第四話
∞人形の記憶∞
莉乃はぼんやりと暗闇のなかを漂っていた。時々近くで懐かしいような風景がシャボン玉のように浮かんでは消えていく。
莉乃はその風景のひとつに吸い込まれていった。
(ここはどこだろう?)
少しだけ明るくなり、見回すとどうやら部屋の中のようだった。薄暗い部屋の中は荒らされており、倒れたテーブルや壊された椅子が転がっている中に莉乃は立っていた。
よく部屋を見回すと所々焦げたような跡も見える。
ふと左手を見ると、巻かれているはずの包帯がなくなり、陶器の手が見えた。恐る恐る触ってみると少し固く冷たい。だけど不思議なことに違和感なく動かせた。変わってしまった自身に身震いしていると不意に幼い子供の声が聞こえてきた。
「おねえちゃん」
「…っ!?」
驚いて声の主を捜そうと首を回していると誰かにスカートを引っ張られた。下を向くと可愛い金髪の女の子が莉乃のスカートを掴んでいた。
「おねえちゃん」
「お、おねえちゃんって……アタシのことかな?」
莉乃は女の子に目線を会わせ顔を引きつらせつつ、なんとか笑いながら問うと、女の子は蒼い目クリっとした眼で莉乃をじっと見つめながらにっこりと笑って頷く。
「そうだよ、おねえちゃん。ねぇワタシのこと覚えてる?」
少女は莉乃を見つめ、スカートを掴んだまま問う。
「ここでワタシと暮らしたこと覚えてる?」
「…………?」
莉乃は眉をしかめ、表情を変えずただ静かに問う少女を見つめる。よく見ると人間の子供にしては小さい気がする。
「ずぅっと一緒にいようって約束したこと覚えてる?」
「………………」
莉乃はだんだん肌寒さを感じ始め少女から逃げるように足を一歩退こうとしたが、スカートを掴まれていたためうまくいかなかった。
それでも少女は表情を変えない。
「ワタシを置いてお兄ちゃんとどこかに行ってしまったこと。覚えてる?」
莉乃はただ静かに問うこの少女に恐怖を抱いていた。声を出そうにも、口はすっかり乾いてしまい言葉にならない音だけが小さく漏れるだけだった。
これ以上少女の目を見ていられずに何とか顔をそらす。そんな莉乃に構わず少女はスカートを掴んでいない方の手で静かに莉乃の右手に触れる。触れられた瞬間莉乃はビクリと大きく体を跳ねさせた。
それは陶器のように固く、冷たい手だった。
「おねえちゃん」
「………………っ」
…………助けて
「やっと見つけてくれたのね」
……やめてっ……
「これからはずっと一緒だよね?」
……………いや……
「怖がらなくても大丈夫だよ?」
………………いやっ……
「おねえちゃんはこれからはお人形さんになって、ずぅっと、ワタシと一緒にいるんだもの。寂しくなんてないわ」
少女が言い終わると同時に莉乃は体に力が入らなくなりストンと座り込んでしまう。くすくすと笑う少女は表情を変え、少し苛立ったように笑いながら莉乃を見下ろし、呟く。
「でも、おねえちゃんの心はもう他の人のもとにあるのね?その人たちを消せば……ワタシのもとに帰ってきてくれるよね?」
少女は莉乃から手を離し、壊れたように笑う。
「ふふふ……。ワタシからおねえちゃんを奪うのね?……おねえちゃんの心はワタサナイ」
「!?」
「ソノ前に……おねエちゃんに残っテル心ヲ預からないトネ」
「…………!」
そう言われた途端、莉乃は身体の底から何かが抜けていく感覚に陥った。
「……ワタシ……ヲ見テ、……契…しよ…」
少女はその陶器でできた冷たい手を再び莉乃に伸ばした。指が頬に触れた瞬間、莉乃の中に溜まりに溜まった恐怖が爆発した。
「……い、いやあああぁぁぁあああああああっ。お、お兄ちゃん、お兄ちゃん!!助けてっ!!いやぁああお兄ちゃんっ!!…………ぅう、翔ちゃあぁぁん、いやあああぁぁあ。助けて!!」
動くことが出来ず、張り裂けんばかりに泣き叫ぶ莉乃に少女は笑いながら手を伸ばす。しかしその表情はある声を境に無表情に変わった。
(莉乃?どうした?)
