゅっと握りしめる。
端正な顔が間近に寄せられて、私は思わず顔を逸らした。
「……嫌です」
「駄目」
空いていたもう片方の手が、私の頬に添えられる。
少しだけ強引に視線を合わせられて、彼の紫の瞳が私の思考を見透かすみたいに煌めいた。
「わ、私は……」
「うん」
掠れた声で話し出すと、オズワルドは穏やかに頷く。
「……私はずっと、オズワルド様のことを考えているんです。出会ってから今日まで、日を追う毎にあなたの存在が大きくなっていて……もう、どうしたらいいか……っ」
話す内に声が震えてきて、最後の方なんて伝わっているかどうかすら怪しい。
それでもオズワルドは柔らかな笑みを称えたまま、私の話に耳を傾けていた。
「……好きなんです、オズワルド様のこと。あなたが考えているより、多分、ずっと強く」
私がそう言うが早いか、オズワルドが力強く私を抱きしめる。
「オ、オズワルド様……」
「……嬉しい。リリの口から、その言葉が聞けて」
低く甘やかな声が、耳元で鳴る。
「前にも言ってくれたけど、あの時は僕から言ったから。優しい君は、僕に合わせてくれているのかもしれないって、少し不安だった」
「そんなこと……」
「うん、でも今君の顔を見て、話を聞いていたら、そんなのは杞憂だったってわかった」
オズワルドが私から少し体を離し、鼻先が触れるくらいの距離で向き合う。
「……僕たち、両想いだ」
そう言って微笑むオズワルドがいつも以上にかっこよく見えて、耐え切れずに彼の肩口に顔を埋める。
「……帰ろうか、リリ。明日も早い」
「……はい」
彼の大きな手で頭を撫でられながら、私は小さな声で答えた。
その様子を、廊下から見ている人物がいるとも知らずに。
***
「おーっほっほっほ!あなたが噂の編入生ね?」
翌朝、教室へ向かう廊下の途中で三人組の女子生徒に道を塞がれた。
彼女たちの中心に立っているのは、派手な金髪を縦ロールにした、見るからにいい所のお嬢様といった出で立ちの少女。
胸元のリボンが緑色なので、3年生だろう。
「……えぇと、どちら様でしょう?」
私が尋ねると、取り巻きと思しき両サイドの女子生徒が声を上げる。
「まぁ、この庶民、エリザベッタ様のことを知らないの!?」
「不届きですわね、どうしてくれましょう!?」
彼女たちがエリザベッタと呼ばれた少女の方を見ると、彼女は「まぁまぁ」と取り巻きを宥める様子を見せる。
「無知な後輩に常識を教えて差し上げるのも、高貴なる者の責務でしてよ。心してお聞きなさい、編入生。わたくしはエリザベッタ・フォンテーヌ。フォンテーヌ侯爵家の長女にして、オズワルド殿下の婚約者ですわ〜!」
「……え?」
オズワルドの……婚約者?
