第五話
∞真夜中の逃走者∞
8時を過ぎた頃、ようやく機関からパソコンに送られてきた資料とにらめっこしていた霧島先生のもとに一通の電話が着た。
「はい、もしもし霧島です」
『司です。夜分遅くにすみません』
「ん、姫神の件か?」
ずっと画面を見ていたこともあり、軽く眉間をほぐしながら応対する。
『はい。先程岸波から電話がありました。魔物と接触した影響か、症状が思ったよりも早く進行しているらしく、体が動かしにくくなっているそうです。とりあえず岸波にはなるべく傍にいるようには伝えました』
「そうか悪いな。人形の魔好人は種類が多いらしくてな。さっきようやく資料が届いたんだ。ちょっと待ってくれ」
霧島は再びパソコンに向き直りキーボードを操作する。
「…………姫神自身の意識はまだあるのか?」
『意識は保っているようです。ですが、魔物の世界に引きずられているらしい。姫神本人はその世界を夢だと思ったようですが。時間がないかもしれません』
霧島は人形の魔好人の特徴と書かれた項目に目をやる。今分かっている魔物に共通するものは気に入った相手の一番である事を望み、その者の心を欲する傾向にある。
人形の魔物の場合は心を手に入れる手段として魔好人を自分と同じ人形にして、精神的にじわじわと弱らせ、心を自分のものにするらしい。
そして奪った心を糧に自分が人間になり変わるのだ。
「危険だな……。そこまで進行していると、遅くても明後日には完全に人形になっちまうなぁ。幸い明後日は学校も休みだし、お前ら明日も部活早めに切り上げて姫神に付け。一人にしたらどうなるか分からないからな」
『分かりました。しかし、夜は翔馬しか姫神の傍にはいられない。家族にバレるのはまずいですし。せめて明日の晩だけでも外出させられたら……』
「姫神の両親は機関の方で何とかしよう。問題は兄の響だ。まだ高校生だし、なにより今年の総芸部は外部が完全に入り込めないようにしているらしいからな」
『…………あまり使いたくはありませんが、一つだけ方法はあります。ただ、今回は俺は戦闘には参加できません』
「そうか。仕方ないが俺と英佑だけでなんとか頑張ろう。響は任せたぞ」
『はい。それで魔物の倒し方は見つかりそうですか?』
「ああ、それは大丈夫だ。人形の魔物は本体さえ見つかれば何とかなりそうだ」
『なるほど。手下が邪魔してくるんですね』
「岸波にも男を見せてもらわにゃならんかもな」
『……サポートは頼みましたよ?それでは』
「ゆっくり休めよ」
通話が切れ、霧島は一息つき再び画面に目をやる。白い画面に黒い文字で長々と記された文章ははっきりいって量ばかりが多く、たいして役にはたたない。
落ち込み沈む莉乃を慰めるためにあんなことを言ったが、魔好人の特性は十人十色。人それぞれ何もかもが違うのだ。
手首に切れ込みができた様子から器は布系ではなく球体関節系。よく女の子が遊ぶなんとかちゃん人形辺りにとり憑いたのだろう。
しかも友好的ではなく、自分のものにならなければ危害を加えることはいとわない好戦的な性格の魔物だ。非常に危険である。
「タイムリミットは明日の晩だろうな。絶対に守らなきゃな。」
大切な生徒を守るために、霧島は一人静かに誓うのだった。
⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎
一方司はというと、携帯に文字を打ち込みつつ眉をしかめため息をついた。
先程霧島に伝えた莉乃を助けるための策を実行しようとをしているのだが、送信ボタンをなかなか押せずにいた。響を巻き込まない為には簡単な話、遊びに誘えばいいのだ。
司が魔物との戦いに参加できなくなるが、霧島と英佑がいれば戦力としては十分だろう。
意を決してメールを送ろうとボタンに指をかけたとき、いきなり電話がかかって着た。名前を見ると響からで、司はタイミング良すぎだろうと呟き電話に出る。
『もしもーし、司?今大丈夫か?電話に出たってことはまだ起きてるってことだよな』
「ああ、大丈夫だ。何のようだ?」
司は何事もなかったように取り繕い答えた。
『実はさ、うちの両親急な出張が入って明日から俺一人なんだ。だからせっかくだし泊まりで遊ばね?明日行けば学校も休みだし。莉乃も友達のところに泊まりに行くらしいし』
「……別に構わないが。急にどうした?」
『いやいや、一年の頃は俺も司も部活忙しかったりでなかなか遊べなかったじゃん。今週は俺やることないみたいだし遊ぼーぜ』
正直この申し出は対魔部としてはかなり有り難かったし、色々都合もよい。急な出張とは恐らく機関が適当な理由を付けたのだろう。仕事が早い。莉乃の方は先ほど夕映と翔馬に連絡して夕映の家に泊まるフリをするよう口裏を合わせてもらった。ただ、家に居られるのは少々都合が悪い。
「遊ぶのはいいが、どうせなら家に来ないか?母さんがたまには昔みたいにお前を呼べとうるさいんだ」
