お祭り
境内は人でごった返している。楓とはぐれたら一大事になってしまうから、握っていた手を指を絡めて強く握り直した。楓も私の手をしっかり握って久々の外出に少し気後れしているのだろうか。本当に恋人のよう手の繋ぎ方になって背中がムズムズする様な気恥しさを味わう。
「大丈夫? もう少ししたら仕掛け花火が始まるからその頃には少し落ち着くはずよ」
私はこの何となくついて回る気恥しさをどうにかしようと努めて年上らしく振る舞う。楓は私のの気持ちを知ってか知らずか、私に満面の笑顔を向けてくる。
とは言えなかなかの人混みだ。お祭りと言えば何から始めるのがいいのだろうか。とりあえず腹ごしらえか、格好から入るならお面? いや、流石に楓もお面はいらないだろうと苦笑してしまった。
「お祭りって結構混んでいるんだね。どうしたの?、桜子姉さん」
苦笑している私を見て楓が不思議がっている。また楓の頭を撫でながら私は自分が馬鹿な考えをしていたことを打ち明けた。
「お祭りって何から回るのが良いのか考えてたのよ。定番って色々あるじゃない。流石にお面は要らないわよね?」
楓は近くのお面屋さんの屋台を眺めながら、男の子向けの戦隊ヒーローや正義の味方のお面、女子向けの魔法少女のお面を眺めて、その中から狐のお面を指さした。
「これなら、桜子姉さんに似合うんじゃない?」
白い顔に赤い大きな口、金色の目に真っ赤な耳。なんでこれが私に似合うのだろうか、私はこんなに意地悪そうな顔をしているのだろうかと眺めながら考えていると、楓は店主とやり取りをしていた。
「買っちゃったの?」
私が目を離した隙にと溜め息がこぼれる。変なところで行動力があるのはこの子の不思議なところだ。楓は私の溜め息を気にしてか申し訳なさそうに上目遣いで戻ってきた。
「嫌だった?」
嫌とか以前に欲しがっていなかったのだけど、多分いらないって言ったら意地悪な女を通り越して嫌な女になってしまうのだろう。
「そんなに申し訳無さそうにしなくてもいいわよ」
私は受け取った白面の狐の顔を上から下からといろいろな角度で眺めながら、やっぱり私に対する楓の印象はこんな感じなのだろうかと考えてしまう。下から見たときなどは相当なツリ目で、なかなかに性格が悪そうだ。
「なんか漫画とかで読むお祭りって、こういうの付けてない?」
ああ、なるほど。たしかにこんなお面を側頭部につけているのは創作でよく見るなと思い至った。私なりのイメージでそのように取り付けてみるが意外と安定しないので、私が苦戦していると楓が背伸びをしながら私の頭に手を伸ばしてくる。私のほうが頭一つ分大きいから楓も苦戦しているようだが、なんとか納得の角度に収まったようだ。楓が満面の笑みで拍手をしてくるので、こうなると尚更要らなかったとは言える雰囲気ではない。
「ありがとう。似合っているの、私?」
うーんと唸りながら楓は私の周りをぐるぐると周って確認している。唸るくらい悩むなら買わなくてよかったんではないかと思うが、ピョンピョンと跳ねながら一生懸命に上からも見ようとしてくるのは微笑ましいと思える。
「うん、なんかかわいい」
なんかとは何だと思い、思いっきり楓の頬を引っ張って楓の笑顔を崩してやる。楓は頬を引っ張られながら私に何か意見があるようだが何言っているのかわからないのをいいことに私は自分の言いたいことを言わせてもらった。
「あのね、なんかはいらないの。可愛い似合ってる素敵でいいのよ。もし、ちゃんと似合っていたのならね」
やっと離してもらえた頬を擦りながら楓はまたやれやれと言ったような顔をする。
「うん、似合ってるよ。桜子姉さんの髪の毛黒くてきれいだから、こういうの似合うと思ったんだよね」
この子は本当に一言余計だったり、その一言にドキッとさせられたり一緒にいて飽きることがない。楓の自覚なく発せられる、キザでイケメン気質な称賛の言葉は私の胸を胸を躍らせる。たまにはこんな関係性もありだと思う。
一頻り楓で遊んでいたらだんだんとお腹が減ってきた。晩飯時も過ぎているし、ソースの焦げるような匂いにかき氷や綿あめの甘ったるい匂いもしてくる。この匂いの中で私のお腹の虫も音を上げて鳴ってしまったが、楓には聞こえていないだろうか。楓も楓でお腹が空いてきたようで、さっきから食べ物系の屋台をキョロキョロと興味深げに眺めている。
「お祭りといえばたこ焼き、焼きそば、焼きとうもろこしとかかしら」
