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追放された元聖女は、隣国で溺愛されるので祖国には戻りません。  作者: 吉野みか
冒険者の街、エバノ

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10/21

【幕間】アイザックの独白

本日2話投稿しています(1/2)

 私がイザベラお嬢様と初めてお会いしたのは、彼女が10歳になる頃だった。

 お嬢様は幼いながらに利発で、闇魔法使いとしても既に大人顔負けの技術を誇っており、私はそんな彼女の従者として雇われた。私にも多少の闇魔法の心得があり、同じ闇魔法使いとして彼女の力になりなさいというお達しだ。


 18歳で学園を卒業してすぐ、彼女は冒険者になると言って冒険者ギルドに足繁く通うようになる。その中で当時のジェフリー準男爵が主催する『黒龍』というサロンのような集まりにも参加し、学園では高度すぎて誰からも理解されなかった彼女の学術的な視点も、次第に評価されるようになっていった。

 

「冒険者は楽しいわね、私向いてるかも」

 

 初めて魔物の討伐に向かった際にも、彼女は駆け出しの冒険者とは思えないほどの活躍を上げ、積み上げた魔物の素材の山を見て無邪気に笑った。

 

 元手ゼロで貴重な素材が手に入るとあって、実家のフォンデール商会も彼女の冒険者への憧れを止めようとはしなかった。跡継ぎには彼女の兄君がいらっしゃったし、娘が冒険者にかぶれるくらい、大手の商会であるフォンデール商会から見れば些末な問題だったのだろう。


 そんな中で、事件は起こった。

 

 『黒龍』トップを務めていたジェフリー準男爵が妻を亡くし、心を病んでしまったのだ。


 日に日に様子がおかしくなる準男爵を、イザベラお嬢様は心を痛めながら見ていた。

 彼女にとって準男爵は師のような存在であり、恩義も大きい。そんな人間が日を追うごとに壊れていくのを、彼女はずっとそばで見ていた。


 そしてついに、彼の狂った犯行は世間に知れ渡ることとなる。


 亡き奥方を蘇生するために、奥方と似た背格好の女性を殺害し、その四肢や臓器を屋敷へと持ち帰る。

 あまりに常軌を逸したその行動が報じられた時の、イザベラお嬢様の顔が今でも忘れられない。信じられない、信じたくないと、表情で雄弁に語っていた。


 そうしてジェフリー準男爵が処刑されたが、悲劇はそれだけに留まらなかった。


 ジェフリー準男爵が主催していた『黒龍』こそ、禁呪を解明しようとした諸悪の根源であると、ギルドから正式な発表が成されたのだ。


 必然的に、『黒龍』に所属していた闇魔法使いたちの肩身は狭くなり、徐々に『黒龍』のメンバーを排斥しようという動きがギルド内で沸き起こる。


 イザベラお嬢様も例外ではなく、若きAランク冒険者として依頼が舞い込んでいた状況から一転、誰も彼女に依頼を回さない、ハブにされるような状況が続くようになった。

 

「これ以上冒険者を続けるのは難しいかもしれないわね」

 

 あれほど楽しんでいた冒険者稼業から手を引くのは、苦渋の決断だっただろう。

 それでも彼女は無理に笑顔を作って、明日実家に帰ると私に告げた。


 そして、帰ってきたフォンデール商会にて。

 

「汚らわしい禁呪使いめ!二度と我が家の敷居を跨ぐな!」


 今まで散々、イザベラお嬢様の活躍によって甘い蜜を啜ってきたはずの、彼女のご両親と兄君は、そう言ってお嬢様を勘当した。


 実家から追い出されたイザベラお嬢様は、それでも尚涙を見せることなく気丈に振舞った。


 しかし、今まで縁のなかったような安宿に泊まり、所持していた宝飾品を売り払いながら生活するようになると、目に見えて彼女は衰弱していった。

 そんな彼女の力に少しでもなれればと、私は単身ギルドに向かい、ソロで魔物の討伐をする。


 私はお嬢様とは違い『黒龍』に所属こそしていたが、目立った活躍をしていなかったため顔は売れていない。闇魔法使いだということを隠してさえいれば、依頼を受けることが出来た。


