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追放された元聖女は、隣国で溺愛されるので祖国には戻りません。  作者: 吉野みか
冒険者の街、エバノ

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13/21

11話

本日2話投稿しています(2/2)

「お、その顔だとネージュ伯との話はいい方向で纏まったみたいだな」


 ネージュ伯爵邸から出ると、正面の通りにはセストとシエルの乗った馬車が迎えに来ていた。

 セストが声を掛けると、オズワルドは大きく頷く。


「あぁ、ドガースの件については彼女も大きな責任を感じているようだった。処遇はこちらに一任して貰えたよ。ただ……」

「ただ?」

「……ネージュ伯は、いたくリリを気に入っていた様子だった」


 そう言いながら、オズワルドは苦々しい表情を浮かべる。

 それを見て、セストはぷっと吹き出した。


「そういや、ネージュ伯のとこの御子息って言えば王立学園の首席だったな?」

「……」

「容姿端麗成績優秀、おまけに未だ婚約者がいない。母親であるネージュ伯がリリちゃんを気に入ったって言うなら、年頃の息子の婚約者としてって話も……」

「セスト……!」


 オズワルドが恨みがましい目でセストを見ると、セストは肩を竦めながら笑う。


「おぉ、怖。そんな顔するなって。第一、ネージュ伯の子息はシエルの同級生だ。たった13歳のガキ相手に何を焦ってるんですかねぇ、うちの王子殿下は」


 揶揄うようなその言葉に、オズワルドはくしゃりと頭を搔く。


「……わかってる」

「それがほんとにわかってる男の顔かよ……ま、とにかく一番の山場は乗り切ったんだ。今日一日くらい、息抜きしても許されるんじゃないか?」


 セストが気を取り直すようにそう提案すると、隣でシエルが「賛成っ!」と手を挙げる。


「じゃあオレ、新しくできたカフェに行きたい!それから今エバノに興行に来てる劇団のお芝居も見たいし、ディナーは街一番のレストランがいい!」


 頬を赤くして一気に捲し立てるシエルに、セストはギョッとした顔になる。

 

「おいおい、何本気で遊ぼうとしてるんだよ。仮にも視察だぞ」

「息抜きって言ったのは兄さんの方でしょ。あーあ、昨日あんなに危険を犯して敵陣に乗り込んでいった勇敢な弟のことも甘やかせないなんて、器の狭い男!ねぇオズワルド様、いいでしょ、オレとリリへのご褒美!ね?」