楓が狐のお面を買ったんだから、もうお祭りと言えばコレと言うやつで楽しんでみよう。私個人は焼きとうもろこしなのだけど、楓と一緒ならたこ焼きとかなら二人で分けて食べることも出来るし、あーんっと、食べさせてあげることも出来るだろう。これは年上のお姉さんぽくて、悪くないのではないだろうか。
「僕はたこ焼きがいいかな。マヨネーズのやつ」
以心伝心とはこの事かとほくそ笑みながら、マヨたこを探して楓と屋台通りを散策する。提灯の明かりに吸い寄せられる羽蟲の様に屋台に吸い寄せられながら2人でアレやコレやと目移りしながら歩いていると声をかけられた。
「おお、桜子。楓」
父だ。そういえばお祭りの実行委員で母と二人で朝から出かけていたっけ。恐らく昼から飲んですっかり出来上がっている父にはあまり会いたくなかったのだが、楓と二人で楽しく過ごしていてこの駄目親父の存在を忘れていた。
「お母さんは?」
どうせ飲み会の準備や手伝いで右往左往しているだろうが、一応聞いておこう。父は隣のテントを指さして答えた。隣のテントでは焼き鳥を焼いているようで、母が町内会の女性陣と一緒にタオルで汗を拭きながら串を裏返しタレをつけ、出来上がったのを配って暑そうに働いている。母の髪が汗で濡れているのを見て、父の不毛の大地と言える頭頂部を見比べるとなんとなく腹が立ってくる。
「お父さんが焼いたほうがいいんじゃない?」
ビールを呑み、焼き鳥を流し込みながら父がなんで?という顔をしてくるので、言いたいことだけ言ってしまおう。
「その頭ならタオルいらないでしょう」
父の周りで大きな笑いが起きているのを聞きながら私は歩きだしていた、ここからさっさと居なくなってしまいたい。娘は成長とともに父のことが嫌いになると言うが、昔から無責任な父が好きではない、その父に公私ともに献身する母の事にも疑問がある。私が医者になるのは既定路線だと言われて育ったからかもしれないが、女性だからと一歩後ろを歩く感じの母を見ているとああはなるまいと考えてしまう。
楓は私に手を引かれながら私の父と母に手を振ったり、軽く頭を下げたりしている、自称お婿さんだからって私以外にそんなに気を使わなくてもいいんじゃないかと思い、無自覚だった独占欲に我ながら呆れてしまう。
気を取り直す意味と我に帰る意味を込めて私は自分の頬をパチンと叩いた。
「早く私達もたこ焼き食べましょう。お腹すいてる時にあんなのに遭遇したから腹立ってきたわ」
楓は私が父と母があまり好きではないのを知っている。だからこそ私の面倒を見ると言って私から二人を遠ざけてくれたり、今もこうやって笑っていてくれるのだ。いや、なんで笑っているのだろうか。
「桜子姉さんのお腹は空いたり立ったり鳴いたりと大忙しだね」
ああ、そういう事か。さっきお腹が鳴っていたの聞いていたなと思いつつ、楓の感性が私を癒やしてくれるのが本当に心地よい。
「ホントね、さっさとなんか食べてこのお腹を労ってあげましょうか?」
何軒かの屋台を見て回りながら私達の念願のたこ焼き屋の屋台を見つける。いかにもなテキ屋のオヤジを思わせる風貌の壮年の男性は手慣れた手つきでたこ焼きを作っている。作り置きの在庫はなく、勝手に人気店認定をして私の中の期待値は上がる一方だ。その店で私は普通のたこ焼きを、楓はマヨタコを買った。
「はいよ、たこ焼きとこっちはマヨたこね。出来たてだから熱いよ」
脛に傷でもありそうな壮年の男性は、その見た目からは想像ができない配慮と優しさでたこ焼きを差し出してくる。それぞれに手渡された大玉のたこ焼きの上で鰹節が踊り、ソースと青のりの匂いが食欲をそそる。確かにこれは熱そうで猫舌の私としては少し躊躇してしまう。
「マヨたこ好きじゃないの?」
楓が不服そうに窺ってくる。私はやりたい事があるので必要だから買ったまでなのだけど、楓にはまだ合点がいっていないようだ。
「分けて食べたら、色んな味が食べられて楽しいでしょう」
楓はうんうんと頷きながら早速年相応の食い意地を発揮して早速一個頬張っている。出来たてで熱いと言っていたが楓は大丈夫なのだろうか。
「熱くないの? 大丈夫?」
熱そうにはしているが歯に挟んで上手に食べている。楓はマヨたこだから殊更に熱いだろうが大したものだ。それを見ていた私も一個を爪楊枝で半分にして食べてみた。多少空気にさらしたとは言えなかなかの熱さで半分にして正解だった。これは一個まるまる食べていたら口の中が大惨事になっていただろう。
「桜子姉さんは猫舌だよね、猫舌って食べ方が下手なだけって前に聞いたけど」
