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グレイシャルLOVE  作者: はまぐり夕陽
if ひとりごと
6/12

やりすぎ 桜子の視点

叩いている、蹴っている。そこら中なんでも構わない、この地獄みたいな状況から抜け出せるなら、ドアが開くならなんだっていい。この場所から抜け出せるならなんだっていい。


「史樹、車を止めろ!、車から降ろせ!」


 品も何もあったのもじゃない。私がやり過ぎた結果こうなってしまったが、早く降りて楓の所に行かなければ大変なことになってしまう。



 時間は少し前に遡る。



 私と楓はりんご飴を食べていた。最早一つのりんご飴を2人で分け合いながら食べる姿は夏祭りのアダムとイブといった印象だった。もう手慣れたもので私の持つりんご飴に楓がかじりつくと私もかじりつき交互に味わい喜びを共有していた。

 そんな幸せは長くは続かなかった。祭りの最高潮と言える仕掛け花火がちらっと見えて私の名前が浮かび上がり、また下らない事が始まったのかとため息が出た。


「りんご飴って食べづらいけど甘くて美味しいね」


 楓は呑気に初めてのりんご飴の感想を言っている。私はと言えば、りんご飴よりも早く帰りたい気持ちのほうが大きくなっていた。今年の仕掛け花火はどうのこうのと言っていたから絶対に史樹がなんかやっているに違いない。今の所、仕掛け花火から遠い所にいるから実害がないがこれから碌でもないことになる気がする。


 仕掛け花火が消えかかっているのが私の所からかすかに見える。大きな歓声が挙がっているが私はここに居るし、史樹の心はポッキリとさっき折った。


「なんか面倒なことになりそうな気がするわ」


 りんご飴を頰張る楓は仕掛け花火の文字なんか興味がないのか、やっていることを知らないのかこれから何を買って帰ろうかと呑気に散策を続けている。


「なんかしたの、桜子姉さん」


 不安そうにしている私の顔色を察してか、楓は私の顔に手を当てて覗き込んでくる。二人っきりならロマンチックな状況なんだろうけど、どうもそういう雰囲気になれない。


 人波がこちらに向かってくる。祭りの終わりも見えてきてそれぞれに帰路に向かっていくのだろう。その中に見覚えのある顔がある。幼馴染の相澤今日子だ。一人で歩いている割にバッチリメイクをして、紅花で染めたような強い黄色の浴衣を着ている。こんな田舎で新たな出会いは期待できないだろうに殊勝と言うか夢見がちというか。幼馴染に会えて安心した私は今日子に手を振って声をかけた。


「今日子、一人なの?」


 7歳年下とはいえ婿候補の美少年を連れている私は、今日子にほんの少しの優越感を感じながら、大して身長も変わらないのに見下ろすようにほくそ笑んでやる。


「桜子、あんた遂に史樹に告白されたわね。ご愁傷さま」


 今日子は優越感に浸っていた私に特大の爆弾発言で反撃をし、私に向かって十字を切ってくる。いつからこの子はキリスト教に改宗したのか。


「あなたの家、バリバリの浄土真宗でしょうが」


 今日子には悪いが嫌味の一つも言わせてほしい。今日子は私が嫌味を言ったことを気にもせず私の後ろに楓を見つけて、表情が明るくなったように思う。そう言えば昔から楓がかわいいとか、あんたが羨ましいとか散々言われてきたんだった。


「楓くーん、桜子お姉さんとデートしてたの?」


 猫なで声で話しかけて、視線を合わせるように屈みながら、口づけでもするのかと楓に顔を近づける今日子に、全く悪気もなく、さも当然のように楓は頷きながら答える。


「うん、お面プレゼントして、一緒にたこ焼き食べてお祭り見てたんだ。出来れば金魚釣りはしたかったんだけど」


 今日子はパクパクと口を開き、楓を指さしながら私を見てくる。こんな光景さっき見たのを思い出して少し嫌な気分になる。今日子も楓のファンみたいなものだ、まぁまぁショックなのだろう。

「なんでそうなっちゃったの」


 今日子の言うこともごもっともだ。この前に今日子に会ったときはそんなに進展してないと話していたのだ。なんか今日になって急にそんな感じになったと説明しても、理解は得られないと思う。


「なんかそうなったのよ」


 私は頭をかきながら答えた。今日子は深くため息をついて苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「あんた、史樹が仕掛け花火で何やったか分かる?」


