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追放された元聖女は、隣国で溺愛されるので祖国には戻りません。  作者: 吉野みか
冒険者の街、エバノ

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9話

本日2話投稿しています(2/2)

「本当にこの作戦で行くのか……?」

 

 不服そうに顔を顰めるオズワルドに、イザベラはくすくすと笑いながら頷いた。

 

「お前にこれよりいい策が出せるならそれでも構わんがな。ドガースのことをよく知るのは、他でもないこの私だ。私の言う通りにしておいて損は無いと思うぞ」


 彼女の作戦はこうだ。

 まず、イザベラがドガースに「“特別な奴隷”を手に入れた」と言って接触する。もちろん、その特別な奴隷というのは私のこと。

 イザベラの使えなかった左足が使えるようになったことが、何よりの証拠になるだろう。


 神聖力という奇跡を扱える私は、ドガースの興味を惹くはずだ。それを餌に、彼に近づいて悪事の証拠を集める……というのが第1段階。


 第2段階では、そこで手に入れた証拠を元にオズワルドたちがドガースを検挙する……という流れを想定している。


 『黒龍』が関わった事実はこちらで握り潰させて貰うがね、とイザベラは涼やかに笑った。


「しかし、それではリリに危害が加わるかもしれない。僕は彼女を保護すると約束したんだ。危険な目に遭わせるような真似はできない」

「そこの坊ちゃんと2人きりでこんなところにまで送り込んできた時点で、危険なのは百も承知だったはずだろう?今更グダグダ抜かすな、情けない」


 イザベラはそう言うと、私に甘い視線を向ける。

 

「それに、聖女様本人はこんなにやる気だぞ?なぁ?」

「えっ?あ、頑張ります……!」


 私が両手を握って見せると、彼女は楽しそうに唇を釣り上げた。

 

「心配せずとも、聖女様の護衛には私がつく。いけ好かないドガースの野郎が聖女様に不埒な真似をしようものなら、この私が息の根を止めてやるさ」


 左足というハンデが無くなった『黒龍』のトップだ。護衛についてくれると言うのなら心強いし、私も最低限の自衛はできるつもりだ。そう易々といい様にされる気は無い。

 

「本当に平気か、リリ。君が怖かったら、こんな話断ったっていいんだ」

「平気です、オズワルド様。私だって、保護してもらう以上はこの国の役に立ちたいですし、既に売られてしまった女性たちも心配です。私に出来ることなら、是非やらせてください」


 私がそう言うと、オズワルドは心配そうに眉を下げた。

 

「君の志はいつだって清らかだな。聖女とは、皆そうなのか?それとも、君が特別なんだろうか」


 彼はじっと私の目を見つめて、切なげにため息をつく。

 

「君の意志を尊重したいと思うのに……駄目だな、僕は。君が何をするにも心配でならないんだ。本当は早く王宮に連れ帰って、静かな離れで安心して暮らして欲しいんだけれど」


 憂いげに目を伏せるオズワルドは、その容姿と相まってどこか神秘的だ。

 

「君が行くと言うなら、僕はせめてその道中が安全であるように務めるだけだ」


 そう言うと、彼は私の手を取って手の甲にそっと口付けた。

 

「どうかご無事で、僕の聖女様」




 ***




「これはこれは。待っていたぞ、イザベラ。商品にするには惜しいほどの“特別な奴隷”とは、一体どんな娘だ?」


 3日後、夜。

 ジェフリー邸を訪れたイザベラは、アイザックに車椅子を押させて応接間へと現れた。

 

「そう話を急かすな。せっかちな男は嫌われるぞ。まずは見てほしいものがある」


 イザベラはそれを制すると、おもむろにアイザックを呼ぶ。彼は彼女の意を汲むと、そっと手を差し出した。

イザベラはアイザックの手を取ると、ゆっくりと立ち上がる。


 それは、イザベラの左足が使えないと知っていたドガースにとっては衝撃的な光景であった。

 

