10話
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「そこまでにしてもらおう、ドガース卿」
部屋のドアが音を立てて開かれ、大勢の騎士たちが流れ込んでくる。
その先頭で指揮を執るのは、オズワルドだ。
「な、なんだ貴様らは!」
狼狽した様子のドガースが声を荒らげると、騎士の中でも一際体格の良い壮年の騎士が一歩前へ出た。
「王国騎士団だ。ドガース・ジェフリー、貴様を人身売買禁止法違反、及び3年前の連続殺人への関与の疑いで逮捕する」
その騎士がそう言うと、部下らしき他の騎士たちが動いてドガースを拘束する。
床に膝をつかされ、両腕を拘束されたドガースが憎々しげにこちらを見た。
「小娘、貴様、謀ったな!イザベラも共犯か!」
「はい、イザベラさんの証言で、あなたが人身売買をしていることはわかっていましたから。あとは証拠が必要でしたが……全て自白してくれて助かりました」
私はアイテムボックスから起動したままのスマートミラーを取り出す。
これでドガースの話したことは全てオズワルドたちにも共有されており、通信先で騎士団も控えて、録音してもらってある。
ドガースの独白と、彼がイザベラに渡したオークション会場への紹介状が動かぬ証拠となるだろう。
「クソ、クソッ!」
ドガースが暴れようとするが、屈強な騎士に挟まれていては身動ぎもままならない。
「私はエバノの冒険者ギルドの副ギルド長だぞ!私を逮捕すれば、ギルドを敵に回すことになる!ギルド長とて、黙ってはおらんぞ!それでもいいのか!」
力での抵抗は叶わないと見たのか、ドガースはそう叫んだ。
「エバノの冒険者ギルドのギルド長であるネージュ伯から、既に貴様への伝言を預かっている。曰く、罪を償うまでは、二度とエバノのギルドの敷居は跨がせぬ、と」
「な、な……!?」
頼りにしていたギルド長の後ろ盾すらも無くした今、ドガースを守るものは何も無い。彼はただ現実に打ち拉がれ、がっくりと項垂れた。
「連れて行け」
体格のいい騎士が指示を出し、ドガースは引っ立てられて騎士に挟まれたまま屋外へと引き摺り出される。
彼は人身売買を行っていた極悪人とは思えないほど、小さな背中をしていた。
「リリ。遅くなってすまない、怪我は無いか」
ドガースが連れ出されると、すぐにオズワルドが駆け寄ってきた。
ドガースに向けていた厳しい視線は鳴りを潜め、ただ私の身を案じるように紫の瞳が揺れている。
「平気ですよ。何もされていませんし」
「だが、腕があざになっている」
彼は先程までドガースに握られていた私の右腕にそっと触れると、恐る恐ると言った具合に少し青くなった部分を撫でる。
「本当だ。気づきませんでした」
前世で普通に生きている間は遭遇したことの無い大捕物だったのだ。ドーパミンが分泌されっぱなしだったようで、見た目には痛々しいが、さして痛みは感じない。
「君はいささか、自分の痛みに無頓着なところがあるな」
彼は心配そうに目を伏せ、そう呟く。
「君が傷つかないように、僕がいつも傍で見ていられたらいいんだが」
「ふふ、過保護ですよ、オズワルド様」
私が笑うと、彼は首を横に振る。
「君が傷つくくらいなら、僕が過保護だと笑われた方が何倍もいい。だから、心配させて欲しいんだ」
そう言った彼の瞳は真剣そのもので、どうしてそこまで、なんて疑問を口にするのは憚られた。
「……ありがとうございます」
素直にそう返せば、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ご歓談中、失礼します。貴殿がオズワルド殿下の仰っていた聖女殿でしょうか」
そこに声を掛けてきたのは、先程騎士たちの指揮を執っていた壮年の騎士だ。
団服や胸章が立派なことから、一目で地位のある騎士なのだと推察できる。
「この度はドガース・ジェフリーの捕縛にご協力いただき、感謝いたします。不肖、ハロルド・ゼファー、聖女殿にご挨拶申し上げます」
彼は胸に手を添えて深々と紳士の礼を取ると、穏やかな笑みを浮かべた。
「紹介しよう。ハロルドはロベルタ王国騎士団の団長だ。今回も、女性冒険者の連続失踪事件の解決の糸口を掴んだと話したら、快くドガースの捕縛に協力してくれた」
オズワルドがそう説明すると、騎士団長は「以後お見知りおきを」と頭を下げる。
