12話
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「わぁっ、ここがロベルタ王国の王都……!」
馬車の車窓から、レンガ造りの建物が目立つ街並みを見下ろして、私は思わず歓声を上げた。
「そう!ここはロベルタ王家のお膝元。食べ物、文化に芸術作品、なんでも揃う街!ふふん、だから言ったんだ。リリもすぐに気に入る、って」
自信満々に胸を張って、ふんわりとツインテールを揺らすシエルに、セストは「まぁ落ち着け」と呆れた顔で声をかける。
エバノの街での視察を終え、私はオズワルドたちに連れられてロベルタ王国の王都まで移動してきた。
エバノの街は冒険者たちの拠点なだけあって、周りが城壁に囲まれるなどどこか無骨な、荒々しい雰囲気が残る街だったが、今私たちがいる王都はまた雰囲気が異なっている。
街の中心には白亜の城と名高いロベルタ王城が聳え立ち、そこから同心円状に家々や店が立ち並ぶ。
街のあちこちに噴水や広場があって、優雅で上品な景観は王都ならではだ。
「エバノの機能性抜群な冒険者服もいいけど、やっぱりお茶会や舞踏会で着るなら、王都のドレスだよね。仕立ての良さも流行もバッチリ。オレは今シーズンのを追加で注文してくるけど、リリも来るでしょ?」
シエルが私の袖を掴んで「ね?」と首を傾げるのを見ると、思わず頷きたくなってしまうが、私にはこのあと外せない重要な予定があった。
「シエル、あまりリリを困らせないでくれ。彼女はこれから、陛下との謁見が控えているんだ」
オズワルドが助け舟を出してくれたので、私は慌てて頷く。
「ごめんね、シエルちゃん。それが終わったら、王都の案内を頼んでもいいかな」
ドガース捕縛の際に顔を合わせた騎士団長、ハロルドを介して、イグニアス王国を追放された私がオズワルドと同行していることはロベルタの王にも報らされているらしい。
王都に戻ったら一度会う機会を設けたいと、直々に声が掛かったのだ。
「ちぇ、仕方ないな……なら、明日のお昼からはオレに付き合うこと。いい、約束だよ。例え陛下に誘われても、オレを優先しなよね」
ぷくっと頬を膨らませ、シエルがそう言う。
「おい、わがまま言うな!」
「わがままじゃないし、予約しただけ」
セストに怒られてそっぽを向くシエルにもう一度「ごめんね。また明日ね」と声をかけ、オズワルドと向き合う。
「……やっぱり、緊張しますね。陛下に謁見だなんて、イグニアス王国でも滅多に無かったので」
「しかし君は、キース殿下の婚約者だったのでは?」
オズワルドが不思議そうに首を傾げるので、私は曖昧に頷く。
「婚約者と言っても、形だけのものです。イグニアスの国王陛下にお会いしたのは数える程度ですし、キース殿下ご本人も、自分から教会にいらっることはほとんどありませんでした」
「それは……」
彼の視線が可哀想なものを見るようなものに変わったのを察知して、私は明るく笑った。
「けれど、その分たくさんの方を治癒出来ました。初めから愛がないと分かりきっている婚約者と義務的で生産性のない時間を過ごすより、奉仕活動の方が何倍も有意義ですから」
「リリ……」
笑い話のつもりだったのに、馬車の空気がなんとも言えないどんよりした重みを帯びる。
「え、どうしたんですか、皆さん。私、何か変なこと……」
不安になってそれぞれの顔を見ると、視線が合ったシエルにぎゅっと抱きつかれた。
「もー!何そいつ、ほんとに有り得ない!オレのリリにこんな顔させるなんてさ、イグニアスの王子だかなんだか知らないけど、今度会ったら赤ワインでも引っ掛けてやる!」
「そんな、国際問題……」
シエルの過激な言葉に面食らっていると、セストまで「それは名案だな」と頷く。
「えっ、ちょっと、セストさんまで!」
「婚約者の聖女様を蔑ろにするなんて、到底紳士のすることじゃないだろ。頭からワインを被るくらいしなけりゃ、目は覚めないんじゃない?」
「辛辣……」
散々扱き下ろされるキースに、少しだけ憐憫を覚えた。
けれど同時に、私のことを心配して思いやってくれる人がいる現状が、なんだかとてもくすぐったくて、嬉しい。
「リリ、そんな馬鹿な王子がいる国なんて帰らないでよね。お前はここで幸せになったらいいよ。行く宛がないなら、オレが雇ってあげる。専属の侍女になって、毎日一緒におやつを食べるの。そしたら、兄さんやオズワルド殿下ともずっと友達のままでいられるよ。ね、いいでしょ?」