 ほら来た。私は見てもいないし興味もない、というかそもそもその仕掛け花火の前に史樹の心を折ったのだ。もう関係ないと自分に言い聞かせる。


「知らないわよ、そもそも史樹も知ってるわ」


 今日子は面倒なことに巻き込まれたと思っているか、目を覆って暫く俯いていた。またため息をついた今日子が真剣な目をして私を見上げた。


「史樹の性格考えるとまずいわよ」


 私だってそんな事はわかっているし、だからさっさと帰りたいのだ。楓が呑気だからちょっと困ってはいるがこの人波に紛れたらうまく帰れるのではないか。


「わかってるわよ、これから帰るわ」


 やれやれと思っているのだろうか、今日子はショートカットの頭をかきながら私と楓を交互に見て真剣な顔をしている。いや、楓を見るときだけ口元が緩んでいないか。


「私も一緒に行ってあげるわ、人目があれば大事にはならないでしょう」


 膳は急げと私達は歩き出した。境内を抜けて、階段を下っていく。楓は名残惜しそうにしているが、私が巻いた種だ、後で誠心誠意謝ろう。


 家に向かって歩き続ければ、徐々に人が少なくなり街灯も疎らになってきた。正面から車が走ってきて、肝を冷やした。軽トラックだったので胸を撫で下ろした。今日子も同じだったようでフッーと深呼吸している。


「あのダサいピンクのアメ車じゃなくてよかったわ」


 私も今日子も同じとこを思っていたようで、今日子が口にした言葉に私も苦笑してしまった。


 去年、史樹は父親から譲ってもらったと車を自慢してきた。父親が好きな歌手の乗っていたやつと同じ車がどうとか言っていたが、全部聞き流していたからピンクのでかいオープンカーだったのしか覚えていない。でかい車にダサいピンク、無駄にでかいエンジン音に尊大な史樹にはお似合いの車だと思った。


 ボッボッっと低い音が響いてくる。スピードも出ないのに無駄に大きい音が特徴だった。こんな音だったんではないかとドキッとして振り替える。


 大きなヘッドライトが近づいてくる。色は何色か私達からはまだ見えない、目を凝らして確認をするより前に隠れればよかった。ピンク色の車体が見えた後はもう遅かった。楓は走ることは出来ないし逃げることは出来ない、スピードを上げて近づいてくるピンクの車から楓を隠すように私と今日子で壁を作った。ビッビーと一昔前のクラクションを何度も鳴らそれてイライラする。


「さくらこー、無視すんなよー」


 私達の前で止まったピンクのアメ車から史樹が声をかけてくる。条件反射的に私は無言で史樹を思いっきり睨みつける。


「そんなガキより、将来性抜群の俺を選べよ?未来の社長さまだぜ?」


 ポマードの臭いが鼻に付き、口裂け女のように大きく口を開いて精一杯の抵抗をする。


「臭い!、うるさい!、さっさと消えて!」


 私はこれが返事になるのか知らないが捲し立てるように言って、史樹との会話を終わらせたかった。そして今日子も助け舟を出してくれる。


「楓君と桜子がどういう関係が知っているんじゃないの?、諦めなさいよ」


 すこし震え声で話す今日子は私の手を握って来たが手が震えていて、今日子に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 史樹のイライラは募る一方なのだろうか。無駄に大きいハンドルをずっとトントンと叩きながら私達を睨みつけてくるのを見て、初めてこいつが怖いと思った。


「いいたいことはっ!」


 史樹が私達に何かを言いかけた時、楓が私達と史樹の間に割って入ってきた。


「恥ずかしくないんですか?、男なら女の子を守る王子様とかヒーローになろうと思いませんか?、僕はあなたみたいな人は好きじゃありません。人に好かれたいなら優しくするべきです」


 この子は急に何を言っているのか素に戻ってしまう。史樹も呆れているし、今日子は呆れてはいなかった。


「王子様…」


 駄目だ。今日子は楓が白馬に跨る王子様に見えているらしい。


「お前がいるから、俺がそうなれないんだろうが!」


 史樹がハンドルを思いっきり叩いて怒りを爆発させる。楓が殴られたりしないように再び私が前に出る。そのタイミングで史樹の腕が私の手を掴んだ。私は思いっきり引っ張られてオープンカーの後部座席に投げ飛ばされた。


 まずいと思った時にはもう遅かった。車はアクセルを踏んで急発進する。今日子の悲鳴が聞こえたが、それも遠ざかっていく。


 そして今に至る。


 叩いている、蹴っている。そこら中なんでも構わない、この地獄みたいな状況から抜け出せるなら、ドアが開くならなんだっていい。この場所から抜け出せるならなんだっていい。


「史樹、車を止めろ!、車から降ろせ!」


 品も何もあったのもじゃない。私がやり過ぎた結果こうなってしまったが、早く降りて楓の所に行かなければ大変なことになってしまう。


「大人しくしていろ、事故るだろうが」


 事故らせれば良いのか。私は後部座席から史樹の髪の毛を引っ張って怒鳴り続ける。


「車を止めないと飛び降りるわよ!」


 史樹が仰天したのか後ろを振り返る。私は史樹の顔面に思いっきりパンチをした。私の渾身の一撃はよく分からないが鉄のような匂いがすることから察するに効果は抜群だったようだ。してやったりと思った刹那、目の前が一気に暗くなると同時に衝撃が襲って来た。

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