13話
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「王立学園、ですか?」
数日後の晴れた日の午後、王城内に貸し与えられた客室でオズワルドと向かい合わせに座りながら、私は首を傾げる。
「あぁ。リリはまだ16だろう?普通なら、まだ学生として学んでいるはずの歳だ。ロベルタの王立学園へ編入するのはどうかと、陛下から提案されているんだが」
「それはそうですけど……でも、私はイグニアス王国からの逃亡者ですよ。それが堂々と学園に通うっていうのは……そもそも、通えるだけのお金がありません」
私が首を横に振ると、オズワルドは少し困ったように眉を下げた。
「リリは、学園には行きたくない?」
「いいえ!私もずっと、学園へ通うことに憧れていて……」
そう言いかけて、慌てて口元を抑える。
まともに勉強していないことが分かったら、オズワルドに幻滅されてしまうかもしれない。
お祈りや奉仕活動で忙しかった、なんて、王子でありながら公務も学業も両立させているオズワルドの前では言い訳にしかならないだろう。
「憧れていて……?イグニアス王国では、学園に通っていなかったの?」
「あの、えぇと……所属はしていたんです。けれど、聖女としてのお勤めが忙しかったというか、その、つまり……」
言葉を詰まらせていると、オズワルドは「大丈夫だ、言わなくていいよ」と席を立つ。
それからゆっくり私の隣へと腰掛けて、「リリ」と私の名前を呼んだ。
ソファが少し軋んで、彼の方へ体が傾く。
「イグニアスで出来なかったことは、全部この国で取り戻そう。学園への憧れも、ひとりの学生としての楽しみも、全部叶えよう。僕と一緒に」
「オズワルド様……」
いつの間にか力の入っていた拳を、温かい彼の手のひらが包み込む。
紫の瞳が愛しげに細められて、私はそれに吸い込まれそうな感覚に襲われて。
目を、瞑る。
「リリっ!今日はオレと遊びに行く約束でしょ!このオレを待たせるなんてどういうつもり……って、なーんだ。この感じ、お邪魔だった?」
ノックもなしに扉が音を立てて開かれたかと思うと、そこにはふんわりとツインテールを揺らすシエルの姿があった。
「あ、シエルちゃん。全然、邪魔なんてことはないわ……!」
「ふーん、その割にはオズワルド様の手なんか握りしめちゃって、離れられなーいって顔」
指摘されて、慌ててオズワルドからパッと手を離す。
シエルはそれを見てくすくすと笑い、「リリってほんとにわかりやすーい」と上機嫌に髪を指で弄んだ。
「あ、その……シエルは、今日から学園に復帰したんだな。久しぶりに制服姿を見たよ」
オズワルドが気まずそうに話題をそらすと、シエルは「あ、そうなんですよ!」とその場で一回転して見せる。
濃いグレーのジャケットワンピース型の制服はデザイン性に優れていて、いかにもお嬢様風の上品な風格を演出している。
膝丈のスカート部分が風を孕んで膨らんで、シエルが正面を向くのに合わせてゆっくりと落ち着いた。
「シエルちゃん、制服かわいいね」
「そうでしょ?王立学園の制服って、王都で有名なデザイナーが手掛けてるんだよね。数年おきに需要や流行を見直して形を少しづつ変えてるから、学園の伝統を守りつつも古臭くないってわけ。まぁ、オレが着るから8割増でかわいいんだけど、ね?」
そう言うと、シエルはパチンとウインクを決める。
「そうだ、シエル。近いうちにリリにも学園に通ってもらおうと思っているんだが、君の見立てで彼女の制服を用意して貰えないかな。女子は校則の範囲内で小物を変えて、個性を出している者も多いように見えるが、僕は生憎そういったことに明るくないから」
「え、オズワルド様、私まだ通うとは……」
オズワルドの言葉を私が否定するよりも早く、シエルはパッと顔を輝かせた。
「え、嘘、リリも学園に通うの!?そういうことなら任せてよ。このオレがリリを学園で一番かわいい女の子にしてあげる!……あ、でも」
シエルは少し考え込むように頬に手を添えると、再び口を開く。
「オズワルド様は、それでいいの?」
「え?」
シエルがローファーの踵をカツカツと鳴らしながらこちらに近づいてきて、正面のソファに腰掛けた。
細い足が優雅に組まれて、シエルはオズワルドの顔を覗き込む。
「詳しくないからって、リリが毎日身につけるものの選定をオレに任せちゃっていいの?後悔しません?」
「後悔って……センスのある者に選んでもらった方が、リリも嬉しいだろう」
「もう、オズワルド様って変なところおバカですね。鈍すぎ。確かに、オレが選べば間違いはないけど。それでも女の子からしたら、好きな人に選んでもらったもので毎日を過ごせる貴重さには代えられないんじゃない?」
シエルがかわいらしく首を傾げると、オズワルドが小さく息を飲む音が聞こえた。
「それにオズワルド様、好きな女の子が他の男の選んだもので飾られていてもいいの?」
「シ、シエル……」
「オレってばこんなにかわいいから忘れられちゃうのも仕方ないんだけど、ちゃーんと男の子なんだからね」
オズワルドが目を見開いて、それを見たシエルがいたずらっぽく笑う。
「うかうかしてると、オレがオズワルド様のライバルになっちゃうよ」
それだけ言って、シエルは席を立った。
ふわりと甘い香りを残して去っていく彼に、オズワルドが細く息を吐き出す。