私の腰に抱きついたまま、シエルがそう言った。
シエルの侍女になれば、きっと私は幸せになれるだろう。
朝から紅茶を淹れて、食事を出して、シエルの勉強を手伝って。
それから午後のお茶の時間は、手作りのお菓子を出してシエルとふたりで机を囲む。
時折セストやオズワルドも顔を出して、この旅の思い出話をいつまでも語り続けるのだ。
オズワルドへの淡い気持ちに封をしなければならないのは、少し辛いけど……元々彼と私では、住む世界が違う。
それでもそばにいられるだけで、望外の喜びだろう。
そんな幸せな空想に浸りかけたところで、「それは……困るな」とオズワルドが小さく呟いた。
「え?」
「リリとは、友達ではいたくないから」
切なそうな顔をして、オズワルドが私の頬に手を添えた。
「リリにはもっと、僕を近くで見ていて欲しい。友達じゃ、足りないな」
彼の紫の瞳が、静かに熱を宿して揺れた。
そのあまりに深い色合いに引き込まれそうになって、ごくりと息を飲み、目を瞑る。
それから、オズワルドが顔を近づけてきて……
「ちょーっとストップ!これ以上は子供には刺激が強すぎる!シエルもいるんだから自重してくださいね、殿下!」
「いたっ」
目を開くと、オズワルドは苦い顔をして頭を抑えている。
セストから軽く小突かれたのだとわかって、可笑しくなって笑ってしまった。
「ちぇ、いいところだったのに。兄さんってば潔癖、だね?自分は普段から女の子侍らせてるのにね?」
「俺のことは今関係ないだろ!……っていうか、なんでお前はノリノリで鑑賞してるんだよ、もっと恥じらいをもて!」
「別にいいでしょ、オレももう子供じゃないんだからさ」
べーっと舌を出して挑発するシエルに、セストが「腹立つ……」と睨みながら呟く。
そんなこんなで、気づけば馬車はロベルタ王城の敷地内に入っていた。
私という非公式な客人を乗せているのもあって、馬車は裏口に止まる。
「さぁ、お手をどうぞ、聖女様」
「や、やめてください。いつも通り、リリと」
「ふふ、すまない、リリ。それじゃあ行こうか」
オズワルドのエスコートで馬車を降り、私はロベルタ王城へと迎え入れられた。
***
ロベルタ王国は、麗しき女王の治める国である。
30年前、先代国王が早くに崩御したあと、まだ18歳だった当時の第一王女がその冠を引き継いだ。
ただでさえ小さな国土に、高度に発展しているとは言い難かった文明。
そんな国を治めるのが若く美しい女だと言うのも相まって、ロベルタ王国を侮る他国は多かったという。
しかし、彼女は持ち前の優れた頭脳と豪胆な性格、時には騎士顔負けの洗練された剣の腕を惜しみなく使って、ものの10年足らずでロベルタ王国を列強国のひとつに押し上げた。
生活の水準は上がり、貧しい農地を耕すだけだった国民は商いを始めた。
今やロベルタ王国は、この大陸の流通の拠点だ。
大陸随一の大国であるイグニアスに次ぐ国力を瞬く間に手に入れたロベルタ王国に、周辺諸国は手のひらを返す。
ロベルタ王城には連日使者が訪れ、贈り物が届いた。
城下では、女王を礼賛する詩が毎日詠われた。
近代稀に見る名君、それがロベルタ王国女王、ダイアナ・ロベルタだった。
「ロベルタの沈まぬ太陽、ダイアナ陛下にご挨拶申し上げます」
借り物の高級そうなドレスに身を包み、昔少しだけ習ったマナーを必死で思い出しながら、私は謁見の間でカーテシーを披露する。
「顔を上げなさい」
凛とした女性の声に促され、私は静かに顔を上げた。
謁見の間の最奥、数段高くなった玉座に深く腰掛けるのは、壮年の女性。
紺のドレスは夜の空よりも深く、彼女の気品を最大限に高めている。
彼女の隣には正装に着替えたオズワルドが控えていて、普段のややラフな格好しか知らない私は、こんな状況下でなければゆうに数分は見蕩れてしまったに違いない。
オズワルドと同じ銀髪に紫の瞳を持つ怜悧なその美女……ダイアナは、紅く色付いた唇をゆっくりと開く。
「あなたがイグニアスの聖女ね」
「お恥ずかしながら、その称号は過去のものでございます。今はただの旅人、どうかリリとお呼びください」
私がそう言うと、ダイアナは鷹揚に頷いた。
