呪術師と迷宮
普段は虫の鳴き声や鳥の囀りが耳を騒がせる森も、今この時ばかりは静寂が支配していた。不死者の気配というのは人も虫も動物も背筋を凍らせるものがあるらしい。その気配に追いやられて遍く生き物は身を遠ざけるのが常らしい。
騎士達と並んで、というか俺が騎士達を引き連れて森を進む。不死者を浄化できるのが俺しかいないからね仕方ないね。森を目的地の方向に進むと、美味い具合に魔境を避けて進む事が出来た。
普通の森と魔境の森に違いがあるのかというと、答えは大いに違うと言っておこう。魔境は魔力に満たされた異空間みたいなもので、出入りは自由だけどその空気は通常の森とは全く違う。如何に不死者と言えど、おいそれと気楽に侵入する気にはならないだろう。魔力の重圧というか、魔力に侵されていく感覚は背中を冷やすには十分なのだ。
いや、背中を冷やすというよりも魂に触れられる感覚と言った方が正解かもしれない。むき出しの魂そのもである不死者には殊更厳しいものがあるだろうな。そう考えると魔力その者をぶつければ不死者を倒せるのか、というと実際には倒せる。但し大量の魔力が必要になるので現実的ではないというだけだ。
騎士達も魔力を使った剣術を使えるが、魔法剣のように明確な破壊力を持たせることは出来ないし、不死者の魂を一撃で砕けるような膨大な魔力は捻り出せない。つまり何が言いたいかというと騎士は不死者に勝てない。
動きを止められるかもしれないが、後ろに続いている彼等ではスケルトンやゾンビを倒す事は出来無いし、足止めも厳しいのではなかろうか。
そんなアレコレを考えながら不死者たちを浄化していく先で目的地であるアオンボの本拠地に辿り着いた。見渡す限りの木の枝で作った小屋と、自然の木々を柱にして幾つもの布が張られていた。布は麻か何かの乾燥した繊維で作られており、俺たちの文明とは随分と遅れているように思える。ヒラヒラと動く布を幾度か躱しながら進むと、ずっと先の方に意思を重ねて作った建物が見えて来た。
「誰も居ないな」
「ああ、ここまで無人だと逆に不気味だぜ」
「そりゃそうだろう。全員不死者になっててもおかしくない」
後ろの騎士達が方々を向きながら会話するが、全てのアオンボの命と引き換えに不死者の呪いをバラ撒いたのだとしたら、果たして俺に浄化できるのだろうか。もし、起点になった呪術師まで消えていたら、もう俺にもどうしようもないのではないか。
そんな思いが噴出してきて何だか不安になってきていた。いや、いかんいかん。此処でしっかりしないと街の被害が出続ける事になる。浄化して帰るんだ。そうして家族を守るんだ。そんな思いを強くして石造りの建物に入ると、一気に背中が冷えた。これは。まさか。そう思って振り返ると騎士達の姿は既に無かった。というか出入り口は既に消えていた。
間違いない。此処は魔境だ。しかも人造の魔境だ。外見は石造りの小さな建物なのに、この空間は広すぎる。そして、全身に纏わりつく魔力の濃さ。これこそが魔境の証だ。以前、街に流れて来た古本を手に取って読んだことがある。人造の魔境は建物を変貌させて迷宮へと作り替えると。これが、そうか。呪術師の人造迷宮か。
◇◇
思いがけず迷宮に挑戦する事になった俺は、その先へと進む。壁は外見とは裏腹に頑丈で、蹴りを入れようがタックル使用が揺らぎもしない。結構、粗雑に組まれた壁に見えるのに石を取り外そうとしてもピクリともしない。どうやら奥に進むしか無いらしいな。
厭に湿った空気が石壁を濡らし、その割には乾いた砂が足元を固めている。ちょっと本気で踏み込んだら簡単に凹みそうだ。大丈夫だろうか。
幅二メートル程度の狭い道を歩き、気付けば高さ五メートル程度の高い天井へと変貌しているのに気づいた。何となく、逆さにしたお椀の内側を歩かされているかのようだ。その迷路のような道を進み、幾度か戻り、また進む。それを繰り返していると、やがて円筒形の広いエリアに出た。中心地には円状に小石が置かれている。そして中心部には胡坐をかいた人間が一人、目を閉じて佇んでいた。女性だろうか。俯いて良く解らない。
油断なく剣を構えてジリジリと近付く。小石がある外縁部まで近づくと、坐した人間の手が足の付け根から俺の方に蠅でも払うかのように伸びた。瞬間、乾いた音が俺の周囲で嘶くと坐した人間が途端に苦しみだした。
「ぐぅっうぅぅぅぅぅぅぅ………」
コイツが呪術師で間違いないらしい。初めてくらったから確信を得られないが、どうやら呪術を食らうと同時に「呪い倍返しのピアス」が跳ね返し、逆に呪術師が食らったと考えて良さそうだ。
