第二話
∞対魔部∞
ポカンと口を開けて見つめる先には、世にも不思議な兎が鞄の中からピョインと出てきていた。黒のクロックコートに腰には懐中時計を身に着けて、黒の帽子をかぶっている。
「え……なにこれ可愛い」
色々なグロいものだったり不思議な出来事にあったことがあり、そういった類いのものには耐性がついている夕映だったが。そんな彼女が思わずポツリと呟いてしまうほど可愛らしい、まるでぬいぐるみのような兎が姿を現した。
兎は周りを見渡すと帽子を取り丁寧にお辞儀し自己紹介を始めた。
「初めまして!ボクはサツキ。見ての通りまぁ大分変わった兎です。以後お見知りおきを」
「あ、あぁ……」
普段あまり表情を変えない司も少し引き気味である。自分のことを変わっているとわかっている辺り実はマトモなのではないかとどうでもいいことを頭の隅で思う。
翔馬はサツキの首根っこを掴み持ち上げる。
「この兎が何かを追い払ってくれました」
「ちょっと翔ちゃん!ボクにはサツキって名前がちゃんとあるんだよ?兎兎言わないでよぉ」
サツキは手足をバタつかせ抗議し、ひょいっと翔馬の手から抜け出すと莉乃の膝にちょこんと座った。翔馬はそんなサツキをのんびり撫でている莉乃を軽く睨む。
「翔ちゃんって言うな!!莉乃が呼ぶから真似しちゃってるじゃないか!」
「えへへ……。ごめんね、翔ちゃん☆」
「……このやろう」
「こらこら、口が悪いぞ。翔ちゃん」
「ちょっ!?先生まで翔ちゃんって呼ばないでください!!」
司はこのままではいつまでもじゃれあいが続きそうだと思い、サツキに話しかける。
「おい、サツキとやら。お前は兎に取り付いた魔物なのか?」
ケラケラ笑っていたサツキは司をきょとんとした愛らしい顔で見、首を傾げた。
「まもの?この世界にも魔物が存在するの?渚は魔法も魔物も存在しないって言ってたんだけどな」
「渚が誰かは知らんがそれは半分正解で半分外れだな。その存在は知っているものや魔好人になったことがある者しか感知できないし、干渉もされない」
「あの、魔好人って何ですか?」
二人(?)の会話を聞いていた翔馬はおずおずと手を挙げた。すでにパンクしかけていた頭にさらに知らない単語が出てきたのだ。魔物やら魔法やらはアニメや漫画の世界のようなものだとなんとか認識できるが、魔好人は聞いたことがない。
「魔好人っていうのは、魔物に好かれちゃった人のことだよ」
「その魔物から魔好人を守るのが私達対魔部の活動ってわけなのよ」
「え!?じゃあここを紹介されたってことは俺と莉乃はその、魔好人ってことですか?」
「うん。正確には君か彼女かだけどね」
「魔物は一途なのよ。一人にしか好意を寄せないらしいわ。……霧島先生はどっちだと思いますか?」
夕映が隣に立ち携帯を弄っている霧島先生に顔を向け尋ねる。
霧島先生は依頼人二人をじっと見ると二人に巻かれた包帯を指さす。
「答えはその包帯の下にあるだろうよ。姫神、岸波、包帯を取ってみろ」
「えっ!?取っても大丈夫なんですか?一応病院で手当てしてもらった物なんですが」
翔馬は訝しげに司と霧島先生を見る。
「問題ない。許可はもらっている」
(どこにだよ……)と翔馬は心のなかで愚痴るが、隣を見ると莉乃は取る気満々のようだ。
その様子を見て夕映は首をかしげる。
「そういや莉乃ちゃんは腕を捕まれただけにしては色んなところに包帯巻いてるけど痛くないの?」
「ううん、アタシ自身何でこんなにぐるぐる巻きにされてるのか分からないの。知らない間に怪我してたのかなぁ?」
きつく結ばれているらしく苦戦していたが、夕映が手伝い左手首の包帯の下が露になった瞬間、莉乃は悲鳴をあげ、覗き込んだ翔馬もハッと息を飲んだ。
「これは……」
「まるで……人形の……関節みたいだね」
露になった莉乃の手首には明らかな切れ目があり、左手自身も陶器のように青白かった。その手を見た翔馬は恐る恐る自分の右手に巻かれている包帯をほどくと、包帯の下から見えたのはサイズは小さいが人間の歯形だけだった。
「なるほど。姫神莉乃は……人形の魔好人のようだな」
「人形の魔好人?魔好人には他にも色んな種類があるの?」
サツキは司の魔好人宣言に首をかしげる。
司達は分かりやすいように言葉を探しながら説明してくれた。
「ああ。魔物は精神体のようなもので、そのままでは俺たちには触れるどころか見ることすらできない。だからなのか、自身の想いと共鳴した器を探して、気に入った人間に接触を図るらしい」
「ふぅん。お化けみたいだねぇ」
「お化けって例えはあながち間違いじゃないね。魔物は色んなものに取り憑くことができるからさ」
「例えば?」
英佑はうーんと部屋を見渡し、
「そうだなぁ。この部屋で例えるなら、机、本棚、本、あっ、この部屋自体にも取り憑けるね。他には空気とか。とにかく何でもありなんだよ」
「でね、魔物は取り憑いた器の影響を受けやすいみたいで、性質とか能力とかは器に依存するのよ。魔好人も好かれた魔物の影響が色んな形で出るから発見自体は簡単なの。というか霧島先生どっちが魔好人か分かってるなら最初から私達に教えてくれていてもよかったんじゃないですか?」
莉乃の手に包帯を巻き直しひとまず落ち着いた夕映はふと、霧島と司に向かってにそう聞いてみた。司は資料を捲り該当する箇所を夕映に見せる。
