第六話
∞現れた世界∞
「待たせたな」
「ん?おお司。部活終わったか?」
「ああ」
「んじゃ行くか。あっ、途中商店街に寄り道してもいいか?お菓子とか買いたいし用事あるし」
「大丈夫だ」
司はちらっと一瞬後方を確認し、そのまま出発した。
「先輩達は出発したみたいね」
司と響が出発したのを確認した夕映達も少し遅れて学校を後にした。
「さて、今日も対魔部の活動を開始しちゃいましょうか」
口調は明るいが表情は真剣そのものだった。
「よろしくお願いします」
そんな夕映の台詞に答えたのは莉乃ではなく翔馬だった。翔馬は心配そうに隣に立つ莉乃を見やる。
昨日、莉乃から必死の電話を受け、翔馬が部屋に駆けつけたときには既に目は虚ろで心ここに在らずといった様子だった。いくら話しかけても全く反応せずまるで人形のようになってしまっていた。
本当は憔悴する莉乃を休ませたかったが一人にするのは心配だし、様子がおかしいことが響きにバレては計画が台無しになる。時々思い出したように莉乃が我に返るときがあったおかげでなんとか学校にも連れてくることができたのだった。
「今日は攻めてきてくれるかな?」
英佑は少しウキウキした様子で司達の後をつける。昨日下校していたときも魔物は気配だけで遭遇することはなかったのだ。
「莉乃ちゃんの様子を見るに魔物は莉乃ちゃんを慎重に、でも早く独占したがってるみたいだしね。きっと夢と自分の世界を繋いで莉乃ちゃんの心を吸収したんだわ。今日は間違いなく身体を奪いに来ると思うの。」
「心を吸収って……、されるとどうなるんですか?」
不穏な言葉を聞き翔馬は夕映に聞いた。
「莉乃ちゃんの場合、人と人形って立場が逆転するでしょうね」
「まぁ人の心が強すぎて逆に魔物が影響を受けて、性格とか感情が変わっちゃうこともあるね。例えば本来なら一途なはずの魔物が別の人を好きになるとか」
「……もし、魔物が莉乃の影響を受けたら。響さんが危ないんじゃ!?」
翔馬は嫌な想像をしてしまった。莉乃は重度のブラコンだ。もし魔物が影響を受けるとしたら確実に響も被害を受けるだろう。
「その可能性は高いねぇ。まぁそのための司だから大丈夫だよ」
(まぁ岸くんも十分危ないだろうけどねぇ)
「……何ニヤついてるんですか英佑先輩」
考えが顔に出ていたらしく翔馬にじとっとした目で見られるが英佑は別に~と顔をそらす。まぁ言ったところで彼は不機嫌になるだろうし不安になると思ったからだ。
もう莉乃に時間がないと霧島先生からの連絡により今日中に魔物と決着をつけることになった。霧島先生からの情報によると人形に取り付いた魔物は持ち主との思い出の場所に留まりやすいらしく、恐らく本体は莉乃の家に居るのだろう。
両親は出張、響は司の家へと出かけてもらうことで今晩莉乃の家は魔物との決戦の場となる。
「昨日よりも近くに魔物の気配を感じますね」
司達と付かず離れず歩いていると、夕映は英佑にだけ聞こえるようにこっそり呟く。
「だね。昨日は商店街に着いた途端に気配が消えたけど、今日はどうかな?」
辺りを警戒しつつ、商店街に足を踏み入れる。魔物の気配は変わらずに一定の距離を保っている。
魔物に変化が起こったのは響がある少女を見つけた瞬間だった。
「あれ?あの子、妃さんの友達じゃないか?」
「え?あら本当」
そこには昨日の下校中に文房具屋で出会った少女、奏がいた。
ふと、最後尾にいた英佑がピタリと足を止め、魔物の気配を探り始める。ほんの一瞬、魔物から殺気めいたモノを感じたからだ。
(気のせいだったかな?)