「イザベラ……貴様、足は3年前に不随になったはずでは……」

「もう一生治らんと思っていたんだがな。どうやら女神は実在するらしい。今回紹介したいのは、私の足を治した本物の聖女さ」


 パチン!とイザベラが指を鳴らす。それを合図に、扉の外で控えていた私は応接間への扉を開いた。

 

「その娘が、聖女だと言うのか」

「そうさ。効果は私で実証済み、こいつがいれば奇跡だって起こせる。……ただの奴隷として売るんじゃ、勿体ないと思ってな」


 イザベラは私の元へ歩み寄ると、そっと腰を抱いてドガースに見せびらかす。

 

「しかし、イグニアスの聖女といえば、近々かの国の王太子と挙式すると発表があったはずだ。その娘は、ただの光魔法使いじゃないかね」

「疑り深いね……そうだ、あれを見せてやりな」


 イザベラがこちらに視線を寄越すので、私は頷いてアイテムボックスを開く。中からはそれなりの量のスライムやカエルの魔物から取れたドロップアイテムを取り出して、ドサッとドガースの前に積み上げた。

 

「なっ!?これは……魔物のドロップアイテムか。物自体は珍しいものじゃないが……一体どこから?」

「時空魔法の使い手から言わせてもらえば、これは亜空間を利用したアイテムボックス、といったところだね。ただの光魔法使いが、時空に干渉するなんて不可能だ。彼女が聖女の力を持っている証拠になると思うが?」


 イザベラがそう言うと、ドガースは少し考え込むように顎髭を摩る。それから「わかった」と深く頷いた。

 

「本当に聖女だと言うのなら、従事させたい仕事がある。その娘を寄越せ」


 ドガースが手を差し伸べると、イザベラはその手をパシンと軽く叩いて妖艶に笑む。

 

「困るねぇ、こちらもタダで捕まえられたわけじゃないんだ。この娘が欲しいなら、それなりの対価ってものがあるだろう。彼女の特殊性を鑑みれば、10代の娘の相場の10倍……金貨1000枚で手を打ってやるよ」


 彼女が飄々とした顔でそう告げると、ドガースは苦虫を噛み潰したような顔で答える。

 

「足元を見やがって、誰がお前たちのようなドブネズミに仕事を振ってやっていると思っている!?」


 激昂するドガースに、イザベラは首を横に振った。

 

「それとこれとは別問題だ。それを言うなら、お前の犯罪行為が世に知られていないのは誰のおかげだ?私たちが黙って従ってやっているからだろう」

「……チッ、ふざけやがって」


 ドガースは大きく舌打ちをすると、金庫から大量の金貨を出してくる。

 

「取り敢えずは、前金で金貨500枚だ。この聖女が本物で、私の悲願が成就した暁にはあと500枚支払おう」

「ふぅん、まぁそれでいいよ」


 イザベラは金貨を受け取り、アイザックに手渡す。

 

「ちなみに、お前がそこまでして叶えたい悲願とはなんなんだ?」

「下賎な黒魔法使い如きに、私の高尚な願いは理解できんだろうよ」

「言うつもりは無いってことか。まぁいいさ、とにかく、あとの金貨500枚、忘れるなよ」

「わかっておるわ」


 苦々しげな表情を浮かべたドガースがしっし、と手を振ると、イザベラはヒラヒラと手を振って出口へと向かう。

 

「あぁ、そうだ」


 部屋を出る直前、彼女が振り返ってドガースを見る。

 

「お前の“市場”はどこなんだ?」

「なんだ、貴様も奴隷に興味があるクチか」

「いや、私が、というより、さる高貴なお方からのご依頼でね。そういう場所があるなら知らせて欲しいと頼まれている」


 イザベラがそう言うと、ドガースは「顧客が増えるのはいいことだ」と言って一枚の紙切れを渡す。

 

「オークション会場はジス川沿岸部の三番倉庫地下。次のオークションは5日後、3ヶ月おきに開催している。中に入るにはその紹介状が必要だ、忘れずに渡しておけ」

「ジス川の三番倉庫に、5日後だな。わかった、伝えておくよ」


 イザベラは紹介状を懐にしまうと、今度こそアイザックを連れて部屋を出ていった。


「貴様、聖女だと言ったな」


 イザベラたちが去った後、ドガースはこちらを見てそう問いかけてきた。

 