「お、お前、殿下に……」


 セストが止めるよりも早く、オズワルドは困ったように笑いながらシエルの肩に手を置いて頷いた。


「あぁ、今日はシエルの行きたいところに行こう。街の流行りに疎い僕が案内するより、リリも楽しめるだろう」

「やった!流石オズワルド様、話がわかるよね。どっかのバカ兄とは大違い」


 したり顔でセストをチラ見してから、シエルは私の手を掴む。


「じゃあリリ、今日はちゃんとオレに着いてくること。絶対退屈させないから、ね?」

「うん、お願いします、シエルちゃん」



 ***



 その後、私たちはシエルの案内でエバノの街を巡り尽くした。


 若い夫婦が営むオープンしたてのカフェは、季節の果物をふんだんに使ったタルトが美味しかった。

 ギルドの正面にあるメインストリートでは、色んな出店を回って食べ歩きをしたあと、シエルとお揃いのブローチを買った。

 歴史ある劇団の興行では、オズワルドたちの顔を見るなり慌てた様子の支配人が急遽ボックス席を用意してくれて、そこで4人で並んで観劇した。

 夕飯は街一番のレストランの窓際の席で、ちょうど沈んでいく夕日を見ながらおなかいっぱいまで食べた。


「はー!遊び尽くした!」


 満足そうな顔で伸びをするシエルに、セストがはぁ、とため息をつく。


「ほんとだよ。流石、子供の体力は無尽蔵だな」

「まさか兄さん、こんなので疲れたなんて言わないよね?情けなーい」

「誰が疲れたって言ったよ。俺はこのまま宿まで走って帰っても余裕」

「ふーん、じゃあ走れば?オレはオズワルド様とリリと一緒に馬車で帰る」

「てめぇ……」


 ケラケラ笑うシエルに、セストが半目になる。


 そのあともいくつか戯れ合うような口論をしながら、迎えの馬車に乗り込んで宿へ向かった。


「リリ、疲れてはいないか?」


 宿へ着いて、馬車を降りようとすると、先に降りていたオズワルドが私に手を差し伸べてくれた。


「ありがとうございます。大丈夫です」


 そう言いながら彼の手を取って馬車を降りると、足がふらついて少しだけよろめいてしまう。


「あっ」


 傾いた私の体を、オズワルドが受け止めてくれる。


「大丈夫か?」

「は、はい」

「やはり少し無理をさせてしまっただろうか」


 心配そうな顔でこちらを覗き込んでくるオズワルドに、私は慌てて首を横に振った。


「そんなことないです!えっと、そりゃあ多少は歩き疲れたかな、とは思うんですけど……それ以上に、みなさんと街を歩くのがとても楽しくて……疲れたって言っても、すごく心地のいい疲労感で……とにかく、無理なんてしてません」


 私がそう話すと、オズワルドは優しく目を細める。


「そうか。それなら良かった」

「はい、ありがとうございます」

「ふふっ」


 思わず、といった様子で笑みを零すオズワルドを見つめれば、彼は「すまない」と口元を抑えた。


「君をバカにしている訳では無いんだけれど。ただ、今日が楽しかったのだと話してくれる君を見て、本当に……かわいいな、と」


 オズワルドの紫の瞳が、愛おしげな熱を帯びながらゆっくりと私を捉える。

 その眼差しには、目を逸らせなくなるほどの情熱が見え隠れしていて、私は息を飲んで彼を見つめ返した。

 ドクドクと高鳴る心音が彼にまで聞こえてしまいそうで、ぎゅっと手を握りしめる。


「あぁ、駄目だよ、そんなに力を入れたら。手が傷ついてしまう」


 力を入れていた指がそっと解かれて、オズワルドの長い指が絡まる。

 親指でするりと手を撫でられて、頬に熱が集まった。


「今回は、本当にありがとう。リリの作戦のおかげで、多くの女性たちが助かり、卑劣な犯罪者を捕らえることができた。君の勇気と正義感に、心からの感謝を」


 オズワルドはそう言うと、私の手を掬い上げて触れるだけの口付けを落とす。

 小さなリップ音がやけに耳に響いて、どうしようも無い感情に逃げ出したくなった。

 けれど、それが不快なものだとは決して思えなくて、自分の感情が自分のものでなくなるような感覚に頭がおかしくなりそうだ。


「僕は初めに、僕たちに君を守らせてほしいと言ったけど……それを、撤回してもいいかな」


 私の顔を伺うように、彼は静かにそう尋ねてきた。


「それは、どういう……」

「自分の身も顧みず、他人のためなら平気で危険に飛び込んでいく君は、本当に清らかで美しい。けれど、そんな君を見て思ったんだ……どこまでも優しすぎる君を守るのは、他の誰かじゃなく僕がいい。僕だけが、君を守りたいんだ」


 真っ直ぐな眼差しが、私を射抜く。


 ここまで言われてしまったら、私だって気付かないふりはできない。

 これは、彼のこの言葉は社交辞令や聖女に対するリップサービスなんかじゃなくて、私自身を見て出た言葉だ。


 彼は、多分……私のことが、好きなんだ。


「それ、は……」

「君に、僕と同じだけ僕を想って欲しいなんてわがままは言わない。僕がこうして君を想うことだけ、拒まないでいてくれたら、それで……あぁ、でもあわよくば、リリの瞳に映るのが僕だったら、この上ない僥倖だ」