 それでも、パーティーにも所属していない、ソロの冒険者が1日で稼げる額などたかが知れている。

 良家で育ったイザベラお嬢様を元の生活に戻して差し上げようと思えば、明朝から深夜まで、ジュノー森林に篭もりっぱなしになる日も多かった。


 その日も、私はお嬢様が目覚める前に宿を出て、ジュノー森林へ向かう。幸いにも夕刻に大型のボアを仕留めたため、今日はこの程度にしておこうと早めに切り上げて安宿へと帰った。


 そこで、地獄を見たのだ。


 部屋は2階の角部屋に借りていた。普段なら何人かの他の利用者にすれ違うはずの廊下で誰ともすれ違わなかったのも、今思えばその予兆だったのだろう。


 私が部屋のドアに手を掛けようとすると、中からくぐもった女の声と複数人の男がケラケラと笑う声がした。

 悪い予感を覚え、慌ててドアを蹴破ると、そこには数人の男に襲われるイザベラお嬢様の姿があった。

 

 逃げられないように片足を焼かれ、声が出せないように口にシーツを詰め込まれている。

 肉の焦げた不快な匂いが充満した部屋で、彼女は男たちの手から逃れようと必死で身を捩っていた。


 それを見た瞬間、全身の血液が沸騰するかのような感覚に陥る。私は考えるよりも早く、彼女の上に馬乗りになっていた男に掴みかかり、そのまま全力で殴り飛ばした。


 そこでようやく男たちは私の存在に気づいたようで、「従者はジュノー森林に居るんじゃなかったのか!」「見張りはどうした!」と口々に叫んでいる。


 そういえば宿の前で絡んできた破落戸がいたな、と思い出し、それがこいつらの言う見張りだったのかと静かに納得する。あまりにも執拗いから捻り上げて往来へ捨ててきたのだが、あれが見張りのつもりだったのだろう。


 まぁしかし、そんなことはどうだって良かった。


 私の中での最優先は、いつだってイザベラお嬢様だ。

 実家が没落し、働き口を失った私を拾い上げてくれたお嬢様こそ私の女神で、忠誠の全てを捧げるに相応しいお方。そんな人が、どこの誰とも知れない馬の骨に組み敷かれ、抵抗も虚しく体を暴かれようとしている。

 

 それがどれだけ罪深いことか、愚かな男たちには分からないかもしれない。それならば、私がその身をもって教えてやらねばならなかった。


 得意の黒魔法を使って楽に仕留めてやる気にはなれなかった。

 ひとりひとり、その四肢のひとつに至るまで、余さず痛めつけてやる。普段は飾りでしかない剣を抜いて、一閃。途端に男たちから血飛沫が上がり、私は全身にその返り血を受けた。


 視界が真っ赤に染って、それが自分の中の衝動を加速させる。切り付けて、切り付けて、「もうやめてくれ!」の声さえ聞こえなくなった時、ふと耳に飛び込んできたのは、イザベラお嬢様の声だった。

 

「もういいの!アイザック!もう……」


 自力で猿轡になっていたシーツを外したのか、彼女の声がはっきりと聞こえてきた。


 彼女の方を振り向けば、泣き腫らした目が私を見ている。

 

「もうそいつらは死んでる。それ以上傷つけなくたって、私はもう大丈夫だから。お前が帰ってきてくれただけで、それだけで、私は……」


 そう言ってはらはらと涙を流す彼女に、心臓を握り潰されたかのような錯覚に陥る。


 私は彼女のために、彼女の前に立ちはだかる万難を排除すべきだ。それなのに、自分の行動で彼女を泣かせるなんて、ありえない。従者失格と謗られても文句は言えなかった。

 

「すみません、お嬢様……お身体は……っ」


 見るに堪えないほどの火傷を負わされた左足に視線を向ければ、彼女は億劫そうに上体だけを起こして、私に抱きついてきた。

 

「もう、いいんだ。全部、大丈夫だから……」


 そう言うと、お嬢様は私の背中に回した手をとんとんと優しく叩くように動かした。

 