「はい。私にはその力があります」

「そうか、ワシも聞きかじった程度にしか、イグニアスの聖女伝説については知らなくてな。具体的に何が出来る?」


 ドガースはこちらを見定めるような視線を向けてくる。

 

「代表的なところで言うと、治癒能力でしょうか。光魔法とは違い、欠損や失った視力の再生など、失くしたものを取り戻すことができます」

「失くしたものを取り戻す……」

「はい。あとは身体能力の強化や、先ほどお見せしたアイテムボックス、それから魔物避けの結界が張れます。神聖力は祈りを形にすることができる力……私の想像次第では、他にもできることがあると思います」


 私が言うと、彼は再び顎髭を摩る。何か深く考え込むような顔で、しばらく沈黙が続いた。

 

「……それなら、失くした命を取り戻すことも可能だろうか」

「命……ですか」


 私が尋ねると、ドガースは勢いよく頷いた。

 

「あぁ、そうさ!禁呪と呼ばれた死者蘇生をもってしても、彼女の命が戻ることはなかった。ならば、聖女の奇跡であればどうだろうか?女神に愛された者が起こす奇跡なら、彼女を再び眠りから覚ますことも、できるのではないか!?」


 ドガースの目が爛々と光る。その様子は明らかに常軌を逸していたが、彼は尚も話すことを辞めない。

 

「3年前のあの日、ディアナが……兄の嫁が病死して、おかしくなったのは何も兄だけではない。私も同じだ。ディアナを甦らせるため、私と兄は禁呪に手を染めた」


 禁呪……『黒龍』の地下牢でシエルが話していた死者蘇生のことだろう。シエルの話では、死者蘇生のために殺人を繰り返していたのはジェフリー準男爵、つまりドガースの兄ということだったが、ドガースの話では彼自身もそれに関与していたようだ。

 

「私はディアナを愛していた。彼女が死んだ世界で生きていくのは耐えられん。例え一生私のものになることはなくとも、ただ生きてさえいてくれればそれで良かった。だから、禁呪を行うことになんの躊躇いもなかったのだ」


 だが、死者蘇生は失敗した。

 ドガースたちの願いも虚しく、ディアナ夫人は蘇ることなく、残ったのは犯してきた殺人の罪だけ。

 

「殺人と禁呪の濫用の罪で兄が捕まり、私の家にも騎士団が来た。捕まると思っていたよ。だが、兄は死者蘇生は自分がひとりで試みたことだと嘘をついた。私は少しの事情聴取を受けるだけで解放され、兄はすべての責任を負って処刑された。とっくに狂っていると思った兄にも、まだ家族を庇う良心が残っていた」


 ドガースは俯き、乾いた笑みを浮かべる。

 

「それは……お優しいお兄様だったのですね」

 

 私が声を掛けると、彼は頷く。

 

「あぁ、とても優しく……そして、とても愚かな男だった……!」


 彼は顔を上げると、瞳孔の開ききった目で私を見つめる。

 

「私がディアナを愛していたことも知らず、勝手に罪を背負って死んで行った!笑いが止まらなかったよ!これで邪魔者は居なくなった。あとはディアナさえ蘇れば、彼女は永遠に私のもの。誰にも邪魔はさせない!」


 ドガースは高笑いをして、恍惚とした表情で宙を見上げる。

 

「兄の評判を貶めるために、『黒龍』が禁呪の解明に力を貸していたと噂を流したのも私だ。ギルド内での権力を持つ私にかかれば、小さなサロンひとつ追放するのにさしたる労力はいらない。蘇ったディアナが頼れるのは、私だけであって欲しかった。そうすれば、彼女の心とて簡単に手に入るはずだ」


 そう言うや否や、ドガースはガシッと私の腕を掴む。

 

「さぁ、着いてこい聖女!我が悲願のため、ディアナの蘇生を!」


 彼が、そう叫んだ刹那。

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