暫く苦しんでいた呪術師に対して、俺は呪いを追いかけるように剣を振り被って近付いた。だが呪術師に近付くにつれてその距離が遠くなり、最後には呪術師が米粒程のサイズに見える程に離れてしまった。
なんだこれは。近づけば近づくほど遠くなり、逆に後退してみると呪術師の距離は近くなる。これも呪術か、或いは魔導具を使った魔術の効果か。それならばと周囲の魔力を強く感じ取り、俺は疑似魔法剣を使って剣閃を飛ばした。燃え上がる火の効果を持つ牙のようなその剣閃は、距離感に惑わされる事なく呪術師の体に吸い込まれていく。
「あがっ、あぁぁぁ……」
顔、首、胸に深い切り傷を負った呪術師は、焼け焦げた髪が燃え上がるのも構わずに中心部から離れようとしない。何故だ。どうして逃げない。いや、この床の小石が象る円の中心部から逃げられないのか。では、この円を壊してみるのはどうだろうか。
疑似魔法剣を展開し、今度は吹き荒れる風の効果を持たせて地面の円線に突き刺した。剣先から魔法剣の魔力が流れ込み、呪術に使われているであろう魔力の流れを乱す。それらがぶつかり合って暴風となり、この迷宮の中心部にある儀式場をかき乱していった。
「う、うぉぉぉぉぉああああああ!!」
吹き荒れる風に飛ばされまいと剣にしがみ付き、俺はその場にとどまった。呪術師も負けじと中心部に両手をついて留まっている。やはり、奴はあの場所から動くわけにはいかないらしい。
次第に暴風が刃となって周囲を切り裂き、地面に多数の亀裂を入れると、呪術師はその亀裂を気にしたのか留まるよりもそちらを気にした。その直後に呪術師は爆風に吹き飛ばされて吹き飛んでいく。ここだ。ここが勝負の決め時だ。
剣を引き抜いて風の魔力を消し、再び火の魔力で剣を覆う。全力で足を踏み込み、奴の体に燃え盛る剣筋を叩きつけてやった。どうだ。
「ぁっ、がぁ…あぁ…」
多少の呻き声を上げながら老婆と思しき呪術師が息絶えた。同時にその体から白い靄が溢れだしていく。どうやら呪術師本人も不死者化していたらしい。まさか、こいつですら使役されていたとかじゃないよな。
周囲を窺うも、これからが本当の闘いだ、という訳でもない事を確認して安堵の息を漏らした。やれやれ、今度こそ終わりだと良いが。まずは騎士達と合流だな。
【神銀の全身鎧が進化しました】
【神銀の両手剣が進化しました】
ま、まぁ後で確認しよう。
◇◇
アオンボの村から戻るとスケルトンたちは土に返っていた。どうやら呪術師が死ぬと効力が失われて灰になるらしい。一つ勉強になったな。
同行していた騎士達は俺が岩屋に入ると同時に分断されたらしく、全員俺と同じような境遇に立たされていたらしい。あれこれと調べている間に元の迷宮から解放されて、元の岩屋に気絶していた。ということらしい。俺は自力で解除したからなのか、気絶せずに済んだようだ。
街に戻ると街の纏め役である貴族に報告し、呪術師の死体を渡した。アレほどの大呪術を解明でもされると厄介なのだが、出来れば記録に残さず悪用されるような事は無いようにしてもらいたいものだ。報酬として騎士の位をとか言ってたが現金で貰った。いや、騎士爵とか要らんし。
そんな事よりも進化した装備品の方が気になるわ。という訳で現在の全装備内の確認だ。
全装備内(武器防具それぞれ9枠)
■防具
・神聖銀の全身鎧(聖耐性)
・吸毒のアミュレット(魔力変換)
・麻痺返しのリング(反射)
・呪い倍返しのピアス(大反射)
・精神異常無効のサークレット(強化)
・爆炎の腕輪(熱耐性)
・神雷の腕輪(雷耐性)
・凍結の腕輪(冷耐性)
・暗黒の腕輪(闇耐性)
・馬鱗の腕輪(水耐性・弱)
■武器
・神聖銀の両手剣(聖属性)
・魔星金の毒短剣
・神樹の長杖(火属性)
・空断の魔法弓(風属性)
・同位の魔像人形(呪・闇属性)
・水馬の魔水晶(水属性)
表面上の装備
・馬竜革の全身防具セット(水耐性・弱)
・魔星金の両手剣(艶消し)
・各種魔道具
どうやら聖属性がついたらしいな。鑑定眼鏡で確認しても推測と同じような結果が出た。そもそも聖属性の敵なんて、この世にいるんだろうか…?
聖なる存在と敵対したらそれだけで、神敵認定されるんじゃないかとビクビクしてますよ。というか呪い返しのピアスを入手した時も、先々で呪術師と戦う事になるんじゃないかとかフラグっぽい事を考えていたのに、このままじゃ教会と敵対するような事態になるのではないかと心底不安です。天界から天使が攻めてきたりしないよな。大丈夫だよな。暗殺者は来なくなったけど粛清の天使が襲ってきたりとかしないよな。悪行に手を染めた事は無い筈。うん、ない、よな。多分…。