途中まで喋ってこれ以上はまずいと思ったらしい。楓は警戒しながらこちらを見つめてくるが、今の私は余裕がないのだ。口を開くことも出来ないし片手にたこ焼きを持っていてはいつものように抗議も意地悪もできやしない。
「なかなかの熱さね。楓も一個食べる?」
私から器を差し出してしまったのがまずいのだが、楓は爪楊枝に一個刺して口に運んでしまう。なんて勿体ない。これだからお子様はと目が座ってしまったので、慌てて眉間を揉んで誤魔化した。楓は上手に頬張ったたこ焼きを殆ど噛まずに飲み込んで私を見直った。
「駄目だったの?」
楓は自分が何かをやらかした自覚だけはあるらしく、そうやって上目遣いで見つめられると怒る気にもならない。いや、怒るようなことでもないし、食べるかと私が差し出したのだから文句を言うことでもないのだから。
「そうね、食べ方がなってなかったわね」
私の意地の悪さが露見しないように出来るだけ優しくしてあげることにした。年上のお姉さんらしく楓の口元のソースを拭いて、私のたこ焼きを楓の口元へ運んでやる。
「あーん」
お姉さんと言えどもこれはなかなか恥ずかしい。周りの目もあるし、結構な勇気がいる行為だったのかとやってみて実感する。
楓はというとなんの躊躇も情緒なくパクっと食べてしまった。そうだった、この子は何でも食べるんだ。本人曰く目の前にあるものを食べないなんて作ってくれた人に申し訳ないと言っていたが、初恋のお姉さんからあーんとしてもらってもう少し嬉しそうにとか、恥じらいながらとかそういうのはないものなのだろうか。
「普通のも美味しいね」
今度こそと味わったたこ焼きを満足そうに飲み込んで楓は口を開いた。満面の笑みで少しだけ上目遣いで見上げてくる楓の破壊力はなかなかのものだ。聞きたいのは味の感想ではなくて、今の気持ちなのだけど。
「桜子姉さんにも僕のをあげるよ、そろそろ冷めて食べやすいんじゃないかな」
駄目だこれはとため息をついた私の眼の前にマヨたこが差し出される。
「あーん」
と楓が躊躇もなくやってくる。今度は私がやる番なのか。この子は何で戸惑ったりせずにそういうことが出来るのだろうか。そういえば昔も私の頬に付いていたご飯粒をなんの躊躇いもなく取って、楓が食べてしまったことがある。あの時も周りからは歓声が上がり、私は顔から火が出る思いだったがこの子はそういう行為に抵抗がないのだ。周りに茶化されても何のことか理解していなかったし、行動原理が所謂男前や王子様でそれが当たり前だから抵抗がないのだろう。
「あーん」
私は覚悟を決めて口を開けて、楓から食べさせて貰う。首筋にかかる髪が邪魔になりそうだから髪を押さえ、たこ焼きを口に含む。気恥ずかしさでたこ焼きの味が解るような状況ではない。今食べたのはたこ焼きだったのかマヨたこだったのかすらおぼろげだ。私がそんな恥ずかしい思いをしているのに、なんでこの子は当たり前に感想が言えたのだろうか。
「これは結構くるわね」
楓もマヨたこを頬張りながら私の感想の意味が分からなかったらしく首を傾げている。
「マヨたこも美味しかったけど、この食べ方は恥ずかしいわ」
私は楓の頭を撫でながら恥ずかしいのを誤魔化した。楓にはやっぱり何が恥ずかしいのか伝わっていないようで不思議そうな顔で私を見ている。その臆面のなさも朴念仁な所もこの子の魅力だったり良さなのだろう。
すっかり私だけが恥ずかしい思いをした格好だが、なんとか挽回しなくてはならない、私は東京の医大に通う、年上のお姉さんなのだ。美少年の一人や二人手玉に取れなくてどうする。
「次はりんご飴でも食べましょうか」
私は耳まで赤くなってはいないかという顔の火照りを感じ、それがバレやしないかとか、年上のお姉さんの威厳がとかよくわからない感情が駆け巡っているのに楓は何か考えているのか、顎に手を当てて左上を見上げている。
「りんご飴って食べたことないかも」
そう言えばこの子の家は結構食べ物に厳しいんだった。お菓子なんて基本なく、従妹の私の所に来てたまに食べられる程度だと言っていた。小さい頃から健康で居たわけでもないから、親が心配するのも分からなくは無いけど、医学を囓った身からすると根拠が薄いと思う。
「じゃあ、りんご飴二人で食べましょう」
祭りは仕掛け花火の時間が迫ってきて少し屋台通りが空いてきたように感じる。りんご飴を探して歩き出した私達に向かってガラの悪い連中が歩いてくる。祭りを楽しんでいる群衆を蹴散らすように周りに睨みを利かせながらまっすぐ私達に向かってくる。田舎はこれだからとボヤきたくなるが、その田舎が私の生まれ故郷で楓の生きる世界なのだ。




