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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第1章 黒い目覚め
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第9話 残された配線

「開け方を知ってるのか」


 レンが尋ねると、シグは廊下の先を見た。


「話はあとだ。まず荷を置け」


 ガドが戻ってきて、待避室の扉を開けた。厚い鉄の扉には内側から掛ける横棒が二本あった。床は乾いていたが、棚に並ぶ缶は口が開き、底に白い粉が固まっていた。


「ここの備蓄は使えん。持ってきた分だけだ」


 ガドは隊員に荷を下ろさせ、入口に残した一人も呼び入れた。外の荷車には空箱だけを残したという。


 壁の図で、セナが給脂口脇の扉を指した。


「今通ったのがここ。北にも階段がある」


「途中から落ちてる。二階の窓の下も同じ溝だ」


 シグが言った。セナは確かめに行き、間もなく戻った。首を振っただけで、レンにも答えは分かった。


 来た道を戻るしかない。


 ガドは廊下の音を聞き、ミオへ向き直った。


「近い部品庫だけ調べる。暗くなる前にここへ戻れ。明朝、荷を出す。奥へは行かん」


 ミオが頷いた。入口を出てすぐの区画に目的の棚がある。そこならば、何かが来ても待避室へ戻れるという判断だった。


 レンは杖を持ち直した。シグに聞きたいことは残っていたが、ガドの後ろへついた。


 部品庫の戸を開けると、乾いた油の臭いがした。


 棚に吊るされた札は、ほとんど読めなかった。ミオは一つずつ持ち上げ、裏側の数字を探した。レンは指された箱を手前へ寄せる。棚から降ろすのは隊員に任せた。


 三つ目の箱の中に、油紙で包まれた部材があった。


 ミオが包みを開く。細長い金属片に、浅い溝と小さな穴が並んでいた。彼女は規格票と照らし合わせ、測り具で厚みを挟んだ。


「合う」


 もう一度、穴の間隔を測った。


「使える。少なくとも、ここは直せる」


 レンは自分の膝を見た。あの中で引っかかっているものを外して、これに替える。そんな簡単な形で、この痛みの一部は終わるのかもしれない。


「今、替えられないか」


「ここで開いたら、削り合わせが済むまで動けなくなる。固定台のあるところでやる」


 ミオは金属片を包み直し、箱の中へ布を詰めた。ほかにも同じ型を二つ確保し、隊員へ渡す。レンは蓋を押さえ、紐を掛けた。


 隣の部屋で、声がした。


「点検後は、隔壁を閉じてください」


 レンの手が止まった。


 開いた戸の奥に人影はない。書類棚と机、その上に口のような格子を持つ小さな箱があった。


「点検後は、隔壁を閉じてください」


 同じ抑揚だった。ただ、最後の息が少し掠れた。


「人がいるわけじゃないよ」


 ミオは戸口から箱を見た。


「残響機関。人の声や仕事の手順を残して、機械を動かしてる」


「録音か」


「声だけのもある。状況を見て選ぶものも。これは同じところを繰り返してるみたい」


 レンは一歩だけ中へ入った。


 机に置かれた手袋は、指が曲がった形で固まっていた。持ち主がここを出たあとも、箱は隔壁を閉じろと言い続けたのだろうか。


 ミオは壁に留められた図を照らした。


 炉を表す円から線が何本も出ていた。太い線は途中で折り返し、図の端の長方形へ集まっている。その横に、昇界門と書かれていた。


「門につながってる」


 レンが言うと、ミオは図の下端を指で払った。


「昔はね。今も通ってるかは別」


 隅に小さな注意書きがあった。


『外部給電断時、開放保持時間短縮』


 数字の書かれていたらしい部分は、剥がれて読めなかった。


「すぐ閉じるってことか」


「短くなるとしか分からない。どれだけ保つか、この図だけでは言えない」


 ミオは帳面を開き、線と文字を書き写した。レンは門へ集まる線を目で辿ったが、部屋を出るガドの合図に気づいて離れた。


 戻る途中、廊下の横に幅広いシャッターがあった。下半分が捲れ、隙間の向こうに大きな吊り鉤が落ちている。天井の軌条は、その真上で途切れていた。


 シグが暗がりを指した。


「核を運ぶなら、まずこれを直す」


「核?」


「錨核だ。腕に抱えて歩ける重さじゃない。あの吊り具で引き上げ、荷台へ下ろす」


 レンは近くの扉を見た。『炉心室』の文字が残っている。閉じた扉の縁には、厚い塗膜のような汚れがこびりついていた。


「中にあるのか」


「そうだ」


 レンが足を向ける前に、ガドが止まった。


「今日はここまでだ」


 シグは何も言わずに先へ歩いた。レンも、扉から手の届かない距離を保って通り過ぎた。


 待避室へ戻るころ、窓の隙間は暗くなっていた。


 セナが水を杯へ分けた。レンは口元が開くのを待ち、少しずつ飲んだ。明日の帰路の分を残すと、容器の底が随分浅く見えた。


 部品の箱を壁へ寄せ、毛布を敷いた。ガドたちは交代で扉の外を確かめていた。レンは右脚を伸ばして座り、指先で帯の縁を緩めた。


 シグが隣へ腰を下ろした。


「何と出た」


「何が」


「ここから出る条件だ」


 レンは兜を向けた。シグはその奥を覗くのではなく、答えを待っていた。


「三つの炉で、核につないで証印を取る。それから三基を門へつなぐ。門衛を止めて、開いてる間に通る」


「核を回収して運べとも出ただろう」


 レンは頷いた。


 初めて、表示の内容を他人の口から聞いた。


「俺も運ぼうとした。荷役機が壊れて、そこで止まった」


 シグは右手を膝へ押しつけた。指が一本だけ、小刻みに動いていた。


「門を見たのか」


「受け口まで行った。核を据える場所が三つある。道も知ってる」


 帰れない、ではなかった。運べない。直せていない。


 それなら、部品を探すこともできる。ミオが図を読むように、読める者を見つければいい。レンは、ずっと遠くにあった門が、少し近づいたように感じた。


「さっきの線を直すのは」


「地下へ潜るつもりか。どこで切れてるかも分からない線を?」


 シグは首を振った。


「運ぶ方が確かだ。明日は、まずお前が歩ける部品を持って帰れ」


 レンは頷いた。シグの手が震えていることを、もう一度尋ねようとした。その前に男が立ち上がり、扉の方へ行った。


 横になってからも、レンは門の受け口を思い描いた。


 その形をまだ見ていない。それでも三つの核を置く場所があるという話は、意味の分からなかった文字より、ずっと手で触れられそうだった。


 明け方、靴音で目を開けた。


 ガドが扉の横棒を外していた。隊員が箱に紐を掛け、ミオが工具をまとめている。セナは外から戻り、廊下は見える範囲で空いていると伝えた。


 レンは帯を締め、杖を取った。


 最初の箱を持った隊員が、扉を出かけたときだった。


 廊下の奥で、重い留め金が外れた。


 続いて、床を押す音が二つした。


「戻れ」


 ガドが隊員の肩を引いた。


 レンは扉の隙間から外を見た。給脂口脇の出口へ向かう角で、背の高い機体が脚を伸ばしていた。畳まれていた腕が開き、壁の配管を擦った。


 昨日通った道を、その胴が塞いだ。


 ガドが扉を引いた。セナが横棒を差し込む。


 鉄の向こうで、足音が止まった。

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