あ~ん
何軒かの屋台を見て回りながら私達の念願のたこ焼き屋の屋台を見つける。いかにもテキ屋のオヤジを思わせる風貌の壮年の男性は手慣れた手つきでたこ焼きを作っている。作り置きの在庫はなく、勝手に人気店認定をして私の中の期待値は上がる一方だ。その店で私は普通のたこ焼きを、楓はマヨタコを買った。
「はいよ、たこ焼きとこっちはマヨたこね。出来たてだから熱いよ」
脛に傷でもありそうな壮年の男性は、その見た目からは想像ができない配慮と優しさでたこ焼きと差し出してくる。それぞれに手渡された大玉のたこ焼きの上で鰹節が踊り、ソースと青のりの匂いが食欲をそそる。確かにこれは熱そうで猫舌の私としては少し躊躇してしまう。
「マヨたこ好きじゃないの?」
楓が不服そうに伺ってくる。私はやりたい事があるので必要だから買ったまでなのだけど、楓にはまだ合点がいっていないようだ。
「分けて食べたら、色んな味が食べられて楽しいでしょう」
楓はうんうんと頷きながら早速年相応の食い意地を発揮して早速一個頬張っている。出来たてで熱いと言っていたが楓は大丈夫なのだろうか。
「熱くないの?、大丈夫?」
熱そうにはしているが歯に挟んで上手に食べている。楓はマヨたこだから殊更に熱いだろうが大したものだ。それを見ていた私も一個を爪楊枝で半分にしてみる、中から湯気が上がり大ぶりのタコが顔を出した。何度も息を吹きかける私を見て楓が微笑んでいる。どうせ、猫舌の私のやることをみて楽しんでいるのだろうと、無駄な反骨心が湧き上がりまだ早いと思いつつも一口頬張る。多少空気にさらしたとは言えなかなかの熱さで半分にして正解だった。これは一個まるまる食べていたら口の中が大惨事になっていただろう。
「桜子姉さんは猫舌だよね、猫舌って食べ方が下手なだけって前に聞いたけど」
途中まで喋ってこれ以上はまずいと思ったらしい。楓は警戒しながらこちらを見つめてくるが、今の私は余裕がないのだ。口を開くことも出来ないし片手にたこ焼きを持っていてはいつものように抗議も意地悪もできやしない。
「なかなか熱さね。楓も一個食べる?」
私から器を差し出してしまったのがまずいのだろうが、楓は爪楊枝に一個刺して口に運んでしまう。なんて勿体ない。これだからお子様はとジトッと目が座ってしまったので、慌てて眉間を揉んで誤魔化した。楓は上手に頬張ったたこ焼きを殆ど噛まずに飲み込んで私に見直った。
「駄目だったの?」
楓は自分が何かをやらかした自覚だけはあるらしく、そうやって上目遣いで見つめられると怒る気にもならない。いや、怒るようなことでもないし食べるかと私が差し出したのだから文句を言うことではないのだから。
「そうね、食べ方がなってなかったわね」
私の意地の悪さが露見しないように出来るだけ優しくしてあげることにした。年上のお姉さんらしく楓の口元のソースを拭いて、私のたこ焼きを楓の口元へ運んでやる。
「あーん」
お姉さんと言えどもこれはなかなか恥ずかしい。周りの目もあるし、結構な勇気がいる行為だったのかとやってみて実感する。
楓はというとなんの躊躇も情緒なくパクっと食べてしまった。そうだった、この子は何でも食べるんだ。本人曰く眼の前にあるものを食べないなんて作ってくれた人に申し訳ないと言っていたが、初恋のお姉さんからあーんとしてもらってもう少し嬉しそうにとか、恥じらいながらとかそういうのはないものなのだろうか。
「普通のも美味しいね」
今度こそと味わったたこ焼きを満足そうに飲み込んで楓は口を開いた。満面の笑みで少しだけ上目遣いで見上げてくる楓の破壊力はなかなかのものだ。聞きたいのは味の感想ではなくて、今の気持ちなのだけど。
「桜子姉さんにも僕のあげるよ、そろそろ冷めて食べやすいんじゃないかな」
駄目だこれはとため息をついた私の眼の前にマヨたこが差し出される。
「あーん」
と楓が躊躇もなくやってくる。今度は私がやる番なのか。この子は何で戸惑ったりせずにそういうことが出来るのだろうか。そういえば昔も私の頬に付いていたご飯粒をなんの躊躇いもなく取って、楓が食べてしまったことがある。あの時も周りからは歓声が上がり、私は顔から火が出る思いだったがこの子はそういう行為に抵抗がないのだ。周りに茶化されても何のことか理解していなかったし、行動原理が所謂男前や王子様でそれが当たり前だから抵抗がないのだろう。
「あーん」
私は覚悟を決めて口を開けて、楓から食べさせて貰う。首筋にかかる髪が邪魔になりそうだから髪を押さえ、たこ焼きを口に含む。気恥ずかしさでたこ焼きの味が解るような状況ではない。今食べたのはたこ焼きだったのかマヨたこだったのかすらおぼろげだ。私がそんな恥ずかし思いをしているのに、なんでこの子は当たり前に感想が言えたのだろうか。