響と奏は二言、三言話すとすぐに別れたようだった。
「おーい、奏~」
夕映は響達が見えなくなってから奏に大きく手を振り声をかけた。
今日は花を買いに来たのか店先に並んだ色とりどりの花を眺めていた奏は顔をあげ自分を呼ぶ声のした方に向けると、にこっと笑って小さく手を振り返した。
英佑はその場で気配を探る。殺気は消えたようだが相変わらず距離は保ったままだ。とりあえず怪しまれるまえに後輩達と合流しようと歩みを進めた。どうやら3人娘が話し込んでいるようで、蚊帳の外になっている翔馬は英佑を見て少し安堵したようだった。
「奏も今日は部活休みなの?」
「ううん。今日は元々ミーティングだけの日だったから早く終わったの」
「えっ!?美術部にもミーティングってあるの?何を話し合うの?」
莉乃も何故か調子がいいようで魔物のことも忘れて楽しくお喋りしているようだ。
「展示会に出す作品の期限とか、作品に必要な材料の相談とかそんな感じだよ。作品作りになれば基本的には一人で作業することになるから、部活内の親睦を深めるのが主な目的だって部長は言ってたかな」
「へぇ。あ、そういえば今日はどうして花屋に?作品に使うの?」
「それもある……かな」
莉乃の質問に奏は少し困ったように笑う。夕映はにやにやしながら奏に肩を組むと顔を寄せ。
「ふふん、彼氏への御・見・舞・い・よねぇ?」
奏は首を傾げ夕映に言われた事を反芻し、ようやく言葉を理解すると。
「え?……ちっ違うよ!?……普通のお友だちだよ?」
ブワッと顔を真っ赤にしてわたわたと否定する奏に夕映は抱きつき、よしよしと頭を撫でる。
「わぁってるわよ、もう。ふふ、耳まで真っ赤になっちゃって。可愛いわね」
「え、かなちゃん高1にして既に彼氏もちなの?」
「もう、お友達ですよー」
彼女らの話を聞くに入院中の男友達への見舞い用に花を買いに来たようだ。ここまでして付き合ってないとは。彼女の片想いかな?
「お待たせしました!」
何て下世話なことを英佑が考えてる間に彼女達の話は花屋の店員が綺麗にラッピングされた小さな花束を持ってきたことで終了した。
「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」
「うん。また月曜日ね~。お友だちのこと教えてね♪」
「気を付けて帰るのよ」
「ふふ、大丈夫だよ~。また月曜日に」
そう言うと奏は空いている方の手を振り、病院へと歩いていった。
「ふぅ、すっかり話し込んじゃったわね。先輩達、もう家を出たかしら?」
「まぁ、ぴったりついて行くのもアレだしいい時間稼ぎになったんじゃない?家には誰もいなくなる予定だから戸締りとか色々時間かかるだろうし」
「それにしても莉乃、随分水鏡さんと仲良くなったんだな。調子もかなり良くなったみたいだし」
「えへへ、かなちゃんてとってもいい子なんだもん。からかうと楽しいし。でも、いろいろ話したおかげで少し気が楽になったかも。別に好きな人もいるみたいだしちょっとホッとしたかな」
「……そうか」
最後の方の呟きはよく聞き取れなかったが、翔馬から見た莉乃はすっかり昨日の虚ろな様子はなくなっていた。
(何が起こるかわからないけれど。これからが本番だしな)
翔馬が気合を入れている横で英佑はそっと夕映に近づき耳打ちする。
「……ねぇ夕映気づいてる?」
「ええ。莉乃ちゃんなんだか少しずつ縮んでる気がするわ」
「うん、昨日見たときは水鏡さんの方が背が低かったのに今は姫ちゃんの方が小さくなってたね」
「身体も人形サイズになってるのね」
「ひょっとしたら魔物の方が姫ちゃんサイズになるかもしれないね」
「立場の逆転。遊ぶ側から遊ばれる側になっちゃう前に終わらせないと、ね」
「そうだね。どんな結果になろうとも今日でケリが着くよ」
英佑は奏が歩いていった方を見て苦笑いする。
「夕映が奏ちゃんに絡んでくれたおかげで人形達からのターゲットから外れたかな?」
「じゃないと困るわ。莉乃ちゃんの嫉妬の影響で奏が人形に襲われるのは」
