第45話 外れた拘束
索は、床から脛ほどの高さに渡された。
門衛が輪の向こうへ回った間に、隊員が橋台の陰から横梁へ巻いた。ガドが留めを確かめ、引く側を作業溝へ下ろす。手摺には触れていなかった。
レンは橋台に右肩を預けた。
左手首には、ミオが信号線を留めていた。索の張力は右脇の金具へ逃がす。鉤は右手で取れるところに収め、刀は鞘に入れたままだった。
拘束に使う太い索は、それとは別に二本あった。一本を橋へ渡し、もう一本は隊員の足元に巻いてある。
「足が掛かるまでは、触りに行くな」
ガドが言った。
レンは頷いた。三秒を使っても、遠い足をこちらへ引き寄せることはできない。
点検室からセナが来た。
「最後の端を閉じる。まだ切り離したまま」
ミオの言葉を伝え、レンの杖を受け取った。退避路の入口に立て、遮光板を手元へ置く。
ガドは低い通路と橋の端を見比べた。
「そこまで出て、一歩ずつ戻れ。俺を見るな。足を見る」
レンは壁から右肩を離した。
目印まで二歩だった。右足を置くと、膝の中に熱が溜まった。痛みが増える前に左足を揃え、輪の前へ顔を向ける。
門衛の上体が止まった。
こちらを見た、とレンは思った。目に当たるものは暗く、何を捉えたのかは分からない。それでも次の足は巡回の線を外れ、橋へ向いた。
幅の広い足裏が、床を押した。
レンは一歩退いた。
門衛が来る。低い音が腹へ響き、装甲の下で何かが擦れた。図で見た足首の節は、近づくと段になって重なっていた。
もう一歩。
背後に橋台の角が来た。そこより外へ逃げれば、隊員の索を横切る。レンは右手で角を探し、触れる寸前で止めた。今はまだ、鉤を取れる手を空けておく。
門衛の先の足が橋へ乗った。
床板が鳴った。
ガドの手が下がり、隊員が索を張った。一本の線が足首の上へ食い込む。機体の膝が止まりかけた。
レンは鉤へ手を掛けた。
次の瞬間、門衛が上体を横へ向けた。
巡回の時より大きく、足が外へ開いた。踏み直す足の甲が斜めになり、索が段の縁を滑った。張った線が上へ跳ねる。
抜けた。
足が自由になった勢いで、機体の腰が回った。索はもう片方の脚へ引っかかり、一方の留めが鋭く鳴った。
「伏せろ」
ガドが叫んだ。
隊員が溝へ身を沈めた。留めの金具が開き、索の端が橋台を打った。レンの兜の横で石の粉が弾けた。
鉤には触れたままだった。
まだ端子まで遠い。
門衛の腕が来た。肘が曲がるより先に、重い上体が押し寄せた。レンは右足で下がろうとしたが、膝が折れかけた。
「脚が止まる」
声が出た。
ガドの盾が視界の端から入った。腕の先を斜めに受け、石の角へ滑らせる。ぶつかった音が近すぎて、レンは次の指示を聞き取れなかった。
盾が押され、ガドの踵が床を擦った。
セナの板が閉じた。
レンは鉤から手を離し、退避路へ身体を寄せた。ガドの右手が胴帯の背を掴んだ。左足を出す。右足は引きずった。
橋台の角を越えたところで、門衛の腕が壁へ当たった。
振動が背中まで来た。
ガドは盾を引き、通路の奥へ下がった。レンも壁へ右手をついて続いた。門衛の肩は低い入口へ入らなかったが、腕の届く場所にはまだいられなかった。
曲がり角の内側まで来て、ようやくガドが止まった。
「使ったか」
「使ってない。届かなかった」
レンは鉤の位置を確かめた。索も引き出されていない。
隊員二人が戻った。一人の頬に石の粉がつき、もう一人は損じた留めを持っていた。ガドが人数を数え、怪我を尋ねる。二人とも動けると答えた。
レンだけが座った。
右膝が脈を打っていた。左腕の帯もずれ、添えが胸へ当たっている。右手で直そうとすると、ガドが待てと言った。
セナが点検室へ伝えに走った。戻ってきたミオは、こちら側の最終端を閉じ、技師に確認を引き継いだと言った。
「接続は待たせてる。何が起きた」
「索が高かった」
レンは答えた。
「足を外へ向けたら、甲の上を滑った。巡回より大きく踏み直した」
ガドが金具を床へ置いた。開いた口は、手で戻せる形ではなかった。
「留めも一つ駄目だ。この索の端も傷んだ」
隊員が擦り切れた部分を示す。繊維を指で寄せても、元の束には戻らなかった。
「これは外す。残りは一本だ」
レンは門衛の足があった場所を、床に指で描いた。
「立ってる足を留める前に、次の足が動けた」
「下で止める」
ガドが線を低く引いた。
「一つ内側の支持部へ回す。溝から足元へ出して、持ち上がる前に張る」
前より奥の位置だった。レンは、その場所から退避路までを見た。
「同じ距離は戻れない」
「お前を奥へは出さない。引く位置を変える」
ガドは隊員と溝の曲がりを確かめた。索を張る者が門衛の正面へ立たずに済むよう、回す順を図へ書く。
ミオが左腕の帯を直し、膝の外側を確かめた。
「外の留めはずれてない。痛みは」
「増えた。立つまで待ってほしい」
彼女は頷いた。試しに動かせとは言わなかった。
壁の向こうで門衛が歩いた。足音が橋から離れ、輪の方へ戻っていく。隊員が隙間から確かめ、手を振った。
ガドは残った一本を持った。
「準備だけする。お前は座っていろ」
レンは冷えた壁へ頭を預けた。三秒を使わなかった左指にも、薄い痺れが残っていた。使えば届いたとは思わなかった。鉤が触れていない機械を止めることはできない。
しばらくして、点検室から呼ばれた。
レンは杖を受け取り、ミオの肩を借りて戻った。座ったままでも見える位置へ、彼女が盤の覆いを開いた。
受話器で第一の担当を呼ぶ。復唱を待つ。第二、第三へ続いた。生活側の値が読み上げられ、決めた範囲から動いていないと確認された。
「こちらの端、閉鎖確認。段階を上げる」
ミオが言った。
試験の針が動いた。一本ずつ応答を確かめる間、誰もレンに急げとは言わなかった。
三つ目の返事の後、盤の線が一つにつながった。
〈三基接続 成立〉
レンの視界にも、接続が成立したことを示す文字が重なった。
読んで伝えた。ミオが計器を見直し、受話器へ同じ言葉を返した。
「生活側、維持。保持側の充電も上がってる」
輪はまだ開いていなかった。
ガドが戻ってきた。残る索は内側の支持部へ低く回し、張らずに待たせてあるという。
「次は、あの踏み直しをさせない間に張る」
レンは固定された左手首を見た。
三つの炉からの道はつながった。その先で、重い足音がもう一度した。




