第八話
∞見知らぬ少女∞
英佑が開けた扉のすぐ手前には三体の人形がうろついていた。廊下にも我先にと部屋へ侵入を試みる人形たちが十数体いた。
「んじゃま、俺も臨戦態勢に入るとしますか」
「戦う準備終してから開けてください!!ってうぇえ!!?」
英佑が左右の手を合わせ静かに目を閉じると身体が淡い光に覆われた。その目は金色に染まっている。
「こ、これは……?」
「英佑先輩の魔好の力。英佑先輩は身体能力を向上させる力を持ってるのよ」
「足が早くなったり、殴る力が強くなったり?」
「そ。こんな感じにねっ!」
英佑は三体の内、入り口に近い猫とキリンと男の子が合体した人形を殴り飛ばした。人形は廊下の壁にめり込みそのまま動けなくなったようだ。その後も様々な人形 - まだ合成されていない普通の人形もいる ― が部屋の中へ入ってくる。
英佑は襲い掛かってくる人形たちをすべて壁に向かって吹っ飛ばしまくっていた。
「ちょっ、壁が!?」
「大丈夫大丈夫。元の世界に戻れば傷も無かったことになるわ」
「何でもありだな!?」
翔馬はちゃんと戻らなかったらどうやって響たちに説明するか頭を抱えている。
「あはは。そのうち慣れるよ。さて、今のところ殺気が強い三体は倒したし部屋の外に出てみようか」
薄暗い部屋で瞳を煌々と輝かせた英佑がそう言うと、夕映もポケットから柄の部分に桜の意匠を凝らしたナイフを取り出した。
「ナイフ……。夕映ちゃんも闘えるの?」
「私が出来るのはあくまで護身術の範囲。私の役目はまた別のところにあるの。岸波くんも覚悟を決めて武器を出そう!」
「別?って翔ちゃんも戦うの!?」
翔馬は鞄から莉乃の家に向かう前に買った長さ80㎝程の木製バットの様な棒を取り出した。手には握りやすい様に滑り止めの布もしっかり巻いており中程には鉄製で丸型の鍔のようなものがついている。
「……まあ、ただ守られるだけなのもなんだしない」
「準備は万端だしそろそろ移動するよ!俺が先頭で岸くん姫ちゃん。殿は夕映ね」
「了解です」
英佑は顔だけを出し廊下の様子を伺う。廊下は幅が2メートルもありそうなほど広く先も長く薄暗かった。他の部屋の扉もまるで自分達が人形サイズになってしまったのだと錯覚する程に大きかった。英佑達の予想通り、莉乃の部屋以外は別の空間に変えられてしまったようだった。
人形達もフヨフヨと彷徨いており、翔馬達を見つけるとどんより濁った目を赤く光らせて飛びかかってきた。
英佑は人形を殴り飛ばしながら進み、翔馬と夕映は英佑が仕留め損ねた襲いかかる人形をナイフや棒で退ける。操る優先度が低いのか吹っ飛ばされては糸が切れたように全く動かなくなる個体もいる。
(敵の目的は姫ちゃんか岸くんか、或いは両方か…)
英佑は後輩達がちゃんとついて来れてるか確認しつつ慎重に歩を進めて行った。人形と接触するようになってから、莉乃の表情は再び奏と会う前の状態に戻りつつあった。襲いくる魔物を通じて莉乃のココロを吸収しているのかもしれない。
1時間近く歩いていると英佑達にちょうどいいサイズの扉が現れた。英佑は後輩達を振り返り中に入ることを伝える。
三人とも頷くのを確認すると扉を開け部屋の中を覗き込む。廊下と違い人形がいる気配がなかったため、休憩がてら部屋に入ってみる。
だが、やはりここも人形の世界に侵食されているようで扉や部屋の中に置いてある本棚は普通なのにベッドはデカく家具のサイズはバラバラだ。
部屋は広々としているが中は油絵独特の匂いも微かに感じる。
「あ、ここ響さんの部屋だ」
「響先輩の?」
翔馬の言葉に夕映も部屋を見回す。隅の方には壁に立てかけられたキャンパスや絵描き道具が置いてあった。
とりあえずこの部屋には危険がないことを確認してから床に座り休憩する。莉乃は精神的な面でも体力の消費が激しいらしくぐったりと壁に寄りかかっていた。夕映は莉乃に寄り添い背中を擦っている。
暫く休んでいると軽快なメロディが部屋に鳴り響く。英佑が携帯を確認すると霧島からの着信が着た。