「聖女殿の置かれた状況に関しては、オズワルド殿下から聞き及んでおります。ロベルタ王国騎士団は、万全を期して聖女殿をお守りする所存です。どうかご安心ください」
「ありがとうございます、心強いです」
ロベルタ王国で保護してもらう、と軽く考えていたが、騎士団長に遜られてしまうと思ったより大事になってしまったのではないかと冷や汗が流れる。
だが、心強いのは確かだ。
これも心配性なオズワルドの厚意なのだろうし、ありがたく受け取ることにしよう。
「これより、騎士団は半分がドガースの護送のため先行し、もう半分はオズワルド殿下に随行して、視察が終わるまでエバノの街に滞在します。もちろん、王都への帰路も護衛いたしますのでご安心を」
「そうか、わかった。しかし、今夜はもう遅い。僕と同行する部隊は宿を取って休んで欲しい。明日は今日の件をギルド長と共有したいと思う」
「承知いたしました。それでは、私は部隊の再編を行いますのでこれで」
「あぁ、よろしく頼む」
そう言って、騎士団長は頭を下げると機敏な動作で部下たちの元へ戻っていく。
「僕たちも、今日は切り上げよう。明日はネージュ伯の屋敷へ行くことになるだろう。君も同行してくれるか?」
「はい。実際にドガースの話を聞いた私がいた方が、きっと都合がいいでしょうし」
「ありがとう。それじゃあ、宿へ帰ろうか」
オズワルドが手を差し伸べて、私はその上に自分の手をそっと添えた。
***
「ようこそ、オズワルド殿下、そしてお連れ様。この度はエバノの街までようこそおいでくださいました」
翌朝、品の良い調度品に囲まれた屋敷で、穏やかな笑みを浮かべて私たちを出迎えたのは、上品なドレス姿の貴婦人だった。
オズワルドに続いて、私も案内された部屋へと入る。
「わたくしが、エバノ領主ネージュ伯、ヒルダ・ネージュでございます」
冒険者で栄える町の領主と聞いて、てっきり屈強な軍人タイプの男性が領主だと思っていたのだが、ヒルダは物腰の柔らかな線の細い女性だった。
「ネージュ伯、今日はエバノ冒険者ギルドの副ギルド長、ドガース・ジェフリーの処遇について、話し合いをさせていただきたい」
オズワルドがそう言うと、ヒルダは鷹揚に頷く。
「えぇ、えぇ。存じ上げておりますとも。わたくしに出来ることでしたら、何なりと」
彼女は私たちにソファを勧め、そばで控えていた使用人たちが温かな紅茶を淹れる。
「昨晩、ドガースが人身売買禁止法違反と3年前の連続殺人への関与で捕縛されたのは知っての通りだ。今から話したいのは、彼の今後の処遇について。おそらくは終身刑となるだろう」
「ギルドとしては、威信に関わる重要問題ですわ。ドガースを厳罰に処すと共に、わたくしにも、監督不行届の罪があります。殿下のお考えの通りに、罰を受け入れる所存です」
ヒルダはそう言って目を伏せる。
「確かに、ドガースのような輩を長くギルドの中枢に関わらせていたのは問題になるだろう。だが、3年前の事件にせよ、今回の事件にせよ、ネージュ伯の関与は一切なかったと判断している。なので、あなたには強固な姿勢でドガースを排除し、ギルド内で同じようなことが起こらないよう厳しく目を光らせて欲しい」
「もちろんですわ。ですが、未だ家に帰れない少女たちがいるのでしょう?わたくしにも何か、出来ることはありませんか?」
ヒルダの言う通り、今回の人身売買の被害に遭った少女たちはまだ家へ帰ることが出来ていない。
『黒龍』に捕まった女性冒険者たちは、あの後すぐに騎士団によって救出され、無事に家やパーティーメンバーの元へ送り返されたのだが、それよりも前にドガースに売られた良家の息女たちは、依然として散り散りに売られたままだ。
ドガースの屋敷にあった資料や、彼がオークションを開いていた倉庫から出てきた情報を元に、騎士団が懸命な捜索を行ってはいるが、それでも全員を救出できるのがいつになるかは分からない。
一度売られた少女たちはきっと心に深い傷を負っているだろうし、オズワルドたちの話では決まっていた縁談や就職が白紙に戻された娘もいるという。
「それなら、ネージュ伯には戻ってきた少女たちの受け皿になっていただくのはどうでしょうか」
私が提案すると、その場にいた全員がこちらを見る。
「受け皿、とはどういう意味ですの?」
