8話
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「女性冒険者の連続誘拐事件の黒幕は、副ギルド長のドガース・ジェフリー……それなら冒険者たちの動向を掴んでいても不思議はないか」
シエルがそう呟いて、考え込むように目を瞑る。
「ついでに言えば、その前に起きていた良家の娘らの失踪も奴が手引きしたことだろうな」
その思考を手助けするように、イザベラが口を開く。
「それはどうして?」
「分からんか?私たち『黒龍』が冒険者の誘拐に加担するよりも前から、ドガースは人身売買を商売として行っていた。基盤ができていたんだ。その商品をどこから調達していたかを考えれば、自ずと答えは出てくる」
ドガースは元々、自分の家と交流のあった良家の息女たちを誘拐し、商品としていたのだろう。しかしそれでは足りなくなったのか、今度は『黒龍』に依頼して女性冒険者たちを攫って商品にしようとした、という流れだろうか。
「でも、ドガースはギルド側の人間だよね。オレには、わざわざギルドから離れた『黒龍』を使って、冒険者を誘拐するなんて、ギルドの損になるようなことをする理由が分からないんだけど」
「私が知るか、そんなこと。まぁ順当に考えるなら、処刑された兄を庇ってくれなかったギルドへの私怨か何かじゃないか。ドガースにそんな殊勝な心があるとも思えんがな」
そう言うと、イザベラはテーブルに置かれていた箱から葉巻を取りだして火をつける。
「総帥、そろそろ」
イザベラが紫煙を吐き出すと、アイザックが彼女に何やら耳打ちをした。
「あぁ、どうやらお前たちの迎えが来たらしいな……ふふっ、王子とその右腕とは、随分本気の布陣じゃないか。よほどお前たちが大切と見える」
そう言うと、イザベラはつけたばかりの葉巻をテーブルに置かれた灰皿に擦り付けて火を消した。
「何、なんでわかるの?」
「今しがた見張りから報告が上がった。闇魔法のひとつでね、テレパシーという。お前たちが隠しているつもりのそのスマートミラーの、元になった魔法さ」
私とシエルがギクリと肩を震わせると、イザベラは「ははっ」と声を上げて笑った。
スマートミラーは私のアイテムボックスに隠してあるのに、どうして気づかれたんだろう。
「私は複数属性持ちでね。闇魔法の他に、時空魔法に心得がある。お嬢ちゃんが珍妙な術で時空を歪めているみたいだが、私にはそこに何があるか何となくわかるよ」
イザベラは私を見て、艶っぽく笑う。
「それじゃあ私たちは、王子殿下からのお咎めを受ける前に失礼するよ。地下牢の女たちも好きにするといい。金にならんのなら、私には不要だ。アイザック」
イザベラが声を掛けると、アイザックは彼女を抱き上げた。
「イザベラさん、その足……」
その時、ふと彼女の足が目に付いた。
「あぁ、これか?これのせいで、私はもうひとりで歩けもしない。情けない話だがな」
アイザックの腕からだらりと力無く伸びるイザベラの左足には、太腿にまで広がった酷い火傷の痕がある。
「『黒龍』がギルドから追放された時、所属メンバーは酷い迫害に遭ったんだ。これはその時の傷さ」
その時のことを思い出したのか、イザベラは忌々しげに顔を顰めた。『黒龍』のトップに立つだけのことだ、きっと彼女は優秀な闇魔法使いだったのだろう。
それが、人の悪意によって戦場に立つ資格を取り上げられたのだ。その心痛は計り知れない。
その傷を見ていると、何故か心がじくじくと痛む。
単に若い女の体についた痛ましい傷に同情心が働くせいなのか、強気な彼女の隠しようも無い弱点に憐憫を覚えたからなのかはわからないが、気づけば口を開いていた。
「……その傷、治せるかもしれません」
私がそう言うと、イザベラは瞠目した。
「お前に?……もう3年も前の傷だぞ。当時ですら、高名な光魔法使いもお手上げだった」
「それでも、私なら……信じて貰えないかもしれませんが、私には神聖力があります」
彼女の目をまっすぐ見つめると、その瞳が僅かに揺らいだ。
「神聖力……イグニアスの聖女伝説か」
そう呟いた彼女は、きっと迷っていることだろう。いきなり現れた小娘に、それも敵対している相手に、何が出来る?と疑うのが普通だ。
「もし私があなたの傷を治せたら、私たちに協力してください。ここから逃げないで、ドガースを捕まえる手助けをしてください」
私がそう続けると、イザベラは少し驚いたような顔をした後、声を上げて笑う。
「あははっ!お前のような小娘が一丁前に、この私と取引をしようというのか!……いい、わかった。そこまで言うなら、私の足を治してくれ。その出来次第じゃ、お前たちに協力するのも吝かじゃない。ドガースの策はお前たちのような子供にすら嗅ぎ付けられた。お上に知られるのも時間の問題だろう。もう美味い汁は吸えん。別の商売を考える頃合いだ」
イザベラはそう言うと、ぎこちない所作で左足を私に向けて伸ばした。
「さぁ、お手並み拝見と行こうか、聖女サマ」
