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朝の静寂と、1本の放物線

スターーーと

翌朝、午前6時前。

まだ薄暗い校舎の陰から、体育館に向かって歩く影がひとつあった。


刈谷俊樹は、鍵の開いていない体育館の扉の前に立ち、小さくあくびを噛み殺した。右手には、家から持ってきたバレーボール。


(昨日のあいつのレシーブ……思い出すだけで頭痛がする……)


「腕を振るな」と何度言っても力任せに弾き飛ばす翔の姿が脳裏をよぎる。いくら自分が直感で最高のトスを上げようと、ボールがセッターの位置に届かなければ意味がない。


「っつーか、あいつ絶対遅刻してくるだろ……」


俊樹が独り言を呟いた、その時だった。


「ハァッ……ハァッ……! 負けてねえ……! 俺の方が……先だ……っ!」


激しい荒い息遣いとともに、角を曲がって猛ダッシュしてきたのは樋口翔だった。汗だくでバッシュの袋を握りしめ、俊樹の目の前で膝に手をつく。


「……何分に来た?」


「5時58分だコラ! 遅刻してねえぞ!」


「俺は55分に着いてたから俺の勝ちだな」


「なんだとコラァ!」


早朝の校庭に二人の威勢のいい声が響く。しかし、俊樹がボールを軽くポーンと放り投げると、翔は一瞬で真剣な目つきに変わった。


「おい樋口。今日は先輩たちが来る前に、お前のその『大根振り回しレシーブ』を直す」


「大根って言うな! よし、来い理屈っぽいセッター! 今日こそ胸元に返してやる!」


鍵が開いた体育館。冷んやりとした空気の中に、キュッ、キュッと二人のバッシュの音だけが空しく響く。


「腕を振るな! 面を作って、ボールの威力を『コロッ』と殺すんだよ!」


「分かってんだよ! でも手元に来たらバッて力が入るんだよ!」


バンッ!!


案の定、翔のレシーブしたボールはあさっての方向へ飛んでいき、壁に激しくぶつかった。俊樹は頭を抱え、深いため息をつく。


「はぁ……。お前さ、なんでそんな力んでんだ? 叩き落とすスパイクじゃねえんだぞ」


「だってよ……!」


翔は弾んだボールを拾い上げ、悔しそうに拳を握りしめた。


「俺、中学の時からずっとスパイクばっかりやってきたんだよ。レシーブなんて後回しで、ただ高く跳んで、力いっぱい打つことしか考えたことなくてさ……。でも、お前のあのトス見た時、打てなかったけど……悔しかったんだよ」


翔は俊樹を真っ直ぐ見つめた。


「あの『ピタッ』と止まるトス、めちゃくちゃ打ってみたいんだよ! だから……レシーブも上げられるようになりてえんだよ!」


俊樹は目を見開いた。いつも単細胞でバカみたいに叫んでいる翔の、純粋すぎるバレーへの熱量。それが直球で胸に刺さる。


「……フン。最初からそう言えバカ」


俊樹は少し照れくさそうに顔を背けると、再びボールを構えた。


「いいか。ボールを『受ける』と思うな。ボールの下に入って、ただそこに『壁を置く』イメージだ。感覚でやれ、感覚で」


「壁を置く……?」


「そうだ。力むな。お前のその無駄に柔らかい膝を使え」


俊樹がやさしくボールを送り出す。

翔は目を凝らし、ボールの軌道を追った。一歩、踏み出す。いつもなら腕を振り上げてしまうところで、俊樹の言葉が頭をよぎる。


(力を抜け……膝を使え……壁を置くだけだ……!)


スッと膝を柔らかく曲げ、腕で作った面を静かにボールの下に滑り込ませる。


ぽん。


静かな音が体育館に響いた。

ボールは高く上がらず、勢いを殺されたまま、綺麗でゆるやかな弧を描いてセッターエリアへと飛んでいく。


俊樹の胸元へ、吸い込まれるように。


「な……!」


翔が驚きで目を丸くする。俊樹の目が、歓喜と直感でギラリと光った。


(最高のファーストボール……!!)


ボールの下へ一瞬で入り込む俊樹。指先に神経を集中させる。頭で考えるな、感覚で通せ!


シュバッ――


俊樹の手から押し出されたボールは、ネット際の上空へ向かって直線的に伸び、そして空間の頂点――翔の最高到達点の位置で、まるで時が止まったかのように『ピタッ』と静止した。


「跳べ、樋口っ!!」


「おおおおあああっ!!」


翔が床を思いきり蹴り上げた。どんっ、と重い踏み込みの音。そのまま空中へと躍り出る。高い。圧倒的な高さ。目の前に広がる景色の中で、ボールがまるで「打ってくれ」と言わんばかりに浮いている。


(ここだ……!!)


翔の右腕がしなり、ボールの芯を完璧にとらえた。


ドカァンッ!!


快音が体育館全体に響き渡り、ボールは相手コートのライン際に猛烈な勢いで突き刺さった。


静まり返る体育館。ボールが跳ねる音だけが響く。


「……打て……た……」


着地した翔が、自分の右手を見つめて呟く。そして一瞬の間の後――


「打てたあああーーーっ!! なんだ今の!? ババッときてピタッとなってドカンだ!! 最高かよお前!!」


「だーっ! うるさい抱きつくな!! 俺の完璧なトスのおかげだろ!」


狂喜乱舞してつかみかかってくる翔を、俊樹が嫌がりながらも押し返す。だが、俊樹の口元も隠しきれない笑みで大きく歪んでいた。


感覚と直感。正反対の二人の本能が、初めて完璧に噛み合った瞬間だった。


「……へぇ、朝早くから威勢がいいじゃねえか」


ガラッと体育館の扉が開く。

立っていたのは、部活のために登校してきた2年生の田中、木下、縁下、成田の4人だった。そして後ろからは、キャプテンの坂口と原、東も歩いてくる。


ボールが突き刺さった床の跡と、ゼァゼァと息を吐きながらもギラギラした目をしている1年生二人を見て、先輩たちがニヤリと不敵に笑った。


「よし、お前ら」


縁下がボールを片手で受け止めながら、1年生二人に向かって歩み出る。


「そんなに動きたいんなら……俺たちと『勝負』してみるか?」

どうでしたか次は2年生とのミニゲームお楽しみにー


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