「これは結構くるわね」
楓もマヨたこを頬張りながら私の感想の意味が分からなかったらしく首を傾げている。
「マヨたこも美味しかったけど、この食べ方は恥ずかしいわ」
私は楓の頭を撫でながら恥ずかしいのを誤魔化した。楓にはやっぱり何が恥ずかしいのか伝わっていないようで不思議そうな顔で私を見ている。その奥面のなさも朴念仁な所もこの子の魅力だったり良さなのだろう。
すっかり私だけが恥ずかしい思いをした格好だが、なんとか挽回しなくてはならない、私は東京の医大に通う、年上のお姉さんなのだ。美少年の一人や二人手玉に取れなくてどうする。
「次はりんご飴でも食べましょうか」
私は耳まで赤くなってはいないかという顔の火照りを感じ、それがバレやしないかとか、年上のお姉さんの威厳がとかよくわからない感情が駆け巡っているのに楓は何か考えているのか、顎に手を当てて左上を見上げている。
「りんご飴って食べたことないかも」
そう言えばこの子の家は結構食べ物に厳しいんだった。お菓子なんて基本なく、従妹の私の所に来てたまに食べられる程度だと言っていた。小さい頃から健康で居たわけでもないから、親が心配するのも分からなくは無いけど、医学を囓った身からすると根拠が薄いと思う。
「じゃあ、りんご飴二人で食べましょう」
祭りは仕掛け花火の時間が迫ってきて少し屋台通りが空いてきたように感じる。りんご飴を探して歩き出した私達に向かってガラの悪い連中が歩いてくる。祭りを楽しんでいる群衆を蹴散らすように周りに睨みを聞かせながらまっすぐ私達に向かってくる。田舎はこれだからとボヤきたくなるなるが、その田舎が私の生まれ故郷で楓の生きる世界なのだ。
「さくらこー、今日は一段といい感じだな」
語彙力がない。流石中学を出て高校にも行かず、と言うか行けずに実家の工務店の二代目面で子分を連れて暴れるしか能のない山中 史樹だけのことはある。タンクトップだかランニングだが知らないが、無駄に発達した筋肉を見せびらかすように肌を露出して、ニッカポッカを履いているその姿は、頭まで筋肉で出来ていると錯覚させてくれる。
「どうした?、男前でビビったか?ああん?」
史樹はあーん?とすごみ?格好つけているのか、ポマードベッチョリの臭そうなリーゼントをかきあげる。元々いやだが、あのポマードのついた手には触れられたくない。
そして私が一瞥したのをどうやって好意と判断したのか理解が追いつかないが史樹はニヤついており、ポマードの臭さと悪寒で頭がクラクラする。なんで私の周りには楓以外碌な男がいないのだろう。私の前世は第六天魔王か何かで余程の悪徳でも詰んだのだろうか。
当の史樹は自慢げにポーズしながら筋肉をアピールしてくる。幼稚園から私と一緒で事あるごとに絡んでくるが、こんな田舎でよくもまあこんなに粗暴に育つものだと感心するぐらい品がない。
「せっかく帰省したのにガキのお守りか?」
私の隣の楓がピッタリとくっつくようにしているのが気に入らないのか、身を乗り出して楓を威嚇してくる。私が小学生の頃にはガキ大将として、同級生を殴るは蹴るはと好き放題やっていたがどれだけ成長しても行動理念が変わることがない。人を叩く事が出来る選択肢がある人間はそれを辞めることが出来ないようで中学時代はもちろん、内申が悪く高校にも行けずに早々に社会の一員となっているはずなのに変わりはしない。
「あんたはいつまでガキ大将やってるの?」
思ったことを口にする。こいつは私にだけは手を出さない。口は悪いし態度も悪いが、他の人間にすることを私にはしてこない。周りからは私に対する好意の現れだと言われるが、本当に勘弁してほしい。お山のガキ大将かサル山のボスか知らないがこんなのに好かれる謂れは私には無い。
「その目で睨まれるとゾクゾクするぜ」
呆れて言葉も出てこない。私の三白眼に睨まれるのが好きらしく、昔から私の機嫌を損ねるような事を言ったり、やったりして私に睨まれては悦に入っている。
「頭の悪いのは分かったから。私達のことは放っておいて、あんたらはお祭り楽しんで来なさいよ」
わたしの隣の楓を見て史樹は機嫌が悪そうだ。楓が私のお婿さんになると公言しているだけあって近所でも私達のことは有名と言うか、もうそうなるものと噂されているので、こいつの耳にもしっかり届いていることだろう。
「こんなチビのお守りしてないで、俺と花火見に行こうぜ。今年はとびきり盛り上がるぞ」