「では、リリ。あなたの活躍は騎士団長から聞き及んでいます。人身売買という禁忌を犯した不埒者の捕縛に、大きく貢献したとか。この国の長として、感謝いたします」
ダイアナが綺麗な微笑みを浮かべるのを見て、私は「とんでもないことです」と返す。
「こちらこそ、オズワルド殿下には道中大変よくしていただきました。彼だけでなく、ヘルマー公爵家のご子息方、エバノの冒険者たち、そして街の人々の温かさに感じ入っております。厚く御礼申し上げます」
「ふふ、人も景色も良い国でしょう、ロベルタは。私の最愛、自慢の故郷です。……まぁ、オズに関しては単なる親切ではないのでしょうけど」
いたずらっぽく目を細めるダイアナの横で、オズワルドが慌てたように「陛下……!」と声を上げた。
「謁見の間で声を張り上げるだなんて、はしたないわよ。……でも、そうね。オズが彼女を気に入るのも理解できます。品があって、謙虚で、それでいて心根は清らかでかわいらしいもの。この国で保護したいというあなたの気持ちも、母としては支持したい。……ですが」
ダイアナはそう言うと、手元の扇を開いて口元を覆う。
「一国の王としては、大国イグニアスとの火種になりかねない存在を自国に抱え込むのは、いささかリスキーだと言わざるを得ません」
オズワルドよりも深い色合いの紫の瞳は、私を捉えながら眇められている。
私は緊張と威圧感に気圧されそうになりながらも、背筋を伸ばして頷いた。
「……はい、陛下のお考えはごもっともです。私はイグニアス王国を追放された身。生きていることが分かればすぐにでも追っ手が来ると思います。大恩あるロベルタ王国を、私の事情に巻き込むわけにはいかないとも」
「リリ……」
オズワルドが私の名前を呼ぶのが聞こえた。
悲しそうに瞳を揺らしながら、言葉を選んで迷っている様子の彼に目だけで笑いかけて、私は再び口を開く。
「ここまでオズワルド殿下と旅ができただけでも、私にとっては僥倖でした。……すぐに、この国を……」
「待ちなさい」
この国を出ます、と言い切るより早く、ダイアナの穏やかな声が響いた。
「早合点はいただけませんね。私はただ、リスキーだと言っただけ」
「え……?」
「あなたには、リスクを考慮してもこの国に留まってもらうだけの価値があります」
彼女の言葉に、私は首を傾げる。
「それは、私の聖女としての力ということでしょうか。もちろん、それが恩返しになるのなら……」
「いいえ、あなたが聖女として生きていくことに不安があるというのは、オズから聞きました。それを強引に使わせるようなことは、私の信念に反します。リリ、あなたは、無理に聖女として生きなくてもいいのですよ」
ダイアナはそう言って、長い足を組み直す。
「ロベルタはイグニアスとは違い、古来から強襲してくる魔物たちと戦って、国土を守ってきました。聖女の結界があってもなくても、この国の民は今と変わらず、国を守るために戦うでしょう。国防を、あなただけに任せるなんて無責任なことはしません」
「ですが、神聖力が無ければ私に価値なんて……」
リリネットとしての人生には、聖女として必要な知識とお祈りの時間、それから神聖力しか詰め込まれてこなかった。
聖女でなくてもいいなんて言われても、私にはそれ以外の生き方が分からない。
「私が思うにあなたの真の価値は、その深い慈愛の心。困っている者を見返りなしに助けることができる、稀有な心です」
ダイアナはそう言って目を瞑る。
「攫われた女性たちの為に囮になったことも、オズたちを身分も知らずに魔物から助けたことも、私が知る限りのあなたはずっと他人のために無茶をしています。あなたに価値があると言ったのは、聖女だからではありません。ひとりの人として、尊敬に値すると思ったのです。……まぁ、その美しい在り方が聖女の素質だと言うのなら、あながち間違ってはいないかもしれませんが」
ゆっくりと瞼を開けて、ダイアナが私を見下ろす。
その目に厳しい色は浮かんでおらず、ただ慈しむように穏やかな空気だけが流れていた。
「ありがとう、ございます……」
くすぐったいような、恥ずかしいような感覚で、言葉が上手く出てこない。
「改めて、リリ。ようこそロベルタへ。我が国は、あなたを歓迎します」
微笑みを浮かべながら、ダイアナが優しく宣言した。
第二部、ですわ