もう3年、使っていない足だ。筋力も衰えたのか、イザベラの左足は右足に比べても細く、痛ましく爛れている。
私はそんな彼女の足に、そっと両手を添えた。
そして、祈る。
彼女の足が元通りに治るように、彼女が再び自分の足で立てるように。
「女神よ、彼の者に癒しを」
私が呟くと、イザベラの足を眩い光が包んだ。
傷口に力が吸い込まれていくような感覚に、グッと足を踏ん張って耐える。
そうすると、みるみる内に酷い火傷の痕が消えていった。
「……どうでしょう」
光が収束して、残ったのは白く美しい肌の左足だった。私はイザベラを見つめ、そう問いかける。
「……アイザック」
震える声で、イザベラがアイザックを呼んだ。彼は彼女の意図を汲むと、そっとイザベラを床へと下ろした。
細い両足が地面を捉え、そっとアイザックの手がイザベラの体を離れる。
それでも、彼女の体は倒れることがなかった。左足の治癒は、成功していた。
「……ははっ、嘘みたいだ」
イザベラは、少しの間ぺたぺたと裸足のまま足踏みをしていた。その表情は初めて自分で歩いた幼子のように楽しげで、彼女の妖艶な出で立ちとは裏腹に、少女のようにあどけない。
「……イザベラお嬢様」
アイザックが小さくイザベラの名前を呼ぶと、彼女は彼の方を振り返り、それから毒気のない純粋な笑みを浮かべた。
「泣くな、馬鹿め。治らんと思っていたものが治ったんだ。喜んではくれないのか?」
イザベラが首を傾げると、アイザックは鼻をすすって、それから能面のようだった顔に微かに笑みを浮かべた。
「私の喜びは、常にお嬢様と共にあります。あなたが再び立ち上がれて、本当に良かった……っ」
そこまで言うと、アイザックは片手で顔を覆ってしまう。
「お前には苦労をかけたな。私がギルドを追い出されて、実家から勘当されても、変わらず付いてきてくれたのはお前だけだった。感謝しているんだ、アイザック。だから、お前に泣かれると、どうしていいか分からん」
そう言ったイザベラの声も、泣きそうに震えていた。
彼女は背伸びしてアイザックの背中に腕を回すと、照れ隠しのようにぎゅっと抱き締める。
「ありがとう、私が辛い時にそばにいてくれて」
イザベラの背中におずおずとアイザックの手が回され、しばらくの間、2人はそうやって静かに泣いていた。
「リリ、シエル、無事か!?」
静寂を破ったのは、遅れてやってきたオズワルドたちだった。
彼らは肩で息をしながらドアを破って部屋に入ってくると、静かに涙を流す2人を見つけて驚いたように固まった。
「これは一体……どういうことだ?彼らが今回の事件の黒幕……じゃないのか」
セストが頭を掻いて、すぐにでも剣を抜けるように構えていた手を下ろした。
「その事については、私から説明させてくれ」
オズワルドたちの登場に気恥ずかしくなったのか、軽い咳払いをしてイザベラがそう言う。
そのまま、彼女はこの事件の真相……全ては副ギルド長のドガース・ジェフリーの差し金だということをオズワルドたちに告げた。
「……何故それを、僕たちに素直に話す気になったんだ?真実を知るのがリリとシエルだけだったら、お得意の闇魔法でいくらでも処分のしようがあったはずだ。それを僕らの到着を待って、こちらに協力するなんて……罠じゃない保証があるのか?」
イザベラの話を聞き終えたオズワルドは、訝しげに眉を寄せる。
「信じてくれとは言わん。ただ、私がそこの聖女様を裏切ることは無いよ。女神に誓ったっていい」
オズワルドの追求を、飄々と躱すイザベラ。
「リリが……何かしたのか?」
「言うと思うか?そう簡単に弱みを明かすほど私は愚かではないし、第一いい女には秘密がつきものだ。分かってくれるね、聖女様」
イザベラはそう言うと、私に向かってパチンとウインクをした。
黙っていろということだろうか。
私がこくこくと頷くと、彼女は満足気に微笑んで視線を戻す。
「さて、聖女様のご了承も得られたことだ。これ以上の追求は野暮だと思うがね」
イザベラはつかつかとオズワルドに歩み寄って、その胸ぐらを掴む。
「それとも王子殿下は、私に興味がおありかい?」
安い挑発に、オズワルドはグッと言葉を詰まらせる。
そして彼が何かを言い返すよりも早く、「総帥、それ以上は」とアイザックがイザベラを制止した。
「とにかく、私は聖女様の決定に従うよ。彼女の望みがお前たちへの協力であるなら、助力は惜しまん」
イザベラはオズワルドを離すと、つかつかとソファに歩み寄って腰を下ろす。
美しい白い足を組んで、彼女は新しく葉巻に火をつけた。
「さて、作戦会議と行こうじゃないか。ドガース・ジェフリーを捕らえるのだろう?」
その姿はどこまでも自信に溢れていて、つい先程まで幼い少女のように涙を流していたとは思えない。
私と目が合うと、イザベラはもう一度秘密を共有するみたいにウインクして見せた。
どうやらとんでもない人物を治してしまったかもしれないと思うのと同時に、彼女の人生を少しでも救えたのなら良かったと感じていた。




