第7話 退くための刃
倉庫の入口には、外れた扉が斜めに立て掛けられていた。
ガドが縁を押すと、下に噛ませた石が少し沈んだ。彼はもう一つ石を足し、肩で押してから中へ入った。レンも同じ場所を避けて敷居を越えた。
荷車から降りて、まだ二十歩ほどだった。それでも右膝の帯は窮屈で、脚を曲げるたびに縁が食い込んだ。
低い棚が奥まで並んでいた。天井の落ちた穴から白い光が入り、舞う埃を照らしている。濡れた紙と古い油の臭いがした。左手には巻上機があり、垂れた綱の先が床を擦っていた。
「触るのは棚の箱だけだ。機械はそのままにしろ」
ガドが言った。
床には二本の軌条が走っている。入口から奥へ延び、途中で横倒しの台車に塞がれていた。その手前で通路が右へ分かれ、低い棚の脇を回って入口へ戻れるようになっていた。
「帰り道を見ておけ」
レンは右の通路を歩いた。入口側の角に太い支柱がある。棚は腰より低いが、乗り越えるには高かった。床の破片を端へ寄せ、狭いところを一度横向きに通ってみた。
戻ると、ガドは隊員と木箱の蓋を開けていた。
「この型だ。分かるか」
渡された留め具は、修繕場で仕分けたものと似ていた。レンは裏返し、溝の数を確かめた。
「こっちは二本。違う」
「そうだ。三本のを袋へ」
膝を深く曲げず、棚に片手をついて箱を覗いた。底に溜まった油で指が滑る。布で拭きながら数を揃え、袋へ入れた。
ひとつも見つからない箱が二つ続いた。三つ目には十個以上あった。レンは少し速く手を動かした。
奥で、硬いものが鳴った。
顔を上げると、横倒しの台車の下から灰がこぼれていた。短い腕が軌条の間を探り、床をつかむ。
「下がれ」
ガドが盾を持ち上げた。
出てきたものは、低い箱に四つの車輪をつけていた。前に二本の腕があり、その間で擦り切れた布の塊が揺れる。片側の覆いが外れ、箱の内側には濡れた管と金属の歯が見えた。
車輪が空転した。次に床を捉えた。
レンは袋を抱えたまま、右の通路へ向かった。入口への直線上には、別の隊員が箱を運んでいる。右へ回ればぶつからずに済む。
「荷を捨てろ」
袋を足元へ置きかけた。
「道へ置くな!」
レンは棚の空いた段へ押し込んだ。振り返ると、機体はもう台車から離れていた。片腕が棚を掻き、留め具の入った箱が跳ねた。
左手首へ索を留めた。鉤を長く投げる余裕はなかった。機体が横へ迫ったところで、露出した箱の縁へ振り掛けた。
一つの爪が内側の金具に触れた。
指の付け根が冷えた。
影縫い。
駆動音が消え、振り上がった腕が止まった。
それでも車輪は回っていた。
レンは息を詰めた。止まるはずの場所を機体が越え、つま先へ迫る。右脚を引くのが遅れた。
横から飛んだ輪が、止まった腕の付け根に掛かった。
ガドが索を支柱へ回し、身体を沈めた。線が張り、機体の頭が横へ振れた。車輪が床を斜めに擦り、レンの脛のすぐ前で棚にぶつかった。
「索を緩めろ。持っていかれるぞ」
レンは握っていた余りの索を送った。自分の鉤を引くより先に、機体の音が戻った。腕が棚を押し、箱が傾く。
三秒が終わった。
ガドの索が、支柱の角で鳴った。
「右へ退け。突き当たりまで行くな」
レンは足元を確かめた。右の通路は、さっき通った場所だった。あと二歩で角。その先を曲がれば入口へ戻れる。
脚を交差させず、一歩ずつ下がった。
機体の車輪が、レンを追う向きへ回った。ガドは索を少し送り、腕を縛ったまま頭の向きを制限している。レンが動くと、機体も棚の角へ寄った。