「でも、どうしてあの子と話してる間は姫ちゃんの元気が戻ったんだろう?」
「さぁ?偶々じゃないかしら」
「だよね」
再び帰路につく一行。途中、夜の決戦に備えて夕食を買ったり普通の高校生のように寄り道しながら、莉乃の家に向かった。
⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎
夕映の家に泊まる準備をするために、又は翔馬の家に泊まるという程でとうとう決戦の場、姫神家へと着いた莉乃達。
家の中には人がいる気配がないため司たちはもう出かけたようだ。
早い段階で学校を出たこともありまだ外は明るかった。ただ、うっすらと雲が広がっている。
「じゃあ二人は後から合流ってことね」
「流石に全員行ったら魔物に怪しまれるからね。僕らは窓から姫ちゃんの部屋に侵入するから」
「わかりました。よーし莉乃ちゃん、打ち合わせ通りによろしく!」
「はい!」
奏との会話でだいぶ回復した莉乃は鞄から家の鍵を取り出し開錠する。だがドアノブに触れた途端、サッと顔色を変え目を見開きすぐに手を離した。莉乃は離した手を反対の手で握って震えている。
その様子に三人も顔をこわばらせて見合わせる。
翔馬がおそるおそるドアノブに触れるとひんやりと冷たかった。そのままノブを回すが、扉はいとも簡単に開いた。
翔馬は手のひらを見るが特に異変は起きてはいない。ただ、冷たい感触はしっかりと残っている。感覚が無くなっていると言っていた莉乃もこの異様な冷たさを感じ取れたのだろうか?
「今って春ですよね……?何でこんな……」
「……夕映、姫ちゃん。荷物置いたらすぐに行くから予定通りに部屋の窓を開けて待機していて。なるべく早く行くから、ね」
英佑は携帯を見ながら素早く指示を出す。夕映は頷き莉乃を見る。
「分かりました。莉乃ちゃん、行きましょう」
莉乃は涙を堪えうっすらと空いている玄関を睨み付けながら硬く頷き夕映と共に家のなかに吸い込まれていった。
「さてと岸くん、僕らも急ごうか」
「はい。こっちです」
翔馬の両親も出かけているのか家の中には誰もいなかった。あまり気にすることなく翔馬と英佑も翔馬の部屋へと急ぎ足で向かった。
英佑が携帯を確認すると夕映から準備完了のメッセージが届く。その間に翔馬も莉乃の部屋が見える方向の窓を開け、英佑と夕映に手を振り合図を送る。
翔馬と莉乃の部屋は隣で屋根と屋根の隙間が細い為小さい時からよく自由に行き来して遊んでいた。屋根の上ではしゃいでいた事もあったが流石に親達から危ないとこっ酷く叱られたものだ。
英佑が司にメールを送ろうとするが何度送信しても送信エラーばかりが帰ってくる。
16:29――
「駄目だ……司にメールが行かない。仕方ないか、とりあえず姫ちゃんの部屋に侵入しよう」
「了解です。妃さん!飛び込むから少し下がって!!」
「OK!!こっちはいいわ!」
「よーし、岸くん先にレッツ!」
「うっす」
翔馬が窓の縁に足を乗せようとしたそのとき、突然地鳴りと共に莉乃の家が揺らぎ翔馬の家から離れ始めた。
「はっ!?え?ちょっ!?嘘だろ!何で!!!?」
「姫ちゃんを家ごと取り込み始めたみたいだね。時間がないし仕方ない!!岸くん暴れないでよ」
「ちょっ、待って!!うわぁああっ!!」
英佑は翔馬を肩に担ぐと勢いをつけて窓から飛び出した。その間にも家はどんどん離れていく。
英佑は屋根を蹴り上げ勢い良くジャンプすると担いでいない方の手を伸ばす。
「ぐっ、届け!!俺の想いいぃぃ!」
「出来れば体を届かせて下さい!!」
英佑の伸ばした手はガシッと無事に窓枠を掴み先に翔馬を部屋の中入れ、夕映が英佑の腕を掴んで引っ張り何とか部屋の中へ転がり込んだ。
「ふぅ、間一髪」
「結構ギリギリでしたね……。間に合ってよかったわ」
「しょっ、翔ちゃん。大丈夫?」
「いつつ。な、なんとか…………。っげ、外が……」
翔馬の言葉に全員視線を窓の外に向ける。
夜と呼ぶには深すぎる、光一つ、まるでこの家以外何もないような闇の世界が広がっていた。
閲覧ありがとうございます