無駄に毎年恒例の仕掛け花火がもうすぐ始まる。その年その年のメッセージが花火で描かれるのだが、何故か街中の人々が集まってそれを楽しみにしている。私が医学部の受験勉強で頑張っていたときには父がお金を出してメッセージを選んだそうだ。桜子、受験勉強頑張れ!と描いたらしい。当の私は受験勉強で部屋に引きこもっていたので全く見ていないし興味もないのだが、そこからはもう趣旨がおかしくなってプロポーズに使ったり、告白に使ったりと訳のわからないことになっているそうだ。
決め台詞を言ってやったぜとばかりに史樹は取り巻きの腰巾着を見る。取り巻きがヒューっと歓声を上げる流れのスムーズさに呆れていると、史樹はポマードまみれの手を私に伸ばしてくる。絶対に嫌だとひらりと交わし反撃のひと言を放つ。
「私と私のお婿さんのことは放っておいてもらえる?」
史樹が口をパクパクさせている。池の鯉が餌をもらうときのようだが、私はこいつに餌をやる気はさらさら無い。
楓もびっくりしているのか私と史樹の顔を交互に見ては困惑の表情だ。
「い、いつからそれとそうなった」
本当に頭が悪いのだろうか。混乱しているのだろうが名詞も主語もあったものではない。私としては史樹のことは好きではないし、楓のほうが何杯も可愛げがある。たまに生意気だと思うことがあるがなんだかんだで私は楓が好きなんだと思う。
「具体的には今日からで、潜在的にはもっと前からよ」
いい気分だった。史樹の顔から血の気が引いていくのが手に取るようにわかる。私は彼女を自慢する男のように楓の肩に手を回し自慢するように見下してやる。私はやっぱり性格が悪いと心底思うが、それでも楓は好きと言ってくれるだろうし改善しなくても大丈夫だろう。
「そいつのために浴衣まで着ているのか」
史樹が私を指さしてくる。指を指すなと大人に注意されたことがないのだろうか。親の顔が見たいとはまさにこのことだが、残念ながらこいつの親の顔も知っている。
「そうよ、このお面も楓に買ってもらったのよ。似合うでしょう?」
勝ち誇る様に胸を張る私を止めたいのか、楓は私の浴衣の袖を引っ張ってくる。楓も楓で人見知りが凄いので、余り周りの人と円滑に会話が出来ないのか、史樹の見た目が怖いのでビビっているのだろうか。
「あ、あ、ああ!、ああー!」
ああ、史樹が遂に壊れてしまった。好きじゃないからと意地悪しすぎたのだろうか、子分2人が呆然としている中、本殿の方へ走り出して行ってしまった。暫くの沈黙の後に子分2人が情けない声を出して追いかけていく。
「あやきさーん、待ってくださいー」絵に書いたような腰巾着ぷりで情けない。まあ子供の頃から子分で、今じゃ工務店二代目の腰巾着とは。
さて、からかって遊べたし、勝利宣言も出来たことだしりんご飴を探しに行こう。
「桜子姉さんはなんで怖くないの」
楓が私を腫れ物でも見るかのように見つめてくる。やりすぎてしまって嫌われたりしていないだろうかと急に心配になってしまった。
「私、性格悪い?」
楓はブンブンと首を横に振って否定してくれるので、胸を撫で下ろした。楓の頭を撫でて落ち着きを取り戻す、私も何だかんだでこうしているのが好きなようだ。
「桜子姉さんの事は怖くないけど、やってることにはヒヤヒヤする」
思考や行動が男前なのに争いごとになると年相応の男の子なのだろうか、私の方は幼馴染がガキ大将なだけで怖くもなんとも無いのだが。
「私は好かれているらしいから、あいつから被害を受けたこと無いのよ。だから怖くないの」
呆れたように楓は頭をかいて、その後顔を押さえて考えふけっている。そして言葉を選ぶようにポツポツと話し出した。
「だからって、あんまり、人に酷いこと言っちゃいけないと思うよ。どんな人だって、傷つくよ。僕も、あんな事やられたら嫌だもの」
史樹の事が嫌いすぎてついついやりすぎてしまった。楓も居るし今後は心配をかけないようにしようと反省をしつつ、この平和主義で優しい王子様をそっと抱きしめた。
私の胸元に顔がジャストフィットしているので楓の顔が真っ赤になっている。やりすぎると鼻血でも出して倒れそうなので、程々にしておく事にした。
「心配かけてごめんね楓。これからは気をつけるわ。ありがとう」
また楓の頭をひと撫でして当初の目的を思い出しながら楓と手を取り合って歩き出す。やっと自然に手を繋いて歩けるようになって様になってきたと思う。
「りんご飴2人分買って、少し見たらお家に帰りましょうか」
楓は無言で私に笑顔を向けてくれる。そうだ、私にはいま楓がいるからそれでいい。