 愛しげに細められた双眸に、私は浅く息を繰り返す。


「ねぇ、リリ。君が好きだ。どうか僕に、君をいちばん傍で守る栄誉を与えて欲しい」

「オズワルド様……」


 オズワルドに出会ってから、彼はずっと私に優しくて、寄り添っていてくれた。

 私の身を私以上に心配してくれて、守ろうとしてくれて。


 そんな人、イグニアス王国にはいなかった。

 そんな優しさ、誰にも与えられたことがなかった。


 前世の記憶を含めれば、家族や恋人、友人たちと笑いあった記憶はある。

 愛が何か知らない訳じゃない、と思う。

 けれど、リリネットとしての人生に、そんな暖かい記憶はほとんどなかった。


 いつも誰かのために奉仕して、祈りを捧げて、それに見返りや感謝は与えられなくて。

 いつしか私自身も、そうすることが当たり前なのだと思っていたけれど。


 オズワルドは、その姿が美しいと言う。

 彼自身がそれを守りたいと言う。


 そんな底なしの愛情を与えてくれる彼を、好きにならない方が難しい。


「オズワルド様、私、私も……あなたが、好きです」


 消え入りそうなくらい、小さく掠れた声だった。

 それでも、オズワルドは私の言葉を聞き逃さなかった。


「……本当に?」


 信じられない、とでも言うような声で、彼が聞き返す。

 私がこくこくと頷くと、オズワルドは「……ははっ」と声を漏らした。


「……まるで夢みたいだ」

「夢?」

「前に、イグニアスへ外交へ行った時に君を見かけたと言っただろう?その時から、僕は多分君に惹かれていた。君の献身や慈愛の心が、社交で荒んでいた僕には酷く眩しく見えたんだ」


 そう言いながら、オズワルドは何かを思い出すように目を瞑る。


「だから、あの時あんなに遠くで輝いていた君が、こうして僕の傍に居てくれるなんて、とても信じられなくて」


 彼の手放しの賛辞に、くすぐったい気分になる。


「でも、夢じゃないんだな」


 今までよりワントーン低い声でそう言ったかと思うと、オズワルドはいきなり私の手を引いてその胸に抱き寄せた。

 

 彼の両腕が背中に回されて、優しく、それでいてしっかりと抱き締められる。

 細身に見えていた彼の身体は思っていたよりも筋肉質で、胸に耳を近づければドクンドクンと強く心臓が脈打っていた。

 このドキドキが私だけのものじゃないことに、少しだけ可笑しくなる。


「……ふふっ」

「どうした、リリ」


 柔らかく頭を撫でられ、私は口を開く。


「オズワルド様、ドキドキしてます」

「……それは、するだろう。好きな人が、僕の腕の中にいる。男にとってそれがどれほどの意味を持つのか、君はわかっていない」


 拗ねたような声色の彼に私はもう一度笑って、すり、と頬を寄せた。


「でも、私もしてるんです。こうしていられるのが、夢みたいで」

「リリ……」


 見上げれば、ちょうどこちらを見下ろしていたオズワルドと目が合った。

 視線が絡み合う、とはこういうことを言うのだろうか。

 お互いに目が離せなくなって、どちらからともなく顔が近づく。

 息が顔にかかる距離になって、目を瞑って、そして。


 柔らかな感触が、唇に触れた。


 背中に回された彼の腕に一層の力が込められて、少しだけ苦しい。

 しかし、今はそれさえも心地よく感じられる。


 一瞬にも、永遠にも感じられる時間が過ぎて、そっと温もりが離れる。


「……リリ」


 低い声で名前を呼ばれて、目を見ると彼は蕩けるように相好を崩した。


「かわいい」


 そう呟いた彼の頬がほんの少し赤らんでいるのを、私はきっと、ずっと忘れられないだろう。

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