彼の口から聞いたこともない話に、思わず首を傾げる。
「オズワルド様からはそんな話聞いたことありませんけど……」
「殿下は恥ずかしがり屋な方なんですの。わたくしのような魅力的な淑女が婚約者だと、周りに言うのがお恥ずかしいのね」
「そうなんでしょうか……」
私が尚も胡乱な目でエリザベッタを見つめていると、取り巻きたちが気まずそうに補足してくる。
「ま、まぁ、正確には婚約者候補、ですわね」
「国内有数の大貴族であるフォンテーヌ侯爵家のご令嬢ですから、婚約確実、と言われていたというだけですわ」
彼女たちの説明を受けて、ようやく合点が行く。
オズワルドのように誠実な人が、婚約者がいるにも関わらず私を好きだなんて言わないとは思っていたのだ。
「あぁ、なるほど。つまり自称婚約者……ということですか?」
「はぁ〜!?誰が自称婚約者ですって!?失礼ですわよあなた!」
エリザベッタが私をビシッと指差して、目を吊り上げる。
「とにかく!このエリザベッタ・フォンテーヌに挨拶もなく、ましてや殿下と仲睦まじいなどという噂のあるあなたを、わたくしが看過するとは思わないことね!身の程というものを教えて差し上げますわ!」
エリザベッタは身に着けていた白いレースの手袋を脱ぐと、ペちっと音を立てて私の足元に叩き付けた。
「さぁ、その手袋を拾いなさい、編入生!このわたくしと、オズワルド殿下を賭けて決闘よ!」
「け、決闘……!?」
時代錯誤な言葉に私が呆けていると、取り巻きの少女たちが私の手に落ちた手袋を握らせてくる。
「おーっほっほっほ!拾いましたわね!」
「ひ、拾ってませんけど!」
「その手に持っているわたくしの手袋が何よりの証拠ですわ〜!……ってあなた、無言で手袋を投げ返して来るのはおやめなさい!マナーというものをご存知ないの!?」
ほとんど反射のような速度でエリザベッタの足元に手袋を投げ返したが、決闘キャンセルは叶わないらしい。
エリザベッタは咳払いをひとつして、再び口を開く。
「決闘は三日後の放課後、剣での一本勝負ですわ。訓練場でお待ちしておりますから、怖気付いて逃げ出さないでくださいまし!」
エリザベッタはそう言い残すと、取り巻きふたりを引き連れて嵐のように去っていった。
「……なんだったんだろう、あの人」
私が呟くと、「災難でしたね」と声が掛けられる。
振り向けば、フードを深く被って目元すら見えない少年が、廊下の壁に凭れかかってこちらを向いていた。
「あなたは……?」
「僕が誰かなんて知らなくていいです。それより、あなたは大丈夫なんですか。フォンテーヌのご令嬢に目を付けられて、決闘なんて受けたりして」
少年は腕を組んで首を傾げる。
「僕にはあなたが戦えるようには……と言うより、重い剣を持ち上げられるようには見えませんが」
「し、失礼ね……。確かに、私も剣で戦った経験なんてないけど……それはさっきのエリザベッタ様も同じじゃないかしら。それとも、あの人はあぁ見えて戦いに慣れているの?」
私が尋ねると、少年は薄く笑う。
「そんなわけ無いでしょう。あの手の人間は、剣どころかカトラリーより重いものなんて持てません。フォンテーヌさんは、おそらく代理を立てるつもりです」
「代理?」
「はい。ロベルタ王国の伝統では、女性が決闘を行う場合に限り、本人が剣を預けた騎士を代理として指名することができます。正直形骸化した風習で、今ではあまり知られていない抜け穴のような手法ですが……あの家はそういった伝統が好きなので、フォンテーヌさんも知っていたのでしょう」
少年はそう言って、私に歩み寄ってくる。
私より少しだけ高い背丈の彼は、フードの隙間から目を覗かせて私を見下ろした。
「この国の伝統を知る由もないあなたに、こんな手法で勝とうだなんて卑怯な手口です。……なので、僕と組みませんか」
「え?」
「僕と組んで、フォンテーヌさんに一泡吹かせましょう。僕を信じていただければ、あなたに勝利をお約束します」
少年の提案に、私は息を飲む。
確かに、勝手にオズワルドの婚約者を名乗るような人にみすみす騙し討ちのような手法で負けるだなんて悔しいに決まっている。
「それは、あなたが私の騎士になるということ?」
「……あなたには、僕が剣の達人に見えますか?名門侯爵家の騎士に打ち勝てるほど、屈強そうに?」
「……ごめんなさい」
少年からそっと目を逸らすと、彼は肩を竦める。
「それはそれでいい気はしませんが。とにかく、僕には秘策があります。……乗るか乗らないかは、あなた次第です」
そう言うと、少年が右手を差し出した。
私は少しだけ逡巡した後、彼の手を握り返す。
「……よろしくお願いするわ」




