第一話
∞依頼人∞
爽やかな春の風がカーテンを揺らす部屋の中に二人の少女が慌ただしく雪崩れ込んできた。
一人は癖っ気のある赤茶の髪を左にまとめており、桜の髪飾りをつけている。小柄な少女だ。もう一人はキリっとしたツリ目に長い金髪の上半分を編み込み中央でまとめてハーフアップにした少女だ。
「先輩!お客様を連れてきました。対応願います」
先輩と呼ばれた黒髪の少年、桜庭 司は読んでいた本から顔をあげ眉をしかめた。
「夕映、大きな声を出すな。ここは隠し部屋なんだぞ、一般の先生や生徒にバレたらどうするんだ」
「大丈夫ですよ。先輩の力で防音はバッチリでしょう?」
夕映と呼ばれた金髪の少女は悪びれもせずにそう返し、左手でガシッと捕まえていた、少し困惑している赤茶髪の少女を司の前に連れてきた。
「そんなことより、依頼人です」
「わかっているが、一人足らんな」
「は、はい!えと、翔ちゃ……いえ、もう一人は今日日直で、少し遅れると言っていました」
司の問いに答えたのは依頼人と呼ばれた少女だった。
「そうか、では揃ってから話をするとしよう。英佑迎えを頼む。……静かに、な」
「ん、了解」
司は視線を少女達からソファーでくつろいでいた茶髪の少年、河野 英佑に移し、もう一人を迎えにいくように言ったあとそのまま本を読み始めた。
英佑は近くの机に置いていた眼鏡を付け、夕映と少女に手を振ると部屋から出ていく。
夕映に部屋の中を見てまわってもよいと言われ、連れてこられた少女、姫神 莉乃は部屋の中を見回すことにした。
ここは莉乃たちが通う柳月高校にある文化部が使用する三階建て、全部屋数は50以上ある文化部棟の最上階にある隠し部屋だった。
部屋の中は部室というよりは執務室のようになっており立派な机やらソファーに冷蔵庫なんかもある。
片側の壁を埋め尽くす本棚には、難しそうな本がずらりと並び、外国語の本もあった。途中から漫画や小説も置いてあるが、莉乃が目を引かれたのは一冊の見慣れた本だった。
その本を手に取りパラパラと捲り目的のページを見つける。タイトルの下に書かれている作者名に思わず笑みをこぼし暫くその本を読んでいると、先程と同じ様かそれ以上に慌ただしい足音が外から聞こえてきた。
それに加え、何やら叫び声も聞こえる。
「せ、先輩!!そんなに、ひっぱらなっ、痛いです!!いだだだ、誰か助けて!!」
「なーに言ってるのさ。これくらいでへこたれてたら、この先生きてはいけないよ?」
「くっそぉ、自分は鞄の中だからって。お前も引っ張られてみろ!」
「静かに、これから行くのは隠し部屋なんだから。一般生徒にバレたらどうするの?」
「先輩のせいですっ」
「……夕映の仕事が増えそうだな」
「もう……英佑先輩ったら」
司と自分のことを棚に上げている夕映はあきれ顔で扉へと視線を送っていたので、莉乃も釣られて唯一の入り口である茶色い木製の扉へと目を向けると、壊れそうな勢いでバァンと開き、二人の少年が部屋に入ってきた。
「司〜連れてきたよ~」
「連れてきたじゃない。お前はさっきの夕映とのやり取りを見ていただろうに。それに、静かに連れてこいと言っただろう」
「え~、だって迎えにいけって言ったじゃん」
「迎えにいけとは言ったが無理矢理拉致ってこいと言った覚えはない。見ろ、ぐったりしてるだろうが」
英佑も全く悪びれる様子もなく「鍛えたりないね~」と呑気なことを言い、司は本日何度目かのため息をつき、ぐったりしている少年と莉乃をソファーに導いた。
夕映は冷蔵庫からお茶を取り出し二人分コップに注ぎ、莉乃と少年の前に置いて近くにある椅子をソファー側に寄せて座った。
司は机を挟んだ反対側にあるソファーに、英佑も近くの椅子を引っ張ってきて適当な位置に座る。
机の上には何らや紙の束が置いてあった。
「日直の仕事は終わってるか?」
「はぁっゲホッゴホッ。だ、大丈夫です。一応先生に、日誌を、渡してから、連れてこられた、ので……」
「……取り合えずお茶を飲んで落ち着け」
「……ありがとうございます」
少年はコップに入ったお茶を一気に飲み干し、一息ついた。
少年が落ち着いたことを確認すると、司は机の上にある資料を一枚拾って二人を見る。
「一応確認するが、岸波 翔馬さんと姫神 莉乃さんで間違いないか?」
「は、はい。姫神 莉乃、一年生です、えと、よろしくお願いします」
「岸波 翔馬、同じく一年です。あの……ここって文化部棟ですよね?俺達もよくわかっていないんですが、先輩達はいったい……」
司は頷き、自分達も自己紹介をする。
「俺は桜庭 司。二年で一応この部活、対魔部の部長をしている。こっちは河野 英佑と妃 夕映だ」
「河野 英佑。二年だよ、よろしくね。僕は一応副部長かな」