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「うーわぁ。参ったなこりゃ」
霧島は教師としての仕事が終わりようやく姫神家へとたどり着いた。
しかし着いたはいいものの姫神家は魔好人もろとも魔物の世界に持っていかれたようで、敷地には何も無かった。周りにも人影はない。
霧島はポケットから携帯を取り出すとイヤホンを差し込む穴に小さな機械を取り付け、電話帳から英佑の名前を探し出す。2コール目に呼び出し音が途切れ英佑の声が聞こえた。
『はーい、こちら英佑班です』
「あー、もしもし。こちら霧島。ただ今姫神家前だ。そっちの様子はどうだ?」
『現在魔物の世界を探索中です。姫ちゃんの部屋以外なんか色々巨大化してますねぇ。今は響君の部屋と思しきところで休憩しています』
「分かった。余裕がありそうなら道を開いてくれ」
『了解です。ただ司じゃ無いので恐らく繋げられるのは5秒が限界です。すでに中は人形で溢れているのでお気をつけて〜』
「十分だ。頼むぞ」
霧島が電話を切り少し待つと目の前の空間が歪みドアが現れた。霧島は素早く扉を開き中に滑り込んだ。
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「ちょっと大きい音するから耳塞いでてね~」
通話を終えると英佑はポケットから蒼白い光を放つビー玉のような物を取り出した。その光る玉をを思いっきり振りかぶり、この部屋に唯一ある扉に向かって投げるとパァアアン!!という破裂音とともに扉の形が玄関のものに変わる。
翔馬達が変化した扉を凝視しているとすぐに扉が開き、外から霧島が部屋の中へ入ってきた。扉は一瞬グニャリと歪むと再び元の扉に戻っていた。
「やれやれ、やっと合流できたな。お待たせ」
「うんうん。霧島先生も無事にこの空間に侵入出来たし今回の役者は揃った。姫ちゃんを苦しめる人形にお灸を据えてやろうぜ!」
「そうさな。しかし今回の人形はかなり力が強いようだ。ここまで大きな領域はあまり見ない」
「その人形の魔物って莉乃を捕まえてどうするつもりなんですか?」
「魔物たちは気に入った者を殺しはしないが、常に傍に居ないと気がすまないやつらが多い。自分が一番じゃないと不安になるようだ」
自分が1番じゃなと気が済まない。常にそばにいて欲しい。寒気がするほどの執着心に自分のことではないのに翔馬は身震いをする。アレだ、昔何かの漫画で見たヤンデレというやつだろうか?多少傷つけてでも自分のモノにする的な。
翔馬は心配になり霧島から視線を莉乃の方へ移し違和感を覚える。壁に寄りかかっていたのは覚えているが、近くに押し入れの入り口なんてあっただろうか?そのままジッと押し入れを見つめていると、ジワジワとゆっくり扉が開いていく。
「…あっ!・・・ムグゥ」
「夕映、姫神連れて壁からそっと離れろ」
「・・・・・・了解」
翔馬が叫びそうになったのところを霧島は手で口を塞ぎ夕映に指示を出す。
夕映は素知らぬ風に莉乃を引き連れて離れようとするが気付かれたと悟ったのかそれより早く押し入れは開かれ、異形の人形達が中から溢れるように出てきた。
「岸波。そこから動くんじゃないぞ」
霧島は翔馬から手を離すと懐から小刀サイズの鞘を取り出した。鞘には刀が挿さっていないのにもかかわらず、左手で鞘を持ちまるで柄があるように右手を添えると霧島の目が蒼く光った。そのまま刀を抜くように右手を動かすと鞘から水が溢れ、刃の形へ変化して行った。右手に水でできた刀を携えた霧島は押し入れから飛び出してくる人形達を次々と切り裂いて行った。
英佑も弾かれるように飛び出し夕映達の元に着くと、飛び出してくる人形を次々と殴り飛ばす。英佑に殴られた人形達は後ろにいた他の人形達を巻き込みながら吹き飛ばされていく。
霧島と英佑が切り開いた道を走り夕映と莉乃が翔馬の元にたどり着くと押し入れの扉が大きく震えた後、今までの人形たちとは違いまるで人間のような、だが青白い足がぬらりと現れた。