右膝が痛んだ。大きく避けたい衝動を抑え、左足を先に角の向こうへ置いた。
腕が伸びた。
棚の縁へぶつかり、肘に当たる継ぎ目が開いた。細い金属の管に沿って、布で巻かれた線が二本走っていた。
切れるか。
前に刃を当てた丸い覆いとは違った。だが手を近づければ、腕の先が戻ってくる。
「もう一度止める」
「俺が引いてからだ」
ガドが索を引いた。片側の車輪が浮き、機体の腹が棚へ押しつけられた。鉤はまだ箱の縁に残っている。レンは左手首の冷たさへ意識を向けた。
音が切れた。
右手で刀を抜く。腰を捻らず、棚の外側から露出した線へ刃を当てた。押し切ろうとしても通らない。柄を引くと、布が裂けた。芯の細い線が刃に抵抗し、一本だけ切れた。
指先が薄く痺れた。
レンはもう一度引いた。二本目が切れ、腕が棚の縁へ落ちた。すぐに刀を引き戻す。
駆動音が戻った。
車輪はまた床を擦ったが、こちら側の腕は下がったままだった。反対の腕だけが空を掻いている。
「そのまま入口へ」
ガドが命じた。
レンはもう一歩近づこうとした。箱の中が見えている。今なら、動かしているものにも刃が届くかもしれない。
右膝に力が掛かり、痛みが跳ねた。握り直した柄が、指の中でわずかにずれた。
ガドはレンを見ずに、索を支柱の根元へ留めていた。
レンは踏み出しかけた足を戻した。
機体の届かない棚の側面へ回り、左手で索を手繰った。緩めて鉤の向きを返すと、爪が金具から外れた。巻き取る手は鈍かった。刀を鞘へ収めるにも、目で位置を確かめなければならなかった。
棚へ押し込んだ袋があった。
レンはそれを見て、持ち上げる前にガドを見た。
「持てるか」
「軽い方なら」
ガドは半分を別の袋へ移し、残りをレンへ渡した。
「行け」
入口まで運んだときには、背中が汗で冷えていた。
隊員の一人が箱を持って外へ出た。もう一人が扉の陰を見張っている。ガドが最後に抜け、支えの石を外した。重い扉が倒れ、入口を狭く塞いだ。向こうから、金属を引っ掻く音が続いた。
レンは荷車の脇へ袋を置いた。
「倒してない」
「品は出した。全員いる」
ガドは袋の口を縛った。
「今日はそれで戻る」
帰りの荷車には、レンの座る場所が残してあった。自分が運んだ袋は、足元へ置かれた。見下ろすと、隙間から三本溝の留め具が見えた。
途中で、ガドが右脚の具合を聞いた。レンは痛みが増したことと、指が痺れていることを伝えた。責める言葉は返ってこなかった。膝の下の袋を直され、今日はもう歩くなと言われた。
燈杭へ戻ると、ミオが荷を受け取った。
レンは修繕場の椅子に座り、留め具を机に並べた。最後の二つは指でつまめず、袋を傾けて出した。ミオがその手を見た。
「使ったんだね」
「二度。止めても、突っ込んできた」
ミオは頷き、計器より先に膝の帯へ手を伸ばした。
隊員が、回収した箱から油紙を抜いた。蓋の内側に挟まっていたものだった。ミオは手を拭いて広げ、並ぶ型番を指で追った。
「これ、脚の案内材と同じ規格。厚みも合う」
レンは顔を上げた。
「入ってたのか」
「この箱は留め具だけ。交換用の部材は、別の保守棟にまとめてある」
紙の下端に、行き先が印字されていた。
第一錨炉、保守棟。
レンはその文字を見つめた。三基の錨炉で証印を得る。目覚めたときに読んだ条件が、頭の中で形を取り戻した。
ミオが紙をガドへ渡した。
直さなければ、門へ歩いていけないと思っていた。
その修理材のある場所が、門を開くために行くべき場所でもあった。