「……全く、いつの間にシエルもあんなことを言うようになったのか」
オズワルドはくしゃりと頭を搔いて、少し力なく笑った。
「ねぇ、リリ」
それからこちらを伺うように小さく名前を呼んで、こちらを見てくる。
「はい、なんでしょう?」
「シエルに発破を掛けられた後で、こんなことを言うのも情けないんだけれど……君の制服、僕に選ばせてくれないか。僕の選んだもので、君を飾らせて欲しい」
そんな風に言われて、断る理由なんてなかった。
彼が私のためだけに選んでくれたものを毎日身に付けられるのだと思うと、酷く浮き足立つような心地だ。
「……ぜひ、よろしくお願いします」
私が含羞むと、オズワルドは嬉しそうに「あぁ、任せて欲しい」と眦を下げた。
***
「ねぇ、聞いた?今日からオズワルド殿下が学園に復帰されたそうよ」
「あぁ、聞いたよ。エバノで起きていた若い女性たちの失踪事件を解決してきたんだろ?やはり殿下はご立派だ、俺も早くあぁなりたい……」
その日、ロベルタ王立学園はふたつの噂で持ち切りだった。
ひとつはこの国の若き王子、オズワルド・ロベルタが、進級してからの1ヶ月近い休学から復帰したという噂。
彼の休学が決まった当初、そこに通う生徒たちに事情が説明されることはなかった。
しかし、真面目で優秀な王子殿下のことだ。
なにかのっぴきならない事情があるのだろうと誰もが予想していた。
休学が明けてみれば、彼はここ暫くの間新聞を賑わせていたエバノの街の連続失踪事件を解決したと言うじゃないか。
やはり殿下は優秀で、国民想いの素晴らしい御仁だ。
生徒たちは口を揃えてそう言って、この国の未来が輝かしいものになると確信していた。
「それもあるけど……もうひとつの噂、知らない?」
朝のホームルーム前、生徒たちの話し声が溢れる教室の端で話していた女子生徒が、声を潜める。
「知らないな。どういう噂だ?」
男子生徒が聞き返すと、女子生徒は彼の耳に口を寄せた。
「……殿下が登校されたとき、見たことない女子生徒をエスコートしてたって。それも、とても親密な様子だったそうよ」
「え!?殿下が!?」
「しっ!声が大きい!」
もうひとつの噂は、そんなオズワルドが連れてきたとされるひとりの少女について。
「だが、殿下の婚約者を選定しているなんて話は聞かないぞ」
「だから、余程秘密裏に選ばれた相手なのか、若しくは……」
「若しくは?」
女子生徒は勿体ぶるように一度口を噤み、それからもう一度話し出す。
「相手は身分違いの恋人で、殿下が禁断の恋に溺れているか、ね」
「はぁ!?」
女子生徒の突拍子もない言葉に、男子生徒は大きく仰け反る。
「おま、お前なぁ!いくら殿下が寛大なお方でも、言って良いことと悪いことが……え、ちなみに、どんな子?」
「なんでちょっと気になってるのよ……えぇと、噂によれば、朝日を溶かしたような金髪に、ルビーのような瞳。華奢な体躯に天使のごとき微笑みを浮かべた美少女……って、鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ!」
ゴツ、と頭を小突かれて、男子生徒が「うげっ!」と呻く。
「とにかく、もし見慣れない顔の女の子を見かけても、絡んじゃ駄目よ。殿下のお気に入りに下手に声でも掛けたら、あんたみたいな零細子爵家の次男坊なんて、一瞬で打首……」
「怖いこと言うなよ!そんなことしねぇよ!」
男子生徒が思わず立ち上がったその瞬間。
ガラリとドアが開いて担任の教師が入って来た。
「ルートヴィヒ・ネルソン子爵子息。何事です、朝からそのように取り乱して」
「げ、ニコちゃん先生」
「ニコちゃん先生ではありません。ヘンダーソン先生とお呼びなさい、と何度も言っているはずですが」
ストレートの腰まである水色の髪に、銀縁の眼鏡。
高等部1年A組の担任を務めるニコラ・ヘンダーソンは、薄氷のような冷たい美貌の、冷たい性格をした女教師だった。
「うぃーす、ごめんなさい、ニコちゃん先生」
「ですから……!コホン、まぁいいでしょう。皆さん、席に着きなさい。今日は皆さんに連絡があります」
ニコラが教壇に立って、生徒たちは皆静かに席につく。
「連絡ってなんですか?ニコちゃん先生の結婚?」
「しません」
冷たく切り捨てられた男子生徒……ルートヴィヒが「違うかぁ」とため息をつくと、教室にどっと笑い声が響く。
生徒たちが静かになるのを待って、ニコラは口を開いた。
「連絡というのは……今日から、このクラスに編入生が来ます」
「えぇっ!?」
その言葉に、教室内は再びどよめきだす。
それもそのはずだ。
王立学園は中高一貫校。
高等部には基本的に、内部進学者しかいない。
それに、王侯貴族から平民まで、広い身分に門戸が開かれてはいるが、その入学試験は国内でも難関の部類に入るのだ。
そんな条件下で、高等部1年生の5月から編入してくるなど、余程のわけありでなければ有り得ない。
ルートヴィヒは隣に座る女子生徒……カトリーナ・エバンズに視線を送り「もしかして」と口パクする。
カトリーナも同じことを思ったのか、こくこくと頷き返してきた。
「それでは、入って来なさい」
ニコラが呼びかけると、教室前方の扉が小さく音を立てて開く。
「……初めまして」
そしてそこから顔を覗かせたのは。
「金髪赤目に天使の微笑み……」
今朝王子にエスコートされて登校してきたと噂の、儚げな美少女だった。