半分本当の話である。響とは昔はよく遊んでいた仲で家に呼んだことも何度もあった。とある事件を境に家に呼ぶことは無くなるまでは。いきなり友達を家に上げることが無くなった司を心配した母親に言われたことも事実である。
『マジか!おばさんに会うのも久しぶりだな。あっなんか二人でやれるゲームあるか?徹ゲーしようぜ!』
司は部屋の隅にきちんと片付けられたゲーム類を見つめた。
「……ほとんど一人用だな」
『じゃあ家にあるおススメのゲームいろいろ持ってく!……ん?』
「どうかしたか?」
『いや、何でもない!あ、司は明日部活あるか?』
「部員勧誘以外は特にないな。季節部の本格的な活動は来週からだ。元々明日は少し顔を出したら帰るつもりだった」
響はそっかと嬉しそうに笑うと明日は生徒玄関に集合な!と言って切ってしまった。
司は再び携帯を見つめたあと、ベッドに体を預け宙をにらむ。ふと視線を机に向けると写真立てが置いてあり、そこには二人の幼い少年が楽しそうに笑っている写真が入っていた。
「…………何処に仕舞おうか」
ぽつりと呟いた後、電気も消さず司はそのまま眠りについた。
⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎
「はぁっ、はっ……。もぉ!しつっこいなぁ!」
明るい月が照らすとある夜道に一匹の兎が息を切らせて走っていた。兎が着ていた服は所々破け、すっかりボロボロになっている。
その兎……サツキは時折後ろをちらりと確認しさらに速度をあげる。後ろには黒々とした影が無数蠢いており、人間のような四肢もあれば動物のような頭も見えた。
それらはすべて、人形だった。
元々はたくさんの人に愛されていただろう愛らしい面影などなく、ただひたすらに兎を捕らえようとその腕を伸ばしていた。
「この、ままじゃ、はぁはぁ!がっこに……っ、近づけなっ、いねぇ」
サツキは軽く舌打ちすると、近くの塀に飛び乗りそのまま屋根の上を駆けはじめた。
人形の固まりも軽々と着いてきてサツキもさすがにぎょっとする。
「うに゛ゃぁぁああ!渚ちゃんのおバカぁ!!こんな危険な世界って知ってたら一人で来ないよ!せめてリクちゃんか紫雷ちゃんを巻き込むんだった!」
自分にあるお願いをしてきた友人、渚に悪態をつくサツキ。だがその間にも距離はどんどんつまっていき、ひとつの人形の手がサツキの服をかすめ焦る。
(まずい!……捕まるっ)
背後でサツキをもう一度捕らえようと今度は複数の手が伸ばされた気配がし半ば諦めかけたその時、ガンッという音と共に急に人形達の気配が止まったのを感じて思わず足を止め、振り返る。
(どうしたのかな……?)
人形達の様子を見てみると各々突っ込んでこようとするモノ、何もない空間を叩くが何かに弾かれ悲鳴をあげるモノ、どこかに抜け道がないかうろうろと探すモノと様々なことを試し、サツキのもとへ近づこうとしていた。
辺りを観察をしてみると彼らはある一件の家から一定の距離を保ってうろうろしていることがわかる。見えない壁のようなもの、恐らく結界が円形に張られているようだった。
やがて人形達は諦め、何処かへズルズルと蠢きながら去っていった。
サツキは家の壁に寄りかかり、深く長く詰めていた息を吐いた。
(あ~疲れた!何なのかしらあの人形達。まさかあれが対魔部が言ってた人形にとり憑いた魔物?)
無事に人形を撒くことができた安堵からサツキは身体中にドッと疲れを感じた。同時に一人の少女の姿が頭をよぎる。
(莉乃ちゃんは大丈夫かな)
力をかなり制限されているとはいえ、自分ですら撒くので精一杯だったのだ。普通の少女である莉乃があれに捕まって無事ですむとは思えなかった。
(でも、これはこの世界の問題だし。ボクはこれ以上関わるわけにはいかないよねぇ)
サツキはこの世界の生き物ではなかった。とある世界で学生をしており、今回はその学園から出された課題をクリアするためにやって来ていた。
そんなサツキ達、異世界のモノはその世界の物語に関与してはいけない決まりになっている。だが無視を決め込むのも一度関わり縁ができてしまった今憚れるものがあった。
そもそもサツキが莉乃と翔馬を助けたのは偶然なのだ。
異界の扉を潜り抜けた際にたまたま魔物に襲われている莉乃と翔馬が目の前におり、出会い頭にぶつかってしまったのだった。
(ボクはこの世界の物語を知らない。本来歩むべき道を知らないなら少しくらい手伝っても大丈夫じゃないかな?それにあいつら何とかしないと依頼の達成も難しそうだし)
異世界への干渉に対する言い訳をつらつら考え、偶然とはいえ事情を興味本位で聴いてしまったからには助けてあげたいと思うほどに、サツキは人間という生き物が好きなのだ。
それにせっかく翔馬に無理を言って目的地に浸入したはいいが、邪魔されたことに対する怒りからなのか、怒っていた人形達に見つかり追い回され気付けばすっかり学校から遠ざかっていた。
あとは明日考えようとサツキは壁にもたれ掛かったまま目を閉じた。
窓から伸ばされている手にも気付かずに……
閲覧ありがとうございます