赤いワンピースに、桜の刺繍の入った白いフリルのエプロン。裾にピンク色のリボンが付いた七分丈のズボン。
そして、金の髪と蒼い目をした少女がふわりと床に着地し翔馬達ににこりと笑いかけた。
<初めまして、人間の皆様>
「こ、こいつが莉乃を苦しめてる原因?」
他の人形達のような作り物には見えず、サイズは小さいが普通の女の子のようにも見える。だが少女の外見は昨日莉乃が夢で見たあの少女と同じだと翔馬は思った。無意識に噛まれた腕をさすり少女を警戒する。
少女は辺りを見渡し莉乃を見つけ笑みを深くした後、翔馬を睨み両手を広げた。
<おねぇちゃんをこちらに渡して下さいな。おねぇちゃんのココロを渡して下さいな>
「だ、誰がお前なんかに渡すかっ!」
「その通りだ。お前さんは人間に危害を加えている。残念ながら排除対象だ」
「姫ちゃんにはこれ以上近づけさせないよ」
「可愛い顔して危ない事をする悪い子にはお仕置きしてあげるわ!」
翔馬達は莉乃を庇いながら各々武器や拳を構え人形の出方を伺う。
少女は愛らしい表情を一変して形だけの笑顔を貼り付けガラスのような目を翔馬達に向けると、返せ寄越せと繰り返す。
<おねぇちゃんヲ返しテクださいな。ワタシずぅっとマッテタの。オネぇちゃんが迎えにきてくレルのヲ。薄グラいオ部屋デ。押しイレのナカデ。オモチャ箱の中で。マッテタのヨ?>
少女の人形が一歩近づくたびに翔馬は少女に違和感を覚えた。最初に押入れから現れたときは70センチほどの大きさだったはずだが、今では1メートルに近い。
遠近法では無い。証拠に幼さない造りの少女人形はあっという間に中学生くらいの人間の少女の様になっていた。青白かった肌も血色を帯び、赤みが挿し始めている。
「莉乃っ!?」
「……しょう……ちゃ、ん」
翔馬は莉乃の様子が心配になり莉乃を見ると驚愕する。夕映に支えられていたはずの莉乃は腕にすっぽり入るほどに小さくなっていた。あの少女の人形と同じくらいのサイズだろう。
「岸波くん、私も前に出るから莉乃ちゃんに人形に負けない様に呼びかけて!!」
「は、はいっ」
翔馬は英佑達の邪魔にならないように……莉乃を少女から遠ざける様に夕映から莉乃を預かり抱えて後ろに下がるが、その感触に寒気を覚える。支えている莉乃の体はとても冷たく硬くなっていた。身体はもう殆ど人形と変わらなくなっている。翔馬にはよく分からないが今の莉乃を保っているものは僅かに残っている心なのだろう。
(形の無いものなんてどうやって守ればいいんだっ!)
「しょ、しょう……ちゃん」
「莉乃!?しっかりしろよ!莉乃っ」
「ア、アタシから。はな……レて!」
僅かに口を開いた莉乃は翔馬を辛そうな顔で見るが、言葉とは裏腹に左手は服をしっかり握り込み陶器のような小さくなった右手を頬に寄せる。ガラスのような莉乃の目には焦る翔馬の顔が映り込む。
莉乃の様子に気づいた霧島は混乱している翔馬を引き離そうとするも、邪魔されまいと複数のネコのぬいぐるみが壁となって立ちはだかる。
<<邪魔ハさせナイワ>>
「ちっ」
邪魔が入らないことを確認した少女はフワフワと翔馬に近づきコテンと可愛らしく首を傾げ、右手を翔馬に向けてポツリと呟く。
<<ワタシと遊んデ?ショウちゃん>>
「ストオオオップ!!」
少女はニヤリと嗤い翔馬に手を伸ばそうとしたところで人形の壁を軽々と飛び越えた闖入者が現れた。闖入者は少女の顔にキックをかますと翔馬の目の前へストンと綺麗に着地した。
少女は突然のことに動揺し床へ倒れ込んだ。
<グゥ、キサマァアアアア!!マタシテモ邪魔ヲシタワネ!>
翔馬は唖然として目の前にユラユラと揺れる耳を見つめる。
「……まさか……」
「嗚呼、莉乃ちゃんたら可哀想に。ボクも手伝ったげるから早く助けてあげよう」
「サツキ!?」
名前を呼ばれた服を着た兎はクルリと翔馬の方を向くと丁寧にお辞儀した。
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