「病院に運ばれた段階では手首も膝も何かに捕まれたような赤い痕しか付いていなかったらしい。ただ、魔物に襲われたということは何かしらの変化が起こる可能性があった。だから他人に見えないように応急措置として包帯を巻いたようだ」
「じゃ、じゃあ、莉乃は知らない間に人形みたいな身体に変化してたってことですか?」
「そうなるな」
多少落ち着いたものの、顔を青ざめ俯いている莉乃の背中をさすりながら翔馬は尋ねる。
翔馬は自分が魔好人では無い分まだ余裕はあるようだが、あまりの衝撃でさっきまでの明るさが嘘のように今まで黙っていた莉乃がポツリと呟く。
「アタシは……これからどうなっちゃうんですか?このまま、人形になっちゃうの……?」
「今、前例を調査中だ。すぐにでも結果が来る。安心しろ、人形に好かれる人はたくさんいるだろうからな、対処法もわかっているはずだ」
不安でいっぱいの莉乃に霧島は安心させるように優しく声をかける。莉乃はほんの少し、気持ちが軽くなった気がした。
しかし翔馬は調査中という言葉に引っ掛かりを覚える。
「あの、調査中ってことは対魔部員って他にもいるんですか?」
「そうだなぁ。とりあえずこの学校の対魔部は彼ら三人だけだ。が、仲間は他にもたくさんいるんだ。政府が極秘で作った組織、魔物討伐機関がな」
「また、よくわからない組織が出た……」
「魔物討伐だから……簡単に言えば魔物を倒すための組織ですよね?」
「そ。霧島先生はその機関の一員なんだってさ。でも本業は教師らしいよ」
「先輩達も機関のひとなんですか?」
英佑はまさか、と笑う。
「機関員は大人だけで構成されていて、僕達子供はあくまでも手伝いみたいなものなんだ。大人だけだとそれこそ先生にでもならなきゃ子供には接触しづらいしね」
「魔好人になる奴にもこれといった法則がある訳じゃないからな。それに今のご時世、大の大人が小さい子に話しかけるだけで変質者になる時代だ。年が近い者がいた方が話しやすいのもあるがそういった面もある。それが対魔部が存在する理由だ」
「「なるほど」」
これだけ非現実的な現象が起きていて、最悪の場合死に至る可能性もある。変死体で発見された場合、最後に接触したというだけで容疑者として捕まる可能性もあるわけだ。
話が一段落したことを見計らい、司はサツキに向き直った。
「で、サツキ。お前は何者なんだ?何が目的でここにいる?」
「ボクはちょっと変わった兎!目的は……そうだね。探し物かな」
「何を探しているの?人?」
夕映はサツキを膝に抱え頭を撫でながら質問する。サツキは気持ち良さそうに目を細目ながらのんびりと答えた。
「ふふ、秘密だよ。誰にも言わないでほしいってお願いされてるからね。大丈夫。信じられないとは思うけどボクはこの世界の魔物じゃないし、君たちの味方だよ。さぁ、ボクのことはいいから莉乃ちゃんのことを解決してあげてよ」
「言われんでもそのつもりだが……」
司が言いきる前にサツキはピョインと夕映の膝の上からジャンプし窓の方に向う。それを見た翔馬は慌てて止めにかかる。
「あっおい!どこに行く気だよ!!お前が一人で歩き回ると騒ぎになるだろ!」
「ご心配なく。姿を消す魔法は習得済だよ。大丈夫、君たちにも誰にも迷惑をかけるようなことはしないよ。じゃあね対魔部さん。また機会があればどこかで」
翔馬が手を伸ばすも一足遅く、窓から飛び降りてしまった。しかし窓から下を覗いてみても、すでにサツキの姿は見当たらなかった。
「三階だぞ、ここ……」
「力があるものにとっては距離など無いに等しいのだろう。それにあれは普通の兎ではないしな。追跡も無理だろうし、とりあえず信じるほかあるまい」
司はあっさり言ってのけ、翔馬は自分が知らない世界にいるような気がしてきた。頭を抱えた翔馬を横目に夕映はこれからの流れを確認する。
「魔物の情報は明日には分かるんですよね?」
「一応な。だから具体的な対策を練るのは明日以降ということになるかな」
「今日はどうするんですか?莉乃ちゃんのボディーガード?」
「暫くは一緒に帰った方が安全だろうな。入学早々災難だな姫神。だが少しの辛抱だ」
「…………はい」
膝の上で手を握りしめ静かに前を見据えた莉乃は、司達にあるお願いをした。
「あの……。お兄ちゃんには……家族には内緒にしてもらえませんか?心配かけたくないし、巻き込みたくないんです」
司達はそれに頷き言葉をかける。
「元々そのつもりだ。むしろお前達に注意するつもりだった。いいか?けしてお前達のことやこの対魔部のこと、魔物の存在を公言しないでくれ。実際被害に会わなければ多分簡単には信じないだろうが念のためにな。ここや魔物の存在は一応極秘のものだからな」
「心配しないで。私たちがちゃんと魔物から二人を守るわ」
夕映は莉乃を安心させるように、握り締められた手に自分の手を重ね微笑んだ。
「ああ、そうだ。もしもの時のために二人には俺達の連絡先を教えといた方がいいだろうな。よし岸波、姫神。携帯は持ってるな?」
二人は鞄から真新しい携帯電話を取り出すと連絡先を交換した。ちなみに霧島の携帯電話は仕事用に組織から渡されたものらしい。
「いいか姫神。もし少しでも症状が悪化したり変わったことがあっても一人で抱え込まず、俺達の誰にでも良いから連絡するんだ」
「はい」
彼女の新しい学校や友達との希望に満ちていた高校生活は、こうして残酷に始まったのだった。
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