ヒルダが首を傾げるので、私は説明を始める。
「人身売買の被害に遭った少女たちは、皆きっと心に深く傷を負っているはずです。中には決まっていた進路が駄目になった方もいると聞きますし、帰ってきて直ぐに社会復帰するのは難しいかもしれません。ですから、そんな子たちの後ろ盾になって欲しい、というのが私の意見です」
私が言い終えると、ヒルダは少し考え込むように扇で口元を隠した。
「後ろ盾と言っても、その在り方は様々ですわ。ただお金を出すことが支援になる場合もあるし、そんなことじゃ心が埋まらない可能性もある。具体的には、どのような支援を考えていらして?」
「はい、私もお金だけが解決の方法だとは考えておりません。例えば心の傷を少しでも癒せる医療機関へ繋げたり、すぐにでも仕事に戻りたいと希望する人がいればそれを手助けしたり、そのような生活に根ざした支援が必要になってくるかと思います。それに……」
「それに?」
私が言葉を詰まらせると、ヒルダは柔らかな表情を称えたまま少し俯いた私に視線を合わせてくれる。
「女性にしか、分からない痛みもあると思うのです。女性たちが売られた先でどんな扱いを受けたのか、男性に話すのは憚られることもあるかと。けれど、同じ女性であるネージュ様であれば、彼女たちに寄り添う事ができるのでは、と……」
私がそう話すと、ヒルダは「そうね」と相槌を打つ。
「その通りですわね。もちろん、彼女たちの心に寄り添ったできる限りの支援を約束します。それがわたくしにできる数少ない償いですから」
ヒルダが私を見て微笑むので、そっと胸を撫で下ろす。
彼女から見たら、私はオズワルドの客人と言うだけでただの小娘に過ぎない。
そんな私の言葉を、遮らずに聞き届けて、それに納得してくれたのが彼女の懐の深さを示していた。
「ドガースの“市場”には、近いうちに騎士団が捜索に入ることになっている。そこで顧客情報を掴むことができれば、売られた少女たちの行方に関しても手がかりが掴めるはずだ。そちらは任せて欲しい」
オズワルドがそう言うと、ヒルダも安堵したように頷く。
「えぇ、そちらは殿下にお任せいたします。……それにしても、良かった」
「どうした?」
「いえ、殿下のお傍に、このような慈愛に満ちた心根の優しいお嬢様がいらっしゃって。一国民として、お慶び申し上げます」
柔らかかったヒルダの表情に、少しの悪戯っぽさが滲む。
「わ、私は、そんな……!」
「リリ」
慌てて否定しようと口を開きかけた私を、オズワルドが制止した。
「ネージュ伯、彼女が驚いてしまうから、その言葉はもう少し後に取っておいてくれ」
「あらあら、これは失礼をいたしました。もちろん、その時が来たらもう一度ご挨拶させてくださいませ。けれど、あんまり遅いと……わたくしがいただいてしまうかも」
「なっ……!?」
愉しそうに笑みを浮かべるヒルダを前に、オズワルドは照れたように咳払いをひとつ。
「とにかく、今日のところはこれで失礼するよ。また追って沙汰を伝える」
「えぇ、よろしくお願いいたします」
オズワルドが立ち上がるのに合わせて、控えていた使用人が扉を開ける。
彼を追うようにして私も席を立とうとすると、「お待ちになって」とヒルダに呼び止められた。
「リリさん、少しお耳をよろしい?」
「はい?」
私が少し首を傾けると、彼女は私の耳元に口を寄せて小声で囁く。
「先程の言葉、別に冗談じゃありませんのよ」
「え?」
「殿下に愛想が尽きたら、わたくしの元にいらして?あなたなら、いつでも大歓迎。ネージュ伯爵家があなたの後ろ盾になりますわ」
少しだけ弾むような声にヒルダの瞳を見つめれば、彼女はにっこり微笑んだ。
「それって、どういう……」
「……ふふっ。わたくし、ずっと娘が欲しかったの。男の子もかわいいけれど、やっぱりヤンチャね。もう少し大人になれば落ち着くかしら」
「え!ネージュ伯、ご子息がいらっしゃるのですか?」
子供がいるとは思えない美貌の彼女を前に思わず瞠目すれば、ヒルダは「えぇ」と頷く。
「今は王都の学園に通っているの。もし会うことがあれば、その時はよろしくね」
「はい、こちらこそ」
「それと、わたくしのことはヒルダと呼んでちょうだい。家名だと、息子と被るでしょう?」
「ね?」と首を傾げるヒルダに、私は大きく頷いて「はい!ヒルダ様」と返した。