 ……私は、そんなに酷い顔をしていただろうか。


 今一番怖くて、辛い思いをしたはずの彼女に、心配をかけるほど……。彼女の優しさと、踏み躙られても凛としたままの美しさに、胸が締め付けられる。


 一度は間に合わなかった私だが、もしも彼女が許してくれるなら、この先もずっと彼女のそばでお仕えし、彼女だけを守りながら生きたいと、そう強く願った。


 どんな病院でも、光魔法使いでも、イザベラお嬢様の足は治すことが出来なかった。

 医療や魔法は怪我の治癒には使えるが、欠損を治すほどの奇跡は起こせない。彼女の左足はもう足としての機能を失っており、形があるだけで欠損に近いのだと説明された。


 それを聞いて、イザベラお嬢様は少し悲しそうな顔をしたが、すぐに「まぁ、命があっただけでも僥倖だ」と言って笑った。その作ったような笑顔が痛くて、私は毎日女神に祈った。どうか彼女が心から笑える日が、もう一度来ますように、と。


 それからしばらくが経って、イザベラお嬢様は『黒龍』の再建を図ると言い出した。

 

「今こそ、闇魔法使い同士で助け合うという『黒龍』の一番元の信念が大切だ。仕事を失い、家族を失った者たちに、今日を生き抜くための場所を、私が作る」


 秘密裏に、元『黒龍』の所属メンバーたちに手紙が送られ、再び結束しようという動きが高まり出す。

 初めは半信半疑だったメンバーたちも、お嬢様が様々なツテから仕事をもぎ取り、それを分配してくれることで、徐々に彼女を信頼していった。


 いつしかお嬢様は総帥となり、メンバーたちから強く慕われるようになっていた。

 

「しかし、困りましたね。所属メンバーが増えたのは喜ばしい限りですが、これ以上は今の『黒龍』では養いきれません」


 ある日の幹部会の最中、幹部のひとりが唸りながらそう言った。

 所属メンバーが増えてくると、問題にも直面した。今まで総帥のツテ頼みで受けてきた依頼だが、それにも限りがある。人数が増えた分、あぶれる人間も出てきてしまっていたのだ。

 

「仕事は……無いわけじゃないんだ。ただ、お前たちに見せるのは憚られるものばかりで」

 

 そう言うと、総帥は鍵のついた引き出しから書類の束を取りだした。よく読んでみると、それらは暗殺依頼や襲撃依頼など、冒険者ギルドには頼めないようなことばかりだ。

 

「最近、私たちが金に困っているのを知った奴らから、足元を見られた依頼をされることが増えてきていてな。こちらには荒事に耐性のない女子供とているというのに、意地の悪い奴らだ」

 

 総帥はそう言って困ったように笑う。

 しかし、書面を見ていた幹部のひとりが声を上げたのだ。

 

「総帥、この依頼受けましょう。女子供にはやらせられないが、俺たちならできる。足元を見た依頼をしてくる奴がいるなら、圧倒的な武力を示して、結果で黙らせればいい。これ以上こちらを軽く見れば、次の標的はお前だと!」


 幹部の言うことは過激ではあったが、そうでもしないと全員が食うに困らない環境を作り出すことは不可能に近い。私が総帥を見ると、彼女は深く考え込んでいるようだった。

 

「……お前たちを犯罪に巻き込みたくはないんだ」

「しかし総帥!」

「……だから、もし捕まるようなことがあれば、私に指示されたと言うように全員へ共有しろ。責任は私が取る。お前たちは、上手くやればいい」


 総帥がそう言うと、全員が感じ入るように彼女を見つめる。中にはお祈りのポーズまでして、「総帥……」と呟いているのもいた。


 こうして、『黒龍』は非合法な依頼も受けつける闇ギルドへと変化していった。

 しかしその実態は、ひとりの善良な女性が多くの人を救う救済組織だ。私はきっとこれからも、どれだけ他人から悪く言われても、彼女の傍にいることを辞められないだろう。


 彼女の救いの手が、全ての困窮した闇魔法使いに行き渡るまで、私はその手伝いを辞めない。そう心に誓っていた。

ちゃんとした成人男性が年下の女に宗教的なまでの盲信を捧げて狂っていくところを観測するのが生き甲斐です

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