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《スープの味》

リヴルーフェは部屋のベッドに倒れ込むように寝転んだ。

神には睡眠は必要ないため、寝転がっても眠ることはできない。だから、特に意味はない。だが、なんだか疲れたような気がした。

リヴルーフェは静かに瞳を閉じる。



神は"お忍び"をするとだんだんと人間の体に適応していく。

はじめに味覚、その後に体温、痛み、眠気、最後に涙。

リヴルーフェはいずれ、寝転がったら眠って夢を見るようになることが信じられなかった。瞳を閉じても瞼の裏の暗い世界が広がるだけ。

眠ることが好きと言っている人間は、これの何が良いのか。

リヴルーフェは考えようとしたが、面倒だったのでやめた。




++++




夕日が差し込み、瞳を閉じているリヴルーフェの頬を照らした。

あれからずっと目を閉じて、何もせずにいた。

気だるげに起き上がり、窓の外を見る。"神の国"では見ることができない黄昏時の眩しさに少し、居心地の悪さを感じた。


その時、ノックの音が部屋に響く。


「失礼します。リヴィ、夜ご飯の時間だよ。一緒に食べよう」


アルフィリアの声だった。

リヴルーフェは、はっとして人間には食事が必要な事を思い出した。


「私、一緒に食べていいの?使用人だけど」

「うん!前にリヴィのお仕事やってた人も一緒に食べてたよ。なにより、父様と母様がリヴィとお話したいんだって」


神に食事は必要ないが、不自然にならないよう食べることにした。


食事の間へ行く廊下を二人で進む。


「なんでわざわざアフィが呼びに来たの?メイドとかに呼ばせればよくない?」

「だって俺のお客さんでしょ?それとも、俺じゃなくてメイドの誰かがよかった?」

「いや、そーゆー訳じゃないけど」


リヴルーフェは誰かとこんなに親しげに会話をするのは久しぶりだったため、少し戸惑ったが楽しさのようなものを感じた。



まもなく食事の間に着いた。

中ではラルドとタリスがすでに席に着いていた。


「リヴィちゃん!待ってたわよ!」

「さあ、席に着いてくれ」


長机の左奥の二席でラルドとタリスが笑顔で出迎えた。

食事、それも複数人でするのはリヴルーフェにとって初めてであった。ぎこちなさそうに右奥の席に着いたアルフィリアに続いて隣に座ると、まもなくメイドたちが料理を運んできた。

肉にサラダ、パン、そしてスープ。


神が味覚を得るためには"お忍び"などなんらかの方法を取らないといけないが、嗅覚は元からある。リヴルーフェは肉の香ばしい香り、サラダのドレッシングの香り、焼きたてのパンの香り、スープに入ったトマトの香りを感じて"神の国"には馴染みのないタイプの豊かさを感じた。

料理から顔を上げるとラルドとタリスはすでに食べ始めていた。

食べていいのかという視線を隣のアルフィリアに送ると笑顔が返ってきた。

昼間、部屋の前で見たあの笑顔だ。


「召し上がれ、リヴィ」


昼間の笑顔に加わった声が、アルフィリアの想いを倍にしてリヴルーフェに届けた。

リヴルーフェは一瞬だけ固まった。体に電撃のようなものが走った。なんだ、と思ったが料理に目を向け直す。

スプーンを手に取り、目の前にあったスープをすくって一口、口に運び、飲み込んだ。


「んんっ!?」


リヴルーフェは目を見開き驚きの表情となる。思わず、スプーンを持っていない左手で口元を隠した。

それを見たアルフィリアは依然笑顔のまま口を開いた。


「美味しい?」


リヴルーフェは驚きと戸惑いの表情のままアルフィリアの方へ顔を向ける。


「……美味しい、すごく」


リヴルーフェは先ほど体に走った電撃のようなものが、味覚を獲得した合図だったのだと気付いた。

"お忍び"での人間への適応は神によってそれぞれなので中には、一日目で全て獲得した神もいたと聞いたことがあったが、さすがのリヴルーフェも驚いた。


(ものぐさな私の人間への適応が、一日目から始まるなんて…)


獲得条件も分からずいきなり来るとは思わなかったが、リヴルーフェは再びスープを口に運んだ。

生まれて初めての"美味しさ"というものに、最古の神の死神様も思わず幸せそうな笑みをこぼした。


リヴルーフェの様子にアルフィリアは「いったい今までどれほど貧乏だったのだろう」と勘違いをしたが、幸せそうな表情だったので何も言わなかった。

アルフィリアもスープを一口飲んだ。そういえばアルフィリア自身も、最近になってようやく皆と同じ食事ができるようになって、このスープの美味しさを知ったことを思い出す。

そして、兄のことも。




++++




ルーティリアン王国の西部、ナトリート伯爵邸にとある少女が、伯爵自らの迎えによって招かれた。

巷では"鉛のルビー"と呼ばれている、金さえ払えば盗みでも、誘拐でも、殺しでもなんでもしてくれるという少女。いわゆる"なんでも屋"というものだった。


少女は客間に招かれ、伯爵と二人きりになると本題を切り出した。


「で、金貨三枚で何をして欲しいのじゃ?」


少女のどこか人の心を見透かしているような怪しげな笑みに伯爵は一瞬たじろいだが、気を引き締め直す。小娘に無様を晒すわけにはいかなかった。


「私はこの国の鉱山を三割所有しているのは知っているな?」

「もちろんじゃ。ちゃんと今知ったぞ」

「は?今!?」


伯爵は驚いたが、咳払いをし、再び落ち着いて話し始めた。


「だが、近年採掘量が落ちている。だから私はお人好しのサージェリーからいつも少し巻き上げているのだが、どうもあいつの二人の息子のうち…」


伯爵は少し顔を顰めながら続けた。


「…兄が、死んだらしい」

「ほー、そうなのか」

「つまり、時期サージェリー伯爵は弟の方になるということだ。だが、弟は少し前まで病気で社交の場に姿を現さんかったからどんな奴か分からん。兄は親に似てお人好しだったから、兄が伯爵になればそのまま今まで通り巻き上げられるはずだったのに……!」


伯爵は金と権威の保持に目が眩んでいた。

少女は足を組みながら、若葉色の瞳を少し細めて伯爵を見定めるような目つきをする。

そして静かに口を開いた。


「だから、わしは何をすれば良いのじゃ?」


伯爵は少女の瞳に負けないように、強く睨み返しながら言う。




「サージェリー伯爵の息子を、殺してこい」




それを聞いた少女は伯爵にそっと手を差し出す。

伯爵は差し出された手を握り、握手をした。

契約が成立した証だった。


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