「妃 夕映よ。二人と同じ一年生ね。クラスはお隣ね。私は一応書記をやってるわ」
三人の自己紹介に翔馬と莉乃は首をかしげる。
「たいま部?一昨日の部活紹介にはありませんでしたよね?」
「ちなみに漢字ではこうかくのよ」
夕映は何処からかホワイトボードを引っ張りだし、スラスラと綺麗な字で『対魔部』と書きこんだ。続けて英佑と司が説明する。
「この部活は機密事項なんだよ。一部の先生や生徒しか知らないんだ~」
「季節部という部活があるのは覚えているか?あの部、実際はこの対魔部の隠れ蓑として存在しているんだ」
「「えっ!?」」
二人は開いた口が塞がらなかった。ここは表には出てこない部活でしかも隠れ蓑としての部活まであるのだ。対魔部という字を見た時点で翔馬は厄介なことに巻き込まれたと冷や汗をかく。
ちなみに季節部とは、季節に合わせた活動をしている部活。春の食べ物、夏のスポーツなど季節の風物詩を体験する。殆ど遊んでいるようなものだが、様々なことを体験できる部活としてそこそこ人気のある部活動である。
「部活ってことは顧問の先生もいるんですか?」
「まぁ一応部活だからな、季節部と対魔部両方の顧問をしている。もうすぐ来るはずなんだが」
「おーす、みんな揃ってるか?」
「来たようだな……」
特にノックもせず、軽い口調で部屋に入ってきたのは、ぼさぼさの銀髪に長い前髪によって右目が隠れた白衣を着た教師としてはだらしない格好をした若い男性だった。
「あれっ!?霧島先生?」
「よぉ、姫神。お、岸波もいるな」
翔馬と莉乃は自分たちの担任である霧島 彰が顧問であることに驚きを隠せずにいるが、霧島自身は特に気にした風もなく司に進行状態を確認している。
「どこまで進んだ?」
「自己紹介まで。細かい内容はまだ教えてません。この部の顧問の霧島 彰先生だ。確か二人の担任だったかな」
霧島先生は二人に向かって「よろしくな。」と言い司に続けるように促した。
司は頷き机の上に置いてある紙束を手に取り、そこにかいてある文章を読む。
「早速だが確認だ。昨日の夕方、下校中に物陰から出てきた何者かに襲われたとのことだが、その時の様子を教えてくれるか?」
二人は顔を見合わせ、頷くと主に莉乃が説明をし、翔馬は補足することにした。
「一昨日から一年生は部活動見学があって、この学校の様々な部を紹介されました。興味がある人は実際にその部を体験したり入部届けを出したり。アタシと翔ちゃ……翔馬君もそれに一緒に参加していて、帰りが遅くなったんです。他の友達とは道の途中で別れて二人で下校していたんですけど、住宅街に近づくにつれてだんだん周りにいた人も減っていきました」
「それどころか、生活音もほとんど聞こえなくなってきました。夕方っていってもまだ五時過ぎでしたし、いつもなら帰宅途中の小学生とか車とかたくさん通ってて賑やかなのに」
「少し不安になってきた頃、電柱の影で何かが動いた気がしたんです。翔馬君は猫か何かじゃないかって言ってたんですけど、いざ通り過ぎようとしたら飛びかかってきて。アタシの腕を掴んだと思ったら、急に方向を変えて翔馬君に向かっていったんです」
「それで、何故か右手を噛まれました……。一瞬しか見てませんが犬や猫には残念ながら見えませんでした。どちらかといえば、小さな子供っぽかったかもしれません」
翔馬が司達に見えるようにあげた右手は痛々しく包帯が巻かれていた。しかし、よく見ると莉乃にも左手首と右膝に包帯が巻かれていた。
「それで、その何かはすぐに物陰に隠れて。でも見られている感じはずっとあったので、また襲ってくると思ったんです。実際にまた莉乃の方に飛び出してっいって。その時にまた別のやつが現れて、その何かに向かって体当りして助けてくれたんです。そしたら噛みついたやつが逃げていきました」
「そのあとの事はよく覚えていません。気がついたら病院のベッドに寝ていて、カウンセリングや検査を受けました。その時に先輩達を紹介されました」
そこまで話終え莉乃は一息ついた。黙って話を聞いていた司は翔馬が持っていた鞄に目を向ける。
「……別のやつとは、先程のもう一人の声の主か?鞄がどうのと言っていたが」
英佑が翔馬を連れてきたときに聞こえてきた声は3つだったが、実際に入ってきたのは翔馬と英佑の二人だった。
翔馬は「ああ」と思い出したように足元に置いていた鞄を引き寄せ、机の上に置かせてもらい、チャックをあけた。
全員が鞄を覗きこむと、薄くピンクがかった白く長い耳と黒い帽子がピョコンと出てきた。
「ぷはぁ。こんちにわ~」
そんなゆるい挨拶をしたのは服を着た、不思議な兎だった。
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