何処からか聞こえてくる呑気な莉乃を呼ぶ声を聞いた瞬間フワッと体がが浮いたような感覚があった。
そして光に吸い寄せられるように部屋から離れる刹那に見えたのは恐ろしい形相をした少女。
……壊れた人形の姿だった。
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「……乃。……莉乃!おーい」
ハッと目を覚ますと、目の前には心配そうに莉乃を見下ろす響がいた。
「お、お兄ちゃん……アタシ……」
「大丈夫か?かなりうなされてたけど。怖い夢でも見たのか?」
「ふぇ?ゆ、夢?」
「しかし、よっぽど季節部の活動がハードだったんだな。制服を来たままソファーで寝るなんて」
はははと笑う兄に莉乃はポカンと口を明け、辺りを見渡す。そこは知らない荒れた部屋ではなく見知った我が家の居間だった。
ふと時計を見ると、7時を過ぎたばかりのようだった。テレビを見ながら、自分の身に起こったことを考えているうちに寝てしまったらしい。
「ぁうう、ひどい夢見てたの。起こしてくれてありがとうね。お兄ちゃん」
「うんうん。あっ、そういや莉乃、母さんからのメールみたか?今日も父さんと母さん仕事で遅くなるってさ」
莉乃は慌てて身を起こし、携帯を手に取りメールを確認する。
「ホントだ……」
「飯作るけど何か食いたいもんあるか?」
莉乃は小さく首を振る。
「ん~、ちょっと食欲ないかも……」
「そっか。まぁ食べたくなったら教えろよな」
そう言って響は台所に向かってしまったのを莉乃は少し名残惜しそうに見つめるが、あんな夢を見てしまってはせっかく兄が作った料理もきっと美味しく食べられないだろうと断念する。お腹が空いたら後で自分でなにか作ろうと莉乃は響に自分の部屋に戻ることを伝え居間を出た。
部屋につくと糸が切れたようにベッドに倒れこむ。
莉乃の家は四人家族で家族仲は良い方だと思う。両親は同じ仕事をしていて夜遅くに帰ってくることが多かった。
そのため幼い頃から響は莉乃の世話をよくしていたため莉乃は家族のなかで兄が一番好きであり、頼れる存在でもあった。働く両親の負担を減らそうと二人で家事や料理を覚えたため、簡単なものならば響も莉乃も作れるようになっていた。
そんな幼い兄妹が何事もなく元気に育つことができたのは隣家の翔馬の家族のお陰だった。
莉乃と翔馬の父親が友達らしく寂しくならないようにと両親が帰るまで翔馬の家にいるように言われ、響が中学に上がるまでお世話になっていたのだ。だから莉乃にとっては翔馬も兄弟のように大切な存在だった。
ただ兄と桜庭先輩が友人であったということは莉乃は知らなかった。今日見ただけでも昔は相当仲が良かったのだろう。今は避けられてるようだが二人に何があったのだろうか。
莉乃はもぞりと寝返りをうつと制服のままだったことを思いだした。
(…………着替えよう)
ベッドから起き、ボタンをはずそうとして手元を見て、莉乃は一瞬固まった。先程までは何ともなかった右手がうっすら蒼白くなっていたのだ。
慌てて手首を左手で押さえるが、もう両手には感覚がなくなっていたことに莉乃は気づき、莉乃の目からは大粒の涙があふれてきた。
「ひぐっ、ふっ。しょ、翔ちゃあん。うぅ」
嗚咽を漏らしながら、止まらない涙を無視して震える手で携帯を